ある国では、気弱な人魚の姫は人間の王子に恋をするも思い届かず自ら死を選んだそうです。
けれど、この国に住んでいるという人魚姫は……思いの届かなかった場合果たしてどうするのでしょうか?
それはまだ誰にもわかりません。
――なぜなら。
少し変わり者の姫だったからです。
この物語は、そんな変わり者の人魚姫の物語。
=人魚姫その3=
ルフィ王子は街道を背筋を正して、でも気負うことなく自然体で歩いて行きます。
その後をナミ姫――魔法の力で人間に変身すると服もでてくるように魔女に頼んでいました――が優雅にドレスを着こなしてついて来ています。
もちろんゾロも一緒です。
街道の両脇には店が連なっていて、どこの定員も愛想よくナミ姫に声をかけてきます。
「おや、ナミ姫。きょうも追い出されたのかい? ゆっくりしていきな」
「ええ、ありがとう。おばさん腰痛だいじょうぶ?」
「ああ、お陰様でね。あ、ゾロも一緒かい。相変わらずの腰ぎんちゃくぶりだね」
「腰ぎんちゃく言うな!」
吠えるゾロにナミ姫は小声で一喝しました。
「コラッ、ゾロ。やめなさい。陸ではあなたもルフィの教育係の一人でしょう。慎みなさい」
「はいよ……姫さん」
しょんぼりするゾロは飼い主に怒られた忠犬のようです。
ヒトデですが。
そんな2人の様子をクスクスと微笑ましく見ていた街の人々はナミ姫とゾロのことをルフィ王子の教育係として認識していました。
ルフィ王子とナミ姫とゾロ達が出会った話しはまた別の機会に語るとして――
今は小高い城からまっしぐらに街道を下ってくる人物に注意を向けた方がよさそうです。
「ナミさ〜ん、またいらっしゃったのですね〜。ウェルカメー」
ドドドドド……そんな音と共に金髪の青年が駆けてきます。
「ゲッ」
さて、そういったのはゾロだったのか、ナミ姫だったのやら。
実際はあまりにもいいタイミングでゾロとナミ姫が同時に言ったのですが。
「カメってなんだよ……、おれはヒト――」
デ、ヒトデといおうとしたゾロの口を素早くナミ姫は手でふたをするように覆いました。
「しー。黙りなさい、ここには一般市民が沢山いるのよ! 私達の正体を暴露してどうするのよ」
「あ。すまねェ姫さん」
どうやら2人の正体が人魚とヒトデだということを知っているのはいまのところルフィ王子のみのようです。
普通の人に正体が知られれば2人は即実験室で解剖されてしまいますものね。
陸の人間は酷です。
金髪青年に気がついて、ルフィ王子が嬉しそうに声をかけます。
「おォーサンジ! おまえもナミを迎えにきたのか?」
ブン――!
金髪青年の回し蹴りがルフィ王子の顔面をかすります。
「言葉に気をつけろ、ルフィ」
「いや〜会えたのが嬉しくて」
どうやら蹴られるか否かの微妙なやりやいも、この二人にとって日常なやりとりのようです。
「嬉しくってって、ったく。朝に会ったばかりだろう。それに兄上にむかって、サンジはないだろうが。兄上って呼べ」
「サンジー腹減ったー」
「ええい鬱陶しい」
ルフィの突撃をかわすと、サンジと呼ばれた金髪青年はサッと身を翻して
「ナミさーん。ようこそ、我が王国へ」
極上の笑みをうかべてそういったのだった。
◇◆◇
自然でいてそして優雅に金髪の青年――サンジは礼儀に則りナミ姫に挨拶しました。
挨拶した瞬間から――
ナミ姫の教育係としての目が光ります。
第一王子――サンジは女性に対して丁寧な態度で接することで有名です。
が、しかしそこが問題で。
王国一いや、陸一の女好きなのです。
ナミ姫は内心で溜息をついて、しかしサンジに負けない優雅な笑みを浮かべて
「ごきげんよう、またゾロ共々お世話になります」
「いつまでも居てくださって結構ですよ。あ、そこのお供はお取引き頂いても結構ですが」
ギロリとナミ姫に向けた笑顔はどこへやら、ゾロへ向けた視線は睨むようです。
「おれだって本当は居たくな……」
「あら、ゾロがいなくてはルフィ王子の教育係がいなくなってしまいますわ。