パラレルお題:2白衣





 その日ナミにとって、高校生活で一番最悪な日となった。

 高校生活も3年目に入り、今年で卒業である。ナミは3年生になってから仕事が比較的楽な保健委員を選んだ。ナミの入学と同時期に配属された保健医のことは以前から知っていたが、体の丈夫なナミは保健室にいく機会が少なく3年まで係わりはなかった。

 だが、保健委員になり保健室へといく回数の多くなったナミは保健医――ロロノア・ゾロ先生と接する機会が多くなるにつれて、どこか惹かれる気持ちがあることに気がついた。しかしナミはそんな感情をおくびにもださず今日まできたのだ。

 そして、その日も保健日誌たるものを持って放課後保健室に足を向けたのだった。


 その言葉を耳にしたとき、心のどこかで淡い期待をしていた自分がいたんだなとナミは思った。自嘲ぎみな笑みが浮かぶ。


 本当は、大笑いでもして今聴いたことをなかったことにでもしたいのに――

 
 それはできなかった。なぜなら、ナミは息をころして聞き耳をたてていたのだから。 

 保健室の扉を少しスライドさせて、なかの2人が気づくか気がつかないかの微妙な距離で。


 立聞きは善くない……そう頭ではわかってはいたが、心が抑えられなかったのである。


 その声は、女生徒が保健医への告白の場面だったから。聴かずに立ち去るなどということはできなったのだ。

 なぜなら、ナミも女生徒のように保健医に思いを伝えようとしていたからで。告白して、その後どうしようなどとは考えていなかった。その日まで抑えてきた行き先のない感情を、保健医にわかってほしかったのかもしれない。

 だが、そのナミの考えがいかに自分勝手だったか女生徒と保健医の会話で思いしらされたのだった。
 





 その日の放課後ナミが保健室のロロノア先生の所へ向った。思いを伝える為に――

 保健日誌を届けるために、という理由――いいわけだが――をもって。

 扉の前についたとき、室内からこんな言葉が聞こえてきた。

「……ロロノア先生、好きです。彼女にしてもらえませんか」

「答えは、いいえだ。子供とは付き合えねェ」

 室内に響く声は低く、キッパリとした態度でそのまま語られる。

「……おれは保健医だ。教育にかかわる職業に就いてるからには、付き合うのはできねェな。子供に興味もないし」

「……私の気持ちはどうしたらいいんですか。先生を好きだっていう気持ちを」

「それが子供だっていってんだ。……ったくこれだから」

「これだから子供だっていうの!?」

 女生徒は声を荒げて保健医に詰め寄った。そして、

「じゃあ子供かどうかためしてみる?」と、どこか大人びた表情を浮かべた。

「子供ってことを否定されたら、今度は色仕掛けか? そんな誘惑に乗らねェよ。みこみはないから帰れ」

「…………」

 しばらく黙っていた女生徒は踵を返して、保健室を出るため扉に向って歩きだした――



 さきほど室内で交わされていた言葉が、ナミの頭のなかで繰り返される。

 『子供』だという彼――ロロノア・ゾロ先生――の言葉が。だが、扉に近づいてくる足音をききとると同時にナミは静かに、しかし素早くその場を離れたのだった。

「はあ、はあ、はあ」荒い息を吐き出し周りに誰もいないことを確認してやっと、ナミは一息つけた。自分の中で先生の言葉が矢のごとく心に突き刺さったかと思った。だが、そんなときでも冷静な自分がいたことも驚きだった。自然に、2人の会話が終わってからその場に来ましたといった風を装えばよかったのに。

(別に逃げなくてもよかったのにね。まあ、はちあわせしなかっただけでもよかったのかな)

 泣きたかったが泣けなかった。泣いてしまっては、今まで隠してきた子供の部分が隠しきれなくなってしまう。

 ナミは保健委員で、嫌でも翌日も保健医に会わなくてはいけないのだ。そのときいつもどおり笑って先生に報告をしなければならない。

 だから、結果を――告白していないが――自分のなかでだす。

(……ふられたんだ。私が告白していたとしても、子供の自分を見透かされて。あきらめるしかないか――)


 何度か深呼吸を繰り返して息を整える。ナミはきぜんと立ち上がり家路につくため下駄箱へと足を向けた。


 

つづく




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