『私は結構図太いのかしら。……それともつらいことを隠そうと頑張っている、とか?』








パラレルお題:2白衣(そのA)








 出会いに運命的なものなんてなかった。ただジャンケンに負けただけ。もし、その年から保健の先生が、若くてカッコイイって皆知ってたら保健委員を決めるのにジャンケンは必要なかったと思う。ロロノア先生に出会えたのは本当によかったのかな? と、ナミは保険医――ロロノア・ゾロ先生――に会ったときのことを思いだしていた。



 桜の咲き誇る4月にクラス替えをした。ナミの通っている高校は毎年クラス替えを行う。新しい担任が簡単な挨拶と共に時間があるので委員会の役員を決めたいと告げる。色々と役はあるのだが、クラス委員と保健委員を決めるときにだいたいどこのクラスでももめる。高校生3年生ともなると、なかなか立候補者はでない。なぜなら受験を控えている時期に、わざわざ仕事の忙しいクラス委員になろうなどとはたいていの生徒は思わないからだ。受験のことを考慮して、2年生が委員会などでは動くのだが、実際影で動くのは3年生の役目であった。

『教師もそこらへんの事情を察して、手伝ってくれたりしたらいいのに。早く決めろとかっていうくせに――役員が決まらない原因を見つけろっての』

 新しい担任に言葉にこそださないが、ナミは心の中で溜息をついた。

 ナミは、気づけばもう高校3年生で例外なく受験が待っている。

 忙しくなる時期に委員会などで時間を潰されたくないしね。それに、離れにある保健室まで毎日わざわざ通うなんて時間の無駄だし、と思う。

 クラス委員の他にもう一つ、委員を選ぶときに最後まで残るのが保健委員である。その訳は、一つ、保健室まで毎日保健日誌を持っていかなくてはならない。一つ、校舎と保健室とが別棟となっている。一つ、初老のおじいさんが保険医だから――出会いを求めている男女にとって、初老は問題外――。

 つまり、わざわざなんで出会いもないのに遠い別棟まで毎日日誌を持っていきたくない。というのがおおかたの生徒の意見だった。

 たしかにそうよね、とナミはくすっと笑う。

「どうかした?」

小さな笑いだったのに、聴きとるだなんて。ナミは多少驚いて、左へと顔を向けた。

「別になんでもないわ。サンジ君はどれに入るか決めた?」

「いや。ナミさん一緒にどう? おれと」

 そういったのは去年も同じクラスだったサンジだった。金髪の男前で、なかなかまめな性格である。にこりと笑うと、大人びた表情とは違った子供っぽさがでてかわいいと女子の間では噂になっている。ヒゲもお洒落程度に剃ってあるので、女子からは好感がよかった。ただ、サンジは相当女の子が好きらしく「すべての女の子が好き」というのがもっとうらしい。

「いいわ、サンジ君。ファンの子に怒られそうだから」

「OK? やったァ〜嬉しいな。ファンの子も応援してくれるよ」

「……わざと、わかってていってるわね。いいわっていうのは、結構遠慮するわってこと」

 話が噛みあってない。いつものことだったが、サンジはどうもナミの言葉を自分に都合のいいように聞きとる癖があるらしい。

 ナミは半眼でサンジを睨めつつ、重い吐息をついた。

 以前はナミからして見ればただの女好きかと思っていたが、最近は違うのだと思いはじめていた。女の子と一緒にいても、目つきが鋭いのだ。キツイのではなく、何かを見極めるかのように。砂に落ちた貝殻を探すように、世界中の女の子の中から、たった一人を見つけようとしているんじゃないか。漠然とそう思ったことがあった。本人にいうとはぐらかされそうで、決していわないが。

 


 立候補者がでるまで待つつもりだった担任が時計をチラリと見た。らちがあかないと思ったのだろう生徒にジャンケンで勝った者2名が、クラス委員と保健委員を担うこととなった。

「なんで勝ったものなんだ! 普通負けた者だろう」とクラス中から不満がでるが、「べつに負けた者がって決まってないでしょう? ほらほら、早く決めちゃって!」と担任がせかした。



『じゃ〜んけ〜ん、ホイ』最後の掛声は尻すぼみなった。力んで勝ちたくないからだろうか。



 すでに他の委員になった者以外でじゃんけんをしたので大きな輪になっている。皆が自分以外の人の手を見極めて、勝った者を探した。

 


