『職権乱用……ってこういうことか? ま、おれとしちゃ悪かァねェな』

 そう言って保健医はすやすやと幼子のようにベッドで眠る生徒――ナミを見やった。








パラレルお題:2白衣(番外編)








 すうすう……と日頃の寝不足を解消するかのように、保健室のベットで気持ち良さそうに眠る女生徒がいた。

 チャイムが鳴って、3限の授業が始まるのを告げる。

「…………おィ」


 ――スウスウ。


 声をかけてもなおも眠る。一向に起きる気配はない。

「…………おィって」

 ベットに寝ている女生徒の肩を大きな無骨な手がゆすって起こそうと試みる。


 ――スウスウ。


 けれど起きない。
 
 その手の持ち主は保健室の先生――保健医ゾロで、スヤスヤと幼子のように眠る女生徒ナミだった。


 2人の関係は――



 恋人



 周りには知られてはならない事実。

 だが、知られる危険を侵してまでも――ゾロはナミを選んだ。

 人を傷つけてもなお、償う覚悟を持って――ナミはゾロを選んだ。

 ナミに自分を選ばせたことで学校という空間がナミにとって辛いものとなっているかもしれない。

 そう思うと「最近寝不足で……」と言われた日には保健室から追い出すなど、保健医――ゾロにはとてもじゃないができなかった。

 最近ろくに眠っていないと聞いて仏心をチロッとでもだした自分がいけなかったのか。

 ゆすっても起きないナミに、ムスっと露骨に顔をしかめているゾロはどうしたもんかと頭をかいた。





                     ◇◆◇





(あったかい……ホコホコしてる……ネコってこんな気分かしらね。それにしてもなんだか体が重い……変なの)

 ナミは太陽に照らされて日向ぼっこをしている夢を見ていた。

 気持ちいいし、とても安心する。

 ずっとこうしていたい……。

 背伸びをしようと勢いよく手を上へと伸ばすと――

 ゴキッ! という音と共にナミの手にも痛みが信号として脳へ警告する。

「痛ェ……なにしやがんだ、おまえ! ぜってェわざとだな」

 痛いのは自分なのに……どうして頭の上から声が響いてくるのかしら?

 疑問は頭の中で渦を巻くが……同時に自分が保健室で寝ていたことも思い出していた。

 このまま寝ていたい気もしたが、正体不明の声も気になる。

(人が気持ちよく寝てたってのに……いったい誰……よ?)

 薄目を次第にひらけていくと驚くべき光景が目の前に広がっていた。

 保健医――ゾロ先生があごを片手で押さえて痛そうにもがいていた。

 けれど本当に驚くべきなのは――


 もう片方の手が耳の横、ベットに刺さるようについてあって……

 それでいて、先生の顔が目の前にあるってことだ。

 その距離の近いことっていったらない。

 先生の背後に電球の光が見えるから、わたしはベットに横になったままってこと。

 横になっているわたしの目の前に先生の顔があるってことは……

 ある一つの考えが浮かび首を持ち上げて足元を覗きこんで見る。


「あ――」

 保健医――ゾロはひざ立ちで寝ているナミを覆うようにまたいでいた。

 驚きのあまり叫びそうになったが辛うじて叫ぶのだけは思いとどまった。

(どうりで重いと思った……)

 どうして先生……授業行かなくていいの?

 自分のことは棚にあげてナミはゾロの心配をした。

「先生……どうしたんですか?」

 どうやら機嫌が悪そうなのでおずおずとナミは尋ねる。

「……ほー。自分がアッパーをくわらせた相手に対する謝罪か、それが?」

「え? いや……その。そういえば手が痛いと思った」

「だから、謝罪の言葉はないのか! おい」

 言葉こそキツイ口調だが、本気で怒っているわけではなさそうだ。それはゾロが浮かべている不敵な笑みがあらわしている。

 ナミの顔を暫く見つめていたゾロは、照れたように「まァいいけどな……」とゴニョゴニョ呟く。

 そしてズイっと息がかかりそうな距離にまで顔を近づけると、耳に心地いい落ち着いた低音の声で

「よく眠れたか?」

 とささやいた。

 ゾクッ!

 咄嗟(とっさ)にナミは耳を両手でバッと覆(おお)った。

 耳に囁かれた声が近すぎて、ゾクっと背中に悪寒が感じたから。

 ギュっと目を瞑る(つむる)も、ゾロは先ほどとは逆の耳に囁いた。

「無防備に寝てっからこんなに近くにいたのに気づかなかったんだぜ。

 それにしても危ねェな――寝る時は必ず保健室へ来い。

 あんな顔して寝てると襲ってくれって言ってるようなもんだからな。

 でも、

 ……襲ってほしい時は遠慮なく言えよ?」


 不埒(ふらち)な保健医の言葉を耳にして、ナミは耳まで真っ赤になってしまった。

 けれど、それをゾロに知られたくなくて慌ててシーツを頭までガバっとかぶりなおした。



 あからさまに自分の言葉で照れたナミを眼下に見やり、ゾロはニヤリと満足げに微笑んだ。


 そしてゆっくりと楽しむようにシーツを引っ張っていく――







おわり



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