『サンジくんに甘えていたことはわかってたの。あの日――女生徒がロロノア先生に告白してた日、心がズタズタにされた気がした。でもそれは、自分が可哀相って思うことでなぐさめようとしてたのだと思う。けれどやっぱり辛いのはごまかせなくて。サンジくんに甘えてしまったのよ』






パラレルお題:2白衣(そのF)





 ベットから起き上がると同時に頭痛がまたひどくなった気がした。ずきずきと響く頭痛を意識から追い出しなるべく考えないようにする。

 



 ナミが保健室を飛び出して息がきれるまで下足場へ走った。少し走っただけなのにすぐ息があがってしまう。

 足がもつれて下足場についた途端に転がるように倒れた。

 倒れた瞬間――ナミは少し頭がくらっとしたかな程度の感覚で一歩踏み出そうとしたが、ナミが思っていた以上に足に力が入らなかった。

 間髪いれずに、

「ナミさん大丈夫?」

 サンジの声が倒れたナミの上から聞こえ、手を差し伸べる。

 ぎょっとして少し鼓動が上がった。帰ったはずの彼がどうして下足場にいるのだろうか。

 サンジの手に引っ張ってもらい上体を起こす。

「え、ええ。……でもどうしてサンジ君が? 帰ったんじゃ……」

 そこまで言って、しまったとナミは思った。慌てて両手を口にあてて

「あ、わ、ううん。なんでもないわ」といい直した。起きていたことがばれるとどこか気まずい感じがすると思った。

「やっぱり起きてたんだ。……ごめんね騒いじゃって。調子はどう? 送ろうと思ってさ」

「ううん、黙っててごめんなさい――心配してくれてありがとう。送ってくれるの?」

「もちろん。ご家族の方に迷惑かな」

「そんなことないわ。向えにくるまで……ちょっと時間もらえる?」

「ナミさんからの誘いなら喜んで!」

「帰りながらだと話づらいから教室でいいかしら」

 重い足どりでゆっくりと1階の空いている教室へと足を向けた。



 前後左右の教室に誰もいないことを確認してナミは外の景色が臨める窓に手をついた。窓ガラスが反射して心持ちまゆげが下がったサンジの顔が見える――ナミの体調を心配しているようだ。サンジの顔が見えるというこは、いまいち顔色が悪く不安げなナミの顔もサンジから見えているだろう。

 1階の教室を選んだわけはその場所から離れにある保健室が見え、ナミにとって逃げられない状況をつくることが選んだ理由だった。

 逃げられない状況――保健室が見えることでゾロへの思いをごまかさずに、サンジに伝えたいことをいえる気がしたから。いままで考えないようにしてきたゾロへの気持ちを、サンジがなにも言わず近くにいてくれたことでごまかしていた。

 そのことについて話すためにサンジに時間をもらったのだ。

 保健室が見える窓がナミにとってゾロとの距離をはばむフィルターのように思える。じっと睨むような視線を窓の外に送っていたことに窓の反射に写った自分のこわい顔で気づく。

 ゆっくりとサンジの方へ向き直りか細い声で、

「あのね……。わたしサンジ君に謝らないといけなくて……話長くなるけど聞いてほしいの」

「謝る、か。好きなだけ話せばいいよ。って言いたいとこだけど、本音としては聞きたくないな、怖い」

「サンジ君でも怖いものあるのね」

「やっぱり、そう見える?」

「いいえ……ごめんなさい。サンジ君って見かけと内面が違うのよね、誰だってそうなのに」

「そんなことないよ、おれは軽い性格がうりだから」

 ナミは首を振ることでサンジのいったことを否定した。

「優しいんだもの。サンジ君にすがってしまった……失礼なことしてるってわかってたの。でも、寂しかった。理由を聞かないでそばにいてくれて本当に感謝してる。初めて抱きしめてくれたときサンジ君の本当の――軽薄な態度じゃなく――優しさを知ったとき嬉しかった。この人なら好きになれるかもって、そう思った」

「…………」

「でもダメだった。極力会わないようにしてたあの人に心配されてかけられた声が、態度が、心に響いた。そしてルフィに言われた言葉が触れないようにしていた箱が、中身があふれでた感じがして苦しかったの」

