『なんて残酷な男だろう。わたしに子供だという事実を突きつけてくる。子供子供って……追い討ちをかけないで。せめて、そっとしておいてよ』
パラレルお題:2白衣(そのD)
保険医のゾロに放課後来るようにと、呼び出された。「クラスの保険医を呼んでくれ」とのことだったので、ナミは気がすすまないながらも、保健室にでかけたのだった。
保健委員の用事と聞いていたのに、ゾロの話の半分以上は「サンジに気をつけろ。子供」という単語が繰り返されてでてきた気がする。
……もう子供という言葉は聞きたくない。
悔しかった。むしょうに。
意を決して保健室にいったナミだったが、用事が済み家路についたときには頭痛がしていた。以前女生徒がゾロに告白している場面に出会った日もひどい頭痛がして、その日以来ナミは軽い偏頭痛持ちになってしまった。ここ最近保健室に――ゾロとかかわらないようにしていたため頭痛が激しくなることはなかったが、どうやらまた偏頭痛に悩まされそうだと思うと学校へいくことがゆううつに思うのだった。
ゾロから残酷な話をされてから、ナミは毎日保健委員の仕事も自分でこなすようになった。保健室を――加えてゾロ本人もだが――さけていても、逆にゾロ本人と会う時間が増えるだけなら役目をこなす方がリスクが少ない。遠足の実行委員の仕事も以外と多く、学校では勉強にあてる時間が取れなかった。受験生であるナミにとって睡眠を削って勉強しなければならなかったのだ。
して、睡眠不足の日がすでに一週間続いていた。
『サンジに気をつけろ』とゾロに釘をさされたナミであったが、ゾロの思いとは反対にナミの体調を気遣うサンジの存在はよりいっそう大きなものとなっている。
言葉に反していたからだろうか、サンジと行動を共にするたびゾロのナミへの態度があからさまに悪くなった。目つきの悪さが際立ち、口調もぶっきらぼうなのだ。
(怒ってるのはこっちだっていうのに。なによ、あの態度……子供かい! ああ……頭痛い。)
その日もナミは掌で頭を支えるようにして、今日も放課後に保健室へと廊下を進む。
そこへ
「よっ。ナミ元気か? ししし」
「……よ、よおナミ。げ、げ、元気か?」
憎らしいほどの笑顔のルフィと、おどおどと落ち着きのないウソップがナミに声をかけた。
「まあまあよルフィ。……なに? ウソップ、そんなにおびえなくてもいいのよ。もう怒ってないから。うふふ」
満面の笑みを浮かべて答える。
先日ルフィのなにげない一言から、ナミとサンジが抱き合っていた場面を目撃したのがウソップだとわかった。その放課後、それ以上他の人に言いふらさないようにちょっと――少なくともナミはそう思っている――ウソップには精神的ダメージを与えておいた。それを今も引きずっているようだ。顔が心なしか青い。
「……今すぐ家に帰らないといけない病がぁ。じゃあ」
「待てよ。ナミに話がある」
ウソップを呼びとめたのはルフィだった。ナミはなに? と言葉を返す。
「このままでいいのか?」
「なにが? いってることがわかんないわよ」
「サンジのことだ」
「……サンジくんがどうかした?」
頭の中で警鐘のように、頭痛がする。考えないようにしていたことを無理やり思いだされる不快感がナミを苦しめる。
「おまえ賢いくせに、かしこくねェな」
「はぁ? なにいってるのよ」
「わからない振りはいいよ。このままじゃぁサンジがかわいそうだ。サンジは優しいから何もいわねェかもしれないけど」
「なによ。前はわたしとサンジくんのことちゃかしてたじゃない! なんで今さらそんなことあんたに言われなきゃいけないのよ」
「ちゃかしたとき気づくと思った。……でも違った。違うヤツ追っかけてるのに、自分が辛いときだけ都合のいい相手にすがろうなんて。おまえなにやってるんだ?」
2人の言いあいはいつしかヒートアップし、ウソップが慌ててとめにはいる。
「2人ともそこらへんにしとけよ。な?」
「うるさい!!」
ナミの怒気をはらんだ声が廊下に響く。
考えないようにしてたのに。
今はつらいことから目をそらしていたいのに……どうして? 考えるひまがなければ考えないですむって思ってたのに。思うようにいかないものね。サンジくんの気持ちはぐらかしてきた罰か……しら。
……あ……頭が……クラクラする。
バタァァァン!