 皆の視線が一点に集まる。




「…………もう一回ジャンケンってダメよね?」

 半ば呆然としたナミがぽつりともらした。

『ダメ!!』の合唱がクラスに響いた。




 授業が終了しさっそくその日の保健日誌を、離れの保健室に持っていく仕事がナミに与えられた。

「ナミさん、ついていこうか?」

 サンジが心配そうに声をかけてきたが、「ありがとう、大丈夫よ」と微笑んでかわした。

(わたしは子供かい! 持っていくのはいいんだけど。行くのが面倒なのよね……。それに、保険医の先生道に迷って始業式こなかったし。どんなヨボヨボじいさん――ばあさんかもだけど――なのかしら)

 委員になるまではやる気のなかったナミだったが、委員になったからには役目はまっとうしようと思った。任された仕事はきちんとこなす。気持ちの切り替えが早いことがナミの長所であった。


 下駄箱を通りすぎて離れに向う。廊下の端に保健室はあった。軽くノックをして、

「失礼します。3−C組の保健委員ですが、保健日誌持ってきまし……た」

 ナミが足を踏み入れて見たものは、

 机につっぷして寝ている緑色の頭の男だった。

 目をしばたかせ、まじまじとその男を見る。
 
(……誰コイツ。生徒がイタズラで白衣着てるわけじゃなさそうだけど――それはスリッパを履いているからで、上履きだとわからなかったかもしれないが――。じいさんどこに行ったのかしら? うーん、早く帰りたいし、この人起こしてみよっかな。うん、決めた)

 つつつ、と歩みを寄せて、

「あの……すみません、保健の先生どこ行ったかご存知ですか?」

 当り障りのない聞きかたで尋ねてみた。少し肩をゆすってみる。

 変化なし。ごーごーと、いびきが規則正しく続いてる。


 ムカ。


 ナミの中で少しカチンときた。だが、これぐらいで怒っては”いつもニッコリスマイルナミちゃん”の名が聞いて呆れる。だから、続けて声をかける。

「あの〜もしも〜し? ……ツーツー頭の中に通じてますか? 今日遅刻してきた保健の先生どこ行ったか知ってる?」

 相手が寝ていることをいいことに、ナミは好き勝手にいう。肩のゆするのも先ほどよりだいぶ大きくゆすった。
 

 
 ガシっと急に腕をつかまれた。

 ナミはえ? とつかまれた自分の腕と、伸びてきた手とを目で見比べる。

「うっせェなー。聞こえてるって。あ〜ちなみに遅れてきた保健の先生はオレだ。悪かったな」

 むくりと机につっぷしていた頭が持ち上げられる。顔をナミへと向けて、三白眼の目がより細くなった。

 怒っているのだろうかと、ナミは心配になった。相手が寝ていると思い込んでかなり失礼なことを口ばしっていからだ。

 なにか喋ったほうがいいと思い、

「ごめんなさい……ね。寝てると思ってて。……その……腕離してもらえません?」

 保険医はまだ寝ぼけているようで、目元がキツイのだがぱちぱちと瞬きを繰り返すのをみて、ついカワイイなとふいにもナミは思ってしまった。

 ナミの腕はつかんだままだ。

「……んおっ! すまねェ」

 つかんでいたことを忘れていたようで、保険医は慌ててナミの腕を開放する。そのまま照れたようにナミから顔をそらした。

 気まずい雰囲気が流れた。

 お互い顔が真っ赤である。

 ふっとナミは気恥ずかしい気持ちを吐き出すように、

「わたし3−C保健委員になりましたナミといいます。よろしくお願いします! 前のヨボヨボ……じゃなかった、おじいさんの先生はどこに行かれたんですか?」

「あ〜オレは、ロロノア・ゾロだ。よろしく。前の先生は定年退職されたから、今年からオレが保健室をあずかることになった」

「なるほど。……あ、これ今日の保健日誌です」といって、手に持っていた保健日誌をロロノア先生に手渡す。

 ああ、といってロロノア先生は受け取った。

 それじゃあ失礼します、と断ってナミはその場から足早に下駄箱へ向った。

(急いでたのか……悪りィことしちまったかな)とロロノア先生――ゾロ――はポリポリと頭をかいた。
 
 


 そう。出会いは運命的なものなんかじゃなく、偶然。友達は、その偶然がすてきなのよ! といっていたが――ナミは今でもそうは思わなかった。そのように夢見るには、ナミはさめた考えだったから。

 



 初めて会ったときから数ヶ月が過ぎた。あの後保険医が若い男だと知ったクラスの女子達は、ナミに羨ましいと連呼していたっけ。ナミは頭の中で呟く。それを笑ってかわしつつ、委員決めるとき誰も代わってくれなかったじゃない! と心の中でわめいていたなとも思う。

 ゾロと初めて会ったときに恋に落ちたのではない。あの日から今日までの間、保健日誌を持っていかないと! という理由を掲げて毎日保健室に通っていた。そこでいつも眠っているゾロを起こして、たわいのない話をするのが楽しみになっていた。いつも怒ったような顔は、生まれつきなのだと、毎日見ていて理解したことの一つだ。そんな顔だから、ときたま見せる笑顔を好きになってしまったのだった。



 ナミはどこかで、周りにいる子達とは考えが違うと思っていた。行動も。他の子よりも本を読むし、新聞にも目を通す。自分なりの考えを常に持って行動していた。……いや、つもりだった、といった方が正しいかもしれない。

 だが、あの日――女生徒がゾロに告白した日――を境に、ナミは自分に自信がなくなってしまった。自分は違うのだと思いよがっていただけだったのだと。

 実際告白して振られたのはあの女生徒で、ナミではない。そう頭ではわかっているのに。

(気持ちの切り替えが得意ってのが長所だったのに……。ダメね)

「フー……」と重い吐息を吐き出す。

「116回目」

 唐突に声が耳もとで聞こえた。ナミはばっと立ち上がり、吐息のかかった耳を手で覆う。顔が真っ赤だ。

「ちょっと! サンジ君、耳もとでしゃべるのやめてっていつも言ってるでしょ?」

「ごめんね〜ナミさん。……あまりにも重い吐息を吐き出すものだから。なにかあった?」

「別に……なにもないわ。ただちょっと解けない問題があって。雰囲気重くってごめんね」

「いえいえ、ナミさんが恋わずらいにでもなったのかと心配してたんですが――あ、もちろんオレはいつでもお待ちしてますよ」

 くえない男ね……それに感のよさには、つい声あげそうになったじゃないの! とナミは笑顔で答えつつもそう思った。

 サンジには解けない問題があると嘘をついたが、本当は違う。ナミ自身そのわけはよく理解していた。あの日から何かと理由をつけて、ナミは保健室に行っていない。遠足の実行委員を引き受けることで、手の空いた者が保健室へナミの代わりに保健日誌を持って行ってくれるからだ。保健委員のナミが保健室に行かないことへは、些細な事実を正当な理由で塗り固めて、他人に怪しまれることなく抜かりはなかった。だから誰もナミに聞かない。

「保健日誌持っていかなくていいの?」などとは。

だが、あの日から数日たった今そろそろ気持ちを切り替えて学校生活をおくらなければならない。
 
 感のいいサンジには、ナミの変化を感じ取っている節があり、気をつけないとさとられてしまう。

 弱い心を。気を張っている自分を。

(さとられては駄目。さとられては駄目。……弱い心のままだと誰かにすがりつきたくなる自分が恐いから。その人に甘えてしまったら、その人に失礼だから)

 気持ちを奮い立たせる。下を向くと涙腺がゆるんでる今、涙がとまらない。


 だから――

 上を向いて歩くぐらいの気持ちでいかなければ、とナミは自分に暗示をかけた。

 サンジに保健日誌を持っていってもらおうと思い笑顔で頼む。

「ねえ、サンジ君。保健日誌持ってい……」





「もうやめてくれ!! ……そんな苦しそうな顔で笑わないで。もう見てられない」







 ギュ!! っと拒む暇もなくナミはサンジに抱きしめられていた。




 なにが起きたのだろう? ナミの中で疑問符が浮かんでは消え、浮かんでは消えていった。

 今日もまた遠足の実行委員があるからと理由をつけて、保健日誌をサンジに頼もうとした。したら、抱きしめられて……抱き、しめ、られてる?

 言葉を頭のなかで理解すると同時に、サンジから慌てて離れようとするナミ。しかし、男女の体格差と腕力の違いから、サンジの腕のなかから逃れることができなかった。

「離して! 離して……ねえ! お願い……」

「――だめだよ。重い吐息のわけが本当に勉強の問題なら、オレも見てみぬ振りをしようと思った。けど! どんなに重い吐息か知ってる? ――どんなに痛々しい笑顔かわかってる? もう見てられない。離さないから。どんなにののしられても。だから……思いっきり泣けばいい」 

 この人はすでに気づいていたんだ。わかってて、わからない振りをしてたんだ。悔しいな。

 そう思うと――――


 涙がとまらなかった。






 だから、だから泣かないようにしてたのに。






 優しくされたら……すがってしまうから。





 その後どうしたらいいかわからないから。










つづく



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