『言いたい……言いたい……言い……。だァ〜! 言えないってのは気が狂うぜ、まったく。だから最近このおれ、キャプテン・ウソップは伝記を書き始めたんだ。後世の一般人にゾロがいかに野獣で、ナミがいかに魔女かを伝えるために! ……バレたら生きてないな、おれ』







(1500HITキリバン・リクエスト:『ゾロナミ初接吻物語』 東 沙夜 様へ)
最強タッグの恐さゆえ










 静かな回廊にそぐわない駆け足がタッタッタと響く。少し反響して聞こえ、まるで数人で駆けているようにも聞こえる。

 普段は誰もがしずしずと歩く広い廊下を、女の子がポニ―テールを左右に揺らして元気に駆け抜けた。

 大きく開かれた窓からは日差しが差し込み、女の子が通った後でも、まだ長い影を落としている。

 

 
 ここは砂の国アラバスタにある王立の図書館。王立の図書館といっても、前王の時代から一般にも広く開放されており誰でも自由に利用ができた。

 図書館の一部は王宮へと続いている。さすがに王宮へと続く扉の前には一般人は立ち入り禁止であり、衛兵が警護していたが。

 その王族しか通れない扉を毎日通って図書館の廊下を駆ける少女のことは、図書館に通う人間にとって見慣れた光景となっていた。

 王族しか通れない扉をくぐる少女――

 彼女は王族の一員であり、現王の娘だった。

 だからといって周囲の人間が普通の人以上の対応で少女に接するのではなく――礼節を持って接されていたが――ごくごく一般の人と同じ扱いがされていた。先王の治世からの取り計らいで、「民あっての王」とう信念が受け継がれているからだ。



 タッタッタッタッ――――


 駆ける歩幅間隔が短いので、たぶん子供だろう。まあ、この回廊を走る子供なんて一人しかいらっしゃらないか……。先ほど午後のティータイムが終了した時間だろうから、もうすぐここへ参られるだろう。

 初老の男はそう思うと、自然と笑みがこぼれた。

 男は王立図書館の司書を長年務めてきたが、あのように幼少の頃より読書に熱心な子を見るのは初めてで、驚きと共に歓心したものだった。それにちょうど少女が自分の孫と同じ歳であったため――ごへいはあるが――少女とは特に仲がよかった。

「こんにちはっ! 司書さん。今日は窓際の席空いてますか?」

 せきをきったように少女は口を開く。

 一重の瞳は大きく見開かれ、期待がいかに込められているかが伺い知れた。

「こんにちは、王女。……ああ、窓際ですか。ええ、空いてますよ」

「嬉しい! 砂漠を見ながらの読書って、読んでいて気分が高まるっていうか、自分の世界にひたれるから好きなのよね」

「……それは結構ですが、……ここからは走らないでくださいよ、勉強をしてる方も多いので……」

「えへへ、ごめんなさい。……じゃあ行きますね。いつも有り難う、じゃあ」

 少女は先ほどとは違ってゆっくりと――しかし、窓際の席が取られないか心配のようで多少早足になっていたが――席へと足を向けた。
 歩くたびにフワリフワリと左右に揺れるポニーテールが可愛らしい。

 初老の司書はまるで孫を見つめるように、王女の背中を見送った。




 窓際の席を確保し、本日読む本をピックアップするために王女は本棚へと向った。

「相変わらず大きい本棚……。えっと……これは読んだことあるし、これは……面白くなさそう」

 自分の身長をゆうに越えている本棚を見上げて、溜息をひとつ。
 
「えっと……」

 しばらく興味のある本があるかどうか探す。

 と――

 背表紙がだいぶ変色してはいるが、馴染みのある題名を見つけた。



『キャプテン・ウソップ冒険記』



『うそつきノーランド』と共に現在でも子供の間では有名なお話だった。『うそつきノーランド』は ”ウソばかりついていると、ノーランドのように死ぬんだよ” という話を親が子供にして、ウソをついてはいけないことを言い聞かす。

 それとは別に、『キャプテン・ウソップ冒険記』では ”ウソつきすぎると鼻が長くなるんだよ” というふうに言われていた。

 どうもウソップの英雄伝は伝えられず……鼻が長い、ということの方が有名になったようだ。



 だが、バカにできない。

 今や世界中の子供が、(自称)キャプテン・ウソップの名を知っている。『キャプテン・ウソップ冒険記』は印刷に印刷を重ねて、大抵どこの本屋でも手にいれることができた。。

