『くそっ――いまいましい』
走りにくいことに悪態をつきつつ、スリッパを廊下に投げつけた。
靴下なので滑りつつもゾロは全速力でナミのいる教室へと駆ける。
パラレルお題:2白衣(そのG)
バァァン! と勢いよく扉を割れんばかりに開け放たれた。
「ナミ!」
物々しい音の方を見やると、保健医――ゾロ先生が息も絶え絶えに教室の入り口に寄りかかっている。ゼェゼェと息を吐き出す度に肩が上下していて、ここまで全力疾走してきたことが伺えた。
「先生? ……どうしたの」
突然現れた保健医に、一瞬ナミはサンジに抱きすくめられている事を忘れてしまった。
息を大きく吸い込んで、整える。それを何度が繰り返した後、保健医はナミを睨みつけるように――いや、ナミではなくナミを抱きしめているサンジを――
「ナミ……そいつから放れろ。今すぐに、だ」
「あっ……」
言われて自分が抱きしめられたままだということに気がついた。
(先生には見られたくない)
そんな思いから、ナミは黙ったままフイと顔をそらした。
「放れろってのが聞こえねェのか!」
ダンダンと足音を響かせて、保健医が詰め寄る。
ズイっと手を伸ばしてナミをつかもうとするも、サンジに寸でのところで阻止された。
「先生、ナミさん嫌がってるじゃありませんか。無理意地はよしてください」
「うるせェ。おまえこそ家に帰れ。おれはナミに用事があるんだ」
ナミを挟んでの押し問答は暫く続いた。
離せ――、離さない――。
声を荒げる2人をよそに、ナミはとてもじゃないが事態を直視できないでいた。
ゾロが――いや、保健医が突然現れたことと、サンジがぎゅっとナミを包むようにお腹に手を回していることに戸惑っていた。
なじられて当然のことを自分はサンジ君にしたと思う。
でも、いまはまた大事そうに腕の中に抱えられている。
ナミはチラリとお腹に回されている手を見下ろすと、途端に恥かしさが増してきてカァァーっと顔が赤くなった。
そのまま顔を上げると、ゾロの今にも噛みつきそうなギラギラとした目と目が合って更に気まずくなった。
だからか細い声で
「……サンジ君放して、もう大丈夫だから。有り難う、家に帰るわ」
えっ、はい――とサンジが答えようとしたが、ゾロが横から割り込み不敵に笑って言った。
「逃げるのか?」
「な、ち、違うわ……よ」
「そいつ――サンジの野郎から逃げて、今度はおれから逃げるのか? ……足元フラフラのくせしやがって」
「…………」
ナミの表情が次第に曇っていく。
その顔を見てゾロは
(違う、違う、違う! おれは……こんなことが言いたかったんじゃねェ。おれの言いたかったのは……)
「最低だな。こんなヤツに構うことはありませんよ、ナミさん。さ、お姉さまがいらっしゃるまで暖かい部屋で待ちましょう」
サンジが冷たい一瞥をゾロに向けると、それとは打って変わってナミには優しい気遣いを見せた。
「有り難うサンジ君。……それに先生も。先生は心配してくれてるのね、家に帰れるか? って。大丈夫です、姉を待たずに迷惑かけないよう家に帰りますから。では……失礼します」
ボソボソと呟くようにナミは自分の足先を見て言った。
(わかってくれた。ナミは……おれの足りない言葉を、気持ちを理解してくれた。誤解させたまま行かせたらダメだ、今止めないと! 誤解を解くのはいましかねェ)
「待ってくれ、頼む――ナミ。話を聞いてくれ」
保健医の熱のこもった声を聞いたナミはゆっくりとためらいながら保健医の方へと顔を向けた。
◇◆◇
ナミと保健医の視線が絡み合う。
熱のこもった、まるで恋人同士のような――
「ゴホンッ」
サンジはわざとらしく咳払いをして、夢心地の中から2人を現実へと引き戻した。
永遠とも思える時間も実際にはわずかな時間だったようだ。
これ見よがしの嫌がらせに、ゾロはくるりと振り返りサンジを見やり不敵に微笑んだ。
その顔は邪魔されて怒るどころか、口元を引き上げて、余裕の表情。
「サンジおまえはもう帰れっていいてェ、ところだが。おまえ――おれの言葉確かめる気だな。おまえがその気なら、ここにいていいぜ。ナミへの気持ちをハッキリと聞かせてやるぜ」
「ま、せいぜい喰えねェ教師の戯言を聞いてやるよ。……ナミさん辛かったらいつでも胸をお貸ししますから」
「ぜってー渡さねェ」
保健医――ゾロと生徒――サンジの間でパチバチと火花がとぶ。
◇◆◇
なんの話をしているのだろう? 誰への気持ちをハッキリさせるというのか?
ナミは2人の話についていけてなかった。まったく話がわからない。内容も、耳に入ってはくるが左から右へと言葉が頭を通過していくだけ。
ナミは言葉を繰り返し、繰り返し思い浮かべている。
ナミへの気持ちをハッキリ聞かせてやる
保健医がそう言ったのだろうか、それとも自分のいい妄想?
妄想だとしたら、そんな自分に辟易してくる。
けれど、考える暇も与えずゾロはゆっくりとナミへと向き合って――
クイっと親指を反らして後ろにいるサンジを指すと、ゾロはしかめっ面で
「あー……なんていうか。注意したよな? こいつには近づくなって」
「うん……いえ、はい。すみません」
「や、その、謝ってほしかったんじゃなくってだな……その」
ナミから視線を外して、照れたように部屋の隅を見ながらボソっと
「……心配したからだ」
「は?」
「は? って、おまェ。そんな言い方ねェだろ。他の男と一緒にいると心配でたまらない。これは教師としてじゃねェぞ。その……なんだ、えっと……一人の人間としてだな」
「詭弁は結構です。そんなに心配ですか? 保健委員の仕事ちゃんと来月から時間見つけてしますから、先生にご迷惑かけたりしません」
「教師としてじゃねェって言ってるだろ! そんなにハッキリ言わねェとわからねェのか?」
「……――?」
「おれを選べ、ナミ」
ゾロの視線は真っすぐで痛い。一言も口を挟まないが、サンジの投げかける視線も静かだがナミには突き刺さるように感じる。
ぎゅっと手が白くなるまで握って、辛うじて声が震えないよう気を遣ってナミ話す。
「よくもそんなことを抜け抜けと……子供は嫌いっておっしゃってじゃありませんか。選べもなにも、私には元から資格がないんです」
「資格なんだかってどこで聞いた……んだ? あっ、もしかしておまえか、春に廊下で立ち聴きしていた生徒!」
「人聴きが悪い! ……たまたま居合わせたんです、あの日。でも、先生知ってらしたんですか?」
「たまたまって……おい」
半眼でねめつけつつ、ふーっと溜息をついて気持ちを整えた後落ち着いた声で続きを話始めた。
「――ドアが少し隙間があって、制服のスカートが見えたからな、女生徒だってことはわかったけどな、おまえだってことまではわからなかったぜ。でも……言った言葉は否定しない。子供と、というより生徒と恋愛関係になると教職の立場にたっているおれは面倒だ。でも、おまえだけは違ったんだ。違う男と話してるだけでもおれが耐えられねェ、見てられねェ」
また熱のこもった目でナミを見つめた。
「ずいぶんと勝手ですね……私があきらめようって必死だったのに。ほんと……なんだったのかしら」
最後の言葉を言い終わるか否かで、ナミははじめて自分から人に抱きついた。
今まで抱きしめられていたナミが、自分から行動を起こしたのは初めてで。
ゾロの言動に注意していたサンジは呆気に取られて、けれどその行動でナミの思い人がゾロで確認できたことに皮肉を感じていた。
ゾロの気持ちを確かめる為にその場に残っていたのに。
まさかナミ自身の気持ちを行動で見ることになるなんて――
計算違いだぜ、まったく。
口ベタなゾロをフォローして、ナミさんをなぐさめようと思ってたのに。
人生上手くいかないな……。
「さよなら……ナミさん」
口の中で呟いた言葉は、誰の耳にも届かず、サンジははじめからその場にいなかったかのようにいつの間にか教室を後にしていた。
◇◆◇
抱きつかれたゾロは体を硬くして緊張していたが、おずおずとナミの背に手をまわして――
すっっぽりとナミを包みこんだ。
「誤解させちまったな――悪ィ。」
「いいんです……ううん。いいの、自分は好きになってもらう資格がないから黙って、騙して、誤魔化してただけだったから。サンジ君には好きな人がいるからって、さっき謝ったけど……人の気持ちを踏みにじって気づいた幸せなら、それ相当の代償があると思う。でも、逃げるつもりはないわ。覚悟はある。先生は助けてくれる?」
「あァ、もちろんだ。やばくなったら保健室へ来い。守ってやっから」
「うん! ……人に抱きしめられるって、こんなにも幸せな事だったんだ」
「そうだな」
静かな教室に生徒と先生が2人――
夕日に抱きしめあう姿が照らされて、2人の影が1つに見えた。
おわり
<あとがき>
第七話をUPしてからもう随分経ってしまいました(汗) もう話を忘れてる方が多いかと思いますが、なんとか完結させることができました! 第七話の後違う小説を書き始めて、続きを忘れてしまうハプニングにもあいましたが(涙) 温かいお声を頂けたからこそ書き上げられたと思います。
番外編も短編1話考えていますので、また少しお付き合い下さいね。
ここまで長い間読んで頂いて有り難うございましたv
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