「えー……本日で一学期も終了し、明日から夏休みとなる訳ですが。節度ある行動を行うようにしてください。最近我が校――銭ガメ学園高等学校はインターネットの検索で、ポケモンの『ゼニガメ』と間違えられて一躍(いちやく)注目を集めているわけですが……」

 初老の男は丸メガネを指で持ち上げて、しきりにハンカチで汗をぬぐう。
 
 ジリジリと蒸せる暑さがスーツに身を包んだ彼には辛いらしい。眼下をチラリと見ると生徒が一様に扇ぐように手を動かしていた。

 内心で、生徒は涼しそうでいいなと話の傍(かたわ)ら思っていた。

 その話も暑さのために何を喋っているか自分でもわからない。

 なんの話をしてる最中だったか……とふと思案の為に言葉を切ると。

「ゼニガメは関係ないだろ。早く話切り上げないとここにいるヤツらぶっ倒れるぞ、校長」

 別段大声、という訳ではなかったが、低く張りのある声は体育館中に響いた。

「えっ」

 と間の抜けた声がマイク越しに拡張される。

 響いた自らの声を耳にして、校長は自分がどうでもよいことを話していたことを思い出した。

 しらけた空気を肌で感じると、ゴホンと咳払いして場をごまかした。

「どうも、ロロノア君」

 ふん、と返事のかわりにロロノアと呼ばれた少年は校長を睨んだ。


 その時

「こら、ロロノア! 校長に生意気な口聞くんじゃないの」

 ハッキリとした態度で手を腰に当てロロノアをたしなめるのは女性だった。

 髪の毛を左右で縛って前髪はピンでとめている。服装は動くことを第一に考えたであろう色気もまったくないジャージ姿。メガネが不敵に光って見えるのは彼女がジャージ姿だからだろうか。

「またおまえか……」

 さも嫌そうに顔をしかめて視線を外した。

「なによ、その態度……」

 怒鳴りかけた女性に校長は静かに声をかけた。

「ナミ先生。喋ってもいいですか?」

 カー……っと顔を赤くしてナミと呼ばれた教師は俯(うつむ)いてしまった。

 その姿を是と受け止め、校長は長くならない程度に軽く終わるつもりで話を再開した。






 校長にまで名を覚えられている少年。

 彼の名前はロロノア・ゾロ。

 と、

 女教師ナミのこれがほんの些細な日常。


















「隙ありィィィィ――!」

 ブンと空気を切るように教師狙って足払いがかけられる。

 が――

「甘い」

 そう言って彼女は繰り出された足払いをゆっくりとかわす。

 廊下にスラインディングした形になった男子生徒はドンと悔しそうに床を叩いた。

 それを見て教師はクスクスと楽しそうに笑いながら、でも小馬鹿にしたように

「あのねー誰が『隙ありィィ』って言いながら蹴りくりだすかっての。言ったら相手にわざわざ教えてるようなものじゃない。あんたバカね、ルフィ」

「だってよー女より弱えェなんてしゃくだろ、ナミ?」

「ナミって呼び捨てにしない! ナミ、先生でしょ? まったく……戦い挑んでくる前に言葉直しなさいよね。別にあんたが弱いって訳じゃないわよ、わたしが強いだけ」

 自慢しているのではなく、それが事実だと淡々と語る。

 それがまたルフィと呼ばれた男子生徒に次の戦いを挑まれる原因となるのだが――

 ナミ先生はそのことに気がついてない。

「ふん、だ。今度こそおれが勝つからな!」

 駄々ッ子のようにプーっと頬を膨らませて、ルフィは廊下を走ってどこかへ逃げていった。

「おととい来やがれ!」

 そこまで言ってアッと思い出した言葉を続ける。

「廊下走るんじゃないの! 駆け足ならよし!」

 ルフィが駆けて行った方向へ手を口にあてて叫んでみる。

 相手に届いているかはナゾだったが。

 と、そこに呆れた横やりが聞こえた。

「駆け足はいいのかよ、あんたは……まったく」

 その声に心当たりのあったナミはハー……と重い息を吐いてから、しぶしぶといった感じで振りかえり、ジトーっとした視線で相手を見た。

「なに、ロロノア。今度はいちゃもんつけようっていうの?」

 先ほどの体育館での全校生徒を前にした言い合いのことで、どうやらナミの心にはしこりが残っているようだ。

「あ? 違うっての。なんだよその態度」

「なにが?」

「全身から『来た、天敵が』みたいなオーラだよ」

「……勝負なら受けて立つわよ」

「だから違うって言ってんだろうが! チッ」

「こら、そうやってすぐ舌打しない。だめよ、そのクセ」 

 ロロノアと呼ばれた男子生徒はナミをうんざりした顔で眺める。

「…………はァ」

 どこか諦(あきら)めの感じが漂う溜息をつくロロノアにナミはなぜか敗北を味わった気がした。















つづく


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