 ぜえぜえと息も荒くナミは声をつむぐ。

 サンジは静かにナミにイスを差し出してかけるようにすすめた。

 ごめんなさいと断って、ナミはもたれるようにイスに座った。座るのを待って、

「……――ナミさんが謝ることじゃないよ。保健室でも言ったけど、『辛いならいってくれればいい、いつでも傍にいますよ……だから、利用するだけすればいい。それを覚悟で傍にいるのだから。ナミさんが気にすることじゃない』って」

「恋をしてない人とそばにいてもお互い辛いだけだと知ったの。ルフィに教えてもらった……サンジ君は好きよ、でもそれは都合のいい気持ち。人として、友達として好き。でも、恋しい気持ちは違う人に向いてるの。サンジ君はそれでもいいって言ってくれて、しばらく自分の心にうそをついたけれどダメで……心に嘘はつけないってわかったのよ」

「お互いが育てていく愛もあるんじゃないのかな?」

「不器用だから……。いい訳がましくなってるわねごめんなさい」

 ナミは目に溢れる涙を袖でごしごしとふいて息を整える。泣きそうになる自分を今度こそ奮いたたせて、

「優しくしてくれてありがとう。そして……サンジ君の気持ちを利用してごめんなさい。わたしには好きな人がいるから、サンジくんの気持ちにはこたえられません」

「…………」

「…………」

 沈黙が針となって肌に突き刺さるようだ。答えを待っているナミにとって話の続きを自分から切り出すのでは意味がない。サンジの言葉を待たなくてはならなかった。

 しかし時間の流れは無情に過ぎてゆく。
 
 サンジはおもむろに「たばこ吸っていいかな?」つぶやいた。ナミにとってタバコの煙は慣れ親しんだものだ。ナミの母親が吸っていたため気にならない。「どうぞ」とナミは言葉を返した。

 ポケットからたばこを取り出し、シュボっと火をつける。サンジの目元が鋭くなった。

 スイッチを切り替えたように――

 ――否。

 実際に気持ちを切り替えて、本当の気持ちを隠す。

 ナミが今まで傷ついていたから無条件で傍にいた。けれどはっきりとした結論をだしたナミは、サンジに対して今までのように黙って胸を貸してくれる相手を傍には寄りつけさせないだろう。

 とくに、おれは――

 苦しんでいた彼女をこれ以上おれが近くにいることでわずらわせたくないしさ。レディーに気を使わせるなんて失態男として最低だ。

 ナミさんがこれ以上苦しまずにいられるには、悪役の演技が必要だな。うっし。とサンジは腹を決めた。

 先ほどまでの優しい表情から無表情へと変える。

 たばこを吐き出し

「…………勘違いもいいとこ」

「え?」

「……だから、勘違い。おれは打算的なことしかしないさ。ナミさんに優しくしたのも、優しくすればおれのこと好きになってくれるじゃないかって考えたんだよ。――あんなに演技頑張ったのにーおれってついてないな。勝算なかったってわかってたらはじめからなぐさめなかったのに」

「そう……だったんだ。……ごめんなさい勘違いしてて。あっ、ご、ごめん涙とまらないや」

 ツーーと頬を涙がつたう。袖でぬぐってもぬぐっても涙があふれてとまらない。涙声のままで、

「も、もぅやめるって決めたのにぃ……ね。泣くのは自分のためだって、気がついたのに」

 サンジはナミの涙を予想していなかったため目が大きく開かれ、そして、

 言葉を続けるナミをさえぎってサンジは苦しいほど抱きしめた。

(わざとナミさんに嫌われるように辛くあたったのになぁ、さっきの決意はどこへやら。……ああ、ダメだ、ダメだ)

 以前とは違う抱きしめかた。

 一度目は強引だけど、いたわる抱擁で――

 二度目は見透かされて、優しく包んでくれた抱擁だった――

 三度目は――

 ナミにとって痛いほどに苦しい抱擁。


 サンジはナミを抱きしめたまま問う。

「ねぇ、ナミさんの好きな人って誰?」

「…………う」

「言わないと逃がさないよ? 腕の中からさ」

 戸惑うナミに視線を下げて意地悪げにいう。自分はナミのためを思って引き下がるのだから、これくらいの意地悪は許されるだろう。ただし、サンジにはナミに聞かずともナミの思い人がたやすく想像できたが。