「なつかしい……。……ん? ……――確かゴーイングメリー号がアラバスタ近くに停泊したとき図書館にウソップさんが立ち寄ったって聞いたことがあるわ。もしかしたら……」


 ウソップさん自身が書き残した原本かもしれない。


 ここはアラバスタの王立図書館であり、実際にウソップが立ち寄った形跡がある。女官の方に聞いたのだから間違いはないと思った。

 印刷を重ねた本はどこまでが真実かを語ってはくいれない。ウソップ自身に聞けば早いだろうが、本人の所在が知れないためそのまま刊行されているのが現状だ。

 もしも原本ならば、歴史的価値が高いこともさることながら、なにより現王が喜ばれることだろう。

 少女は期待を胸に背表紙を指で軽くなでて、そっとページを開いた。



                    ◇◆◇



『○月×日(晴れ)
 昨日このおれキャプテン・ウイソップがカレイに生まれ故郷を後に出航した。愛しの(照れるな)カヤがくれたゴーイングメリー号で昨日できた子分1、ルフィと子分2、ゾロ、それに魔女のナミの3人と朝まで飲んで日記を書くのも今日はこのへんで勘弁してやろうと思う!』 

 ……………………ところどころすり切れて、王女はかろうじて読める箇所だけ小声で読み上げた。


『×月×日(雪)
 思えば遠くに来たもんだ! 航海を始めたときには4人しかいなかった仲間が、今では6人。なんせ王女までいるんだからな……こりゃァ、おったまげるぜ。ま、いい仲間でありおれ様の部下でもあるな(他にまだまだいるけどよ)』


「…………わァ!」

 何ページも続く物語は息もつかぬほどハラハラと心躍らせる。書店で売っている『キャプテン・ウソップ冒険記』など比にならないほどに面白い。実際にその場にいるかのように錯覚してしまいそうだった。

 もっと読んでみたいと思い、慌てて暗い本棚の間から踵を返して、座って読める窓際の椅子へと急いだ。

 窓からは自然の明るい光が机を照らしている。
 
 本にとって日光は天敵。本が日焼けしてしまうからだ。

 けれどそのことを忘れさせるほどにその本は面白かった。

 喜びのあまり、ついと手にとって持ち上げる。

「……ん?」

 あるページだけ紙の厚さと手触り感が違った。1ページ、1ページ食い入るように読んでいた彼女だからこそ気がついたのだ。

 思うことがあって、そっとそのページを日に透かせてみた。

「あ……! のりで貼ってある。はがせるかしら……でも、重要文化財になるかもしれない本だし……、もし破ったりしたらお父様に怒られるかな……。でも、でも……。……元からボロいんだもの、破れてたってわかんないわよね!」

 少女は不適に笑う。


 ペリ……ペリペリ……。


 ……ベリ、バリ。

 最後に嫌な音が聞こえた気がしたが、あえて少女は聞かなかったことにした。

 開かれたページに目を落とすと、文字が書かれてあった。薄い文字で書かれており、今までペンで書かれていたようなハッキリとした文字ではなかった。きっと鉛筆かなにかで書かれたものだろう。

 じっと目を凝らして文字を追った。

 



『もしも、この本が人目についても、このページだけは見つからないことを祈りたい。……なぜなら、この事実を他の人間に知られることによって、おれ様の命がなくなるからだ。寿命が縮むってもんじゃない! ……あの2人なら、確実に殺される。そう……ゾロがいかに野獣で、ナミがいかに魔女かを知ってる人間ならわかってくれるだろう。うんうん。このページを読む人間がいるなら、次に書かれていることは是非、本人達には内緒にしてくれ!』

「そんな内容なら書かなきゃいいのに……」

『そんな内容なら書かなきゃいいのにって思っただろう? だがな……あんな場面を見て、おれがずっと黙ってられると思うのか? (まだ『あんな内容』のこと知らないんだったな、まァまて。これから説明するぜ) おれはムリだと断言できる。……だから、日記に隠して書き残したんだ。それも信頼のおけるアラバスタの王立図書館に! ここなら本の種類が半端じゃなく多いし、何よりビビなら見つかってもなんとかしてくれるかも……しれない。だから今から書く内容は……絶対秘密だぜ。おれ様の命がかかってんだ。宜しく頼む』

「本にツッコまれたの初めてだわ。それにお願いされたのも」

 気をとりなおして字を目でなぞる。

「えっと……なになに。その日はいつもと同じ晴れた日だったが……」






 その日はいつもと同じ晴れた日だったが、一つ違うことがあった。

 島が近いのだろうか、気候が安定している。空島を出てシーモンキーに襲われそうになりながらも、なんとか次の島へと航海を続けていた。

 しばらくして、やっと気候が落ち着いてきた。

 そんな時ナミの一言によってロビン以外の男共の顔がひくひくとひきつった。

「さあ、気候も安定してきたし……大掃除するわよ! 自分の仕事さぼったら罰金だからね、そこんとこよろしく」

「よろしくねェよ!」声をそろえてナミに抗議する。

「あんたたち罰金制度にでもしなきゃ、掃除しないじゃない!」

「そんなことないさ、おれはちゃんとキッチン周りきれいにしてるよ〜ナミさん!」

 サンジが心外だとばかりにナミに訴えるが、横からウソップが割り込んで……

「おれだって、ウソップ工場きちんと片づけてるぜ。なんで今さら……」

「お、おれもだぞ、ナミィ……。ちゃんと医学書読んだら本棚に戻してるんだ!」

「グガー、スピー……」

「おれは、モグモグ、汚いのは……モグモグ、いけないとは思うよ……モグモグ」

 ルフィは食べながらしゃべっているので、口の端からぽろぽろと食べ物がこぼれていく。

 それぞれの主張を黙って聞いていたナミは握りこぶしを振り上げて、

「ゾロ寝るな!」

 寝ていたゾロを叩き起こす。

 ナミはそのままくるりと後ろを向いて、

「食べるか、しゃべるかどっちかにしろ!」

 ぜェ……ぜェ……とナミは荒い息を繰り返す。

 一つ「ゴホン」とせきをして、ナミは何事もなかったように反論を許さないような口調で言い放つ。

「……そりゃあ、自分で片づけるのは公共の場ではあたりまえのことなの。共同で生活してるんだもの、最低限自分で散らかした物は自分で片づけてもらわないと! ……私が言いたいのは、それ以外の場所よ。男部屋とか、男部屋も、とか……男部屋が特に、とか! ……わかった?」

「…………」

「…………」

「…………」

「……………………次の島で、こづかいなし」

 ぼそりとナミはつぶやいた。

「…………掃除します」一同青くなった顔で悔しそうに返事をした。

「いい返事ね。では各自掃除にうつる!」

 パンパンと手を叩くナミは満足げに頷いた。

 その表情はどこか母親のような優しげな顔だった。





          ◇◆◇





 ナミはルフィ達を掃除用具を持たせて男部屋に向わせた後、自らもロビンと共に女部屋を掃除してた。


 一時間くらいたった頃。

 ナミはロビンと女部屋の細かい掃除をあらかた終えると、

「――じゃあロビン、ここはもういいわ。手伝ってくれて有り難う」

「あら、航海士さん……ここはもういいの?」

「ええ。普段からこまめに掃除してるしね。なにより……あの男共が掃除きっちりしてると思えないし」

「うふふ。それもそうね……。気になるわよね、寝ないでちゃんと掃除してるか」

「んなっ、な、なに言ってんのよ! なんでゾロがでてくるわけ?」

「あら? 私剣士さんの名前なんて言ったかしら……。うふふ」

「え? ……あ、いや……その……」

 ボッ! とナミの顔が真っ赤にそまる。

 しどろもどろで答えるナミはもじもじと指先をもてあそびつつ、居直ってロビンに抗議の声をあげた。

「……そ、そ、そうよ! ゾロの様子見に行くのよ、悪い? 絶対寝てさぼってるのよ――ゾロは」

 ロビンにくつくつとナミの顔を見てよほど可笑しいのだろう、楽しそうに笑った。

「ごめんなさい、ちょっとからかいすぎたかしら? どうぞ、行ってらっしゃい」

「……ええ」

 まだ顔の赤いナミにロビンがさらにあおる。

「航海士さん、ごゆっくり」

「余計なお世話よ!」

 バンッと大きな音をたててナミは戸を閉じた。





 そのAへ つづく


 ← 素材お借りしました(角-KAKU 様)