しばし頭のなかで考えていたナミだったが、急にめまいにおそわれて、そこで意識を手放した。
して、その場に倒れた。
「ナミ!」
ルフィとウソップは同時に叫んだ。
「ナミさんが倒れたって!」
「静かにしろ、サンジ」
ウソップがなだめる。
ナミが倒れてルフィとウソップは慌てて保険医を呼びに走った。脳震盪をおこしている可能性があったが、保険医のロロノア先生が診察をし救急車を呼ぶほどではないと判断したため、タンカーで静かに保健室へナミを運んだ。
少しして、保健室にサンジが姿を現したのだった。
放課後で廊下を歩く生徒の数は少なかったが、サンジの友人が携帯でことの次第をサンジに伝えたらしく、髪を振り乱してやってきた。
保険医と話しているルフィとウソップを見て、
「おまえら一緒にいたんだってな。 なにやってたんだ! 今日はどうしても外せない用事があるから、調子の悪いナミさんのこと気をつけてやってくれとは頼んだけどよ、誰もあおって怒らせろなんていってねェぞ!」
「悪かった」
「わかってるのか本当に?」
自分がその場にいなかったことの悔やみからか、サンジは八つ当たりなのはわかっていたがルフィに対する怒りを納められなかった。
それまで黙っていた保険医が静かに口を開く。
「けんかなら外でやれ。ナミのことも考えろ」
ゾロの一言から、ルフィとサンジはばつの悪そうな顔をした。
その顔をみて、
「わかってるんだったらいい。ちょっと職員室に用事あるからナミのこと見ててくれ」
いうが早いかゾロは足早に保健室を出ていった――その際ドアは静かに閉めていった。そのことからも、ゾロがナミに対して気遣っていることが態度から知れた。
「おれ帰るわ。あと宜しくな、サンジ。……あ、一つだけ。ナミのことも大切な友人だけど、おまえも大切な仲間だから。ウソップ帰るぞ」
ルフィは保健室をでていく。ウソップもサンジに手を掲げて出ていった。
「恥かしいヤツ」
ぷっと吹き出したサンジの顔は、それでも嬉しそうだった。
サンジはカーテンをひいてナミが寝ている傍へ寄る。
近くにあったイスをひっぱてきてナミの寝顔を見つめた。
あどけない寝顔に、つらい夢でも見ているのか苦悶の表情がうかんでいる。
カッターシャツのそでで、サンジはナミの顔の汗をぬぐった。
触れられた箇所がくすぐったかったのか、ナミは少し身じろぎする。
サンジは寝ているとわかっていてナミに話しかけた。
「なにを溜め込んでいるんです? 辛いならいってくれればいいのに。いつでも傍にいますよ……だから、利用するだけすればいい。それを覚悟で傍にいるのだから。ナミさんが気にすることじゃない」
音もなくいすから立ちあがり、ついっとナミの顔に近づいて……
「やめろ。それ以上ナミに近づくな」
保険医のゾロがサンジの後ろで腕を組んで立っていた。声が普段よりいっそう低く重いものに聞こえた。
いつの間に帰ってきたのだろう。保健室のドアはたてつけが悪く、ドアの開閉の度ひっかかった音がするのだ。音をたてずに部屋に入るなどできないとサンジには思えた。
(”何してるんだ”じゃなくて、”やめろ”か。……出ていったふりをして、様子を見てたのか? ……陰険ヤロウが。教師ってのは面倒だな)
胸の中でゾロへの罵詈雑言をはく。だが、言葉にだしたのは
「すみません。心配だったもので。でも……ナミさんに近づくなとは?」
「言葉のままだ。今後もできればナミの近くにいてほしくない。こいつは最近寝不足だからよ」
ゾロは毎日事務的にこなすナミとの会話に、違和感を感じていた。ずっと先週からこの調子で、最近は顔色もよくない。日々やつれていっている感じだ。けれどその話題をナミにふることができる雰囲気ではなかったため、毎日うかがうようにナミの顔色を見ていた。
「……先生の彼女じゃないでしょ? 生徒の恋愛に口出ししないでください。それに寝不足なのはおれも気づいてる、今日はどうしても外せない用事があったせいでナミさんに辛い思いさせたけど。先生より近くにいるので、先生以上にナミさんのこと知ってると思ってますけどね」
「喰えねェガキだな。……ま、その厚い面もおれの前じゃあ隠さなくてもいいぜ。わかってっからよ」
「……――その言葉そっくりそのまま返すわ。『喰えねェ教師』」
「なんとでも言え。今日はもう帰れ。さっきナミの家に連絡したら保護者の方が迎えにくるそうだから、お前の出番はここまでだな」
しばらく無言でにらみあっていた2人だったが、サンジが先に折れた。
無言で鞄を手にとると保健室から出ていった。
サンジが去った後、ゾロは疲れたようで、ふーっと吐息を吐き出す。
体をひねり、ナミに向って
「……おい。起きてるんだろ? 悪かったな起こしちまって」
「…………」
「……ナミ?」
返事のないナミを不思議に思い、ゾロはナミをのぞきこんだ。
ナミは唇をかみ、目には大粒の涙をためて泣くのを我慢していた。肩が小刻みに動いているのが体にかけていたタオルケットを通じてもわかる。
ナミのそれはおびえた子犬のようで、ゾロは肩に手をおいて落ち着かせようとした。
しかし、ナミはその手をはらって
「さわらないで! ……ちょっと疲れてただけなので。有り難うございました。1人で帰れますので失礼します」
ゾロに対して過敏な反応を見せ、さっとベットから起き上がり、鞄をもって駆け足でゾロが止めるひまもなく出ていってしまった。
(なんであんなにかたくなに拒否するんだ。”さわらないで” とまで言われちまったしよ……。どうすればいいんだ。サンジのヤツになら拒否しないのか? おれは……)
その場に残されたゾロははらわれた自分の手をしばらく無言で見つめていた。
つづく
次へ(そのE)
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