 
『ナミに近づくな』といったあの男――

 そう、たぶん十中八九あの保健医だと思う。

 名前を口にするのが恥かしいようで、ナミは顔を赤らめて下を向いたままだ。

 サンジはナミに気づかれないように笑うのに苦労した。

 苦笑を隠すように顔をあげて窓の外に視線を移すと――

 頭の中で名前のあがっていた保健医が保健室の窓に張り付いたまま、今まで見たこともないくらい目を見開いて、口を金魚のようにパクパクさせていた。

 サンジとナミが抱き合っている、という事実にあの保健医は頭がついてこないのだろう。

 その保健医と目があったサンジは、ゾロに対してイタズラを思いついた子供のように、にやりと笑いナミの耳元に口をそえて

「もう言わなくていいですよ、ごめんなさい困らせて。でも……もうすぐもっと困ることになるかもしれないんで先に謝っておきますね〜」

 と軽薄な態度に戻っておどけたように言った。

 しゃくぜんとしないナミは疑問を浮かべている。

 サンジはあえてそのことについて答えない。

 ナミと抱き合っていたことに対してのゾロの反応を見てみたかったので、ゾロがくるまで答えを保留にしておこうと決めた。

 いまいちナミへの態度がはっきりしないゾロへ、ナミの耳元へ口をそえることであおってみた。

 保健室の窓からではサンジが無理やりナミに迫っているようにみえたはずだ。

 もし、この部屋にたどりついて、いう言葉が教師としてなのか、または、

 男としてなのか。

 その違いによって、自分が引くべきなのか、ナミを奪ってでも教室から連れていくかの行動が変わるから。




         ◆◇◆




 ゾロは保健室の戸締りを終え帰宅しようと重い腰をあげた。

 いつまでもくよくよとナミのことを考えても気分が滅入るだけなので、さっさと戸締りを終わらせて帰ろうと思ったのだった。

(好きだってわかったきっかけが、ナミに彼氏ができた……か。――ダメだ、ついナミのこと考えちまう。未練たらっしいよな。――ああ、いまので同じ考えが浮かんだの何回目だ?)

 さっさと戸締りを済ませた気でいたが、時計を見るとずいぶん時間をかけていた。

 戸締りをしていたのか、ナミのことを考えないようにしている自分をバカらしくののしっていたのか、ゾロにはどちらかわからなかった。

 いい加減見切りをつけて帰ろう。

 そう考えが至り、窓のカーテンを引こうとした。それで今日は家に帰れるはずだ。

 いや、帰れるはずだった。

 サンジとナミが少し遠いが窓を隔て中庭を越えた教室のいっかくにいるのを見つけるまでは。

(サンジがナミを抱きしめている場面を見て、冷静に帰宅なんてできるかよ)

 サンジと一緒にいる少女がナミだということは遠目にも一目で判別できた。普段からナミの姿を目で追っていたせいで、学年で集合したときでさえたやすく見つけられる自身がゾロにはついていたからだ。


 その光景を見てポツリと思う。

 ありえない、忠告は無駄だったのか? それとも……おれの言葉は聞く気にもならないのか。


 ナミにはサンジには気をつけろと何度も釘をさしたというのに。

 それに先ほどサンジに直接ナミに近づくなと言ったはずだ。

 言ったことが全て受け入れられるなどとは思っていない。そこまで傲慢ではない。

 けれど、これほどナミのことを心配している気持ちはどうすれば伝わるのだろう。

 それに、行動にでれば伝わるものでもないだろう。

 注意した。

 忠告もした。

 なのに、教師として言葉が通じなかった。

(教師として……教師?)

 ふと、ゾロは自分が教師として言葉を伝えていたことを知った。

 どんなに心配いていても、口調や態度にでるものだ。教師の言葉だからナミに対して心配していると伝わらなかったのではないか。教師の言葉だから……。

 ナミに変な噂がついて回って困らせてはいけないと身を引いたつもりだったが、そうではなかった。


 教師という立場に、弱腰だったのはゾロ自身だったのだ。

 結局はナミの為と思うことで世間体を守っていたにすぎない。

 じゃあ、どうする?

 そう自分自身に問い掛けた時には体が動いていて、ゾロはナミのいる教室へと駆け出した。







 つづく





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