Dear my sweet honey……

                    ―前編―






 その光景をまのあたりにして、ナミは目が点になった。

 ナミだけでなく、その場に居合わせたウソップやチョッパーも目を見開いた。驚いて言葉がでない。

 つまみ食いをしていたのであろうルフィも、ハムスターのように頬に食べ物を詰め込んだまま動けなかった。

 それを阻止するべくルフィを追いかけていたサンジもまた、言葉を発せずにいた。

 ロビンも多少驚いたふうであったが、「あら。あなたの子? 剣士さん」と微笑んでみせた。




――そう。今や注目の的となっている剣士ノノロア・ゾロその人は、子供を抱いて立っていたのである。

 ゾロの胸にフィットして収まっている。ゾロの抱き方もいたについたもので、しっかりしていた。

 赤ん坊は二才ぐらいだろうか。コロコロと変わる顔が可愛らしい。口からは、乳歯と思われるものが覗いている。
青い服にズボンをはいているので、男の子だと思われる。

「だぁ。あーあー」と楽しそうにゾロの顔をペチペチと叩いている。

 居心地悪そうに、ゾロは「違う」と答えようとしたが……珍しもの見たさで、他のクルーが掛け寄ってきた。

 これでは答えることもできない。ちらりとナミに視線を向けるが、他のクルーによって矢つぎばやに質問がくりだされる。

「ゾロの子か?! お、おれ前から弟が欲しかったんだ〜」

「拾ってきたのか? おれ様は前からゾロにはヒミツがあると睨んでたんだ」

「お、おい。ちが――」

 ゾロが口を挟むが聞きいれない。

「おまえにたぶらかされた麗しい彼女はどこだ!? 癒してさしあげなければ!!」

「うっほー。小せぇな〜。で、母親は?」

「フフフ。イケナイ人」

 そんな中ナミだけはその質問の輪に加わらなかったのだった。

渦中のゾロに対して、ナミはゾロを半眼で見据えた。冷たい視線。

(最近変にそわそわしてると思ったら……こういうこと。子供がいればねーそりゃ説明するのに焦るでしょうとも!
確かに――付き合ってるだの、好きだとかっていう言葉をもらったことなかったけど、それ以前の関係じゃないの。
あーバカらしい。今日は一年に一度の誕生日なのに……忘れてるわね、きっと。駄目だ、辛くなってきた)
 
 質問責めにあっているゾロをそれ以上見ていられないというように、ナミはきびすを返し静かに自室に引き上げいった。

 その横顔に光るものが流れていたのは気のせいだろうか。

 ナミの後姿を見送っていたルフィが「ゾロ、どういうことだ? ナミ泣いてたぞ。ことによっちゃ……おまえでも許さないぞ」と真面目な顔で尋ねた。

 お眠りに入った赤ん坊を起こさないようにして、苦い顔をしたゾロが頬をかく。

 溜息をついて、ゆっくりと午前中に起こったできごとを話始めた。





 あれは――――とゾロが口を開く。

 数日前からナミがやけにそわそわしていたので、おかしいと思いつつ過ごしていたが、とくに気にすることなく過ごしてきた。

 昨日になって食料が底をつくからと、近くのこの島に寄ることにした際のこと。

 のどが渇いたので、飲み物を探しにキッチンに下りたら――

 冷蔵庫に張ったある食料リストに、”ケーキの材料” ”ナミさんへのプレゼント”という項目を偶然見つけてしまったのだ。

 やばい。もし誕生日を忘れていたなんてことがナミにバレようものなら……

 考えたくない。面倒なことになる。

「ちっ」と小さくしたうちをする。

 だが、そんな仕草とはうらはらに、ゾロは自分でも知らないうちに口に笑みを浮かべていた。

(面倒なことにかわりがないが――ナミの喜ぶ顔を思い描くと。おしっ)

 して、急ぎ足で甲板に躍り出でた。

 きのみきのまま生活が長かったせいか、あいにく金の持ち合わせがない。だから、慌ててチョッパーに船番を

 代わってもらって、町に仕事を探しに行ったのである。

 だが、そう簡単には見つけられない。

 島のあちこちで赤ん坊連れの子守りはよく見かけるのだが――

 どうしたものかと公園のベンチで困り果てていたら、泣き喚く赤ん坊を連れた男が目にとまった。

 赤ん坊がわーわー泣き喚くものだから、ゾロの視線がつい赤ん坊を追っていた。

 子守りをしていた男が大きな声で喚く。

「あ〜頼むから泣きやんでくれよぅぅ。はぶりの良い仕事だからって聞いてたのに! 引き受けなきゃよかったぜ」

「はぶりの良い仕事?! おいっ。すまねぇ、その話詳しく聞かせてくれねぇか」

 つい”はぶりの良い仕事”という言葉に、ゾロは身を乗り出して聞いていたのだった。

「おーよしよし。泣くな〜、泣くな〜。兄さん困るよぅ! よけい赤ん坊が泣いちまう。よしよし。……えっと。なんの

話だっけかな?」

「はぶりの良い仕事についてだ。わりぃ、教えてくれねぇか? こっちもせっぱつまっててさ」

 片目をとじて笑顔でいうが、ゾロの手は剣に添えられていた。ゾロにとっては当たり前のことであったが、男の方
はその添えられた手を見て、言葉とは別の意味を感じとっていた。

『――いわないと、解かってるだろうな?』というふうに。

 その発しない言葉をよ〜く理解したという意味を込めて、男は縦に頭をぶんぶんと振った。

「あ、ああ。わ、わかった。いうから! 早まらないでくれっ!! 今日はこの島のママさん休日DAYらしくってな。

 主婦稼業が休みなんだ。普段夫が主婦稼業をやってる奴らは、逆らしいがな。なんせ俺もこの島の人間じゃない
から、詳しいことはわからないが……」

 なにを焦っているのだろうか、男の話に要点が掴めない。――ゾロが剣に手を添えていることで、無言の圧力をか
けていることを知らないのだから、仕方ないといえばそれまでなのだが――

「そいうことじゃなくて、落ち着けって。どんな仕事で、どこに行けばいいんだ?」

「ヒィィィ。……えっと、仕事は子守りだよ。公園の前の託児所に行って、自分と相性の合う子がいれば子守りの
アルバイトできるぜ。でもあんまりお薦めできねぇな、見ての通り泣きわめかれるし」

「いいんだ! どうしても急ぐからよ。ありがとな、じゃ」と礼もそこそこに公園を出たのであった。



 託児所の場所はすぐにわかった。公園の目と鼻の先である。外壁には一面”1日バイト募集! あなたも子守りを
エンジョイしませんか? カモーン”と書かれていた。

 迷子気質のゾロがわかるくらいなのだから、よほど目立つのだろう。

(子守りをエンジョイって……エンジョイするものなのか? カモーンってなんだよ!? だーーワケわかんねぇ)

 心の葛藤を繰り広げていたゾロに、ふとナミの顔が浮かんだ。意を決して、

「たのもーー! ここで子守りのバイトやってるって聞いたんだけどよ」

 ゾロは意気込んでドアを開いたのであった。

 そこで、ゾロを見ても脅えなかった赤ん坊―名前をソラ君―を預かることになったのだった。

 一通り赤ん坊に対してのレクチャーを受けたゾロは、決められた時間まで子守りツアーに出発する運びとなった。

 始めは商店街をブラブラしていたがだんだん見る所もなくなり、周りを見渡しても子守り男だらけなので、ひとまず
船に戻るかと決意し、迷いながら船に戻ってきたのである。



(後編)に続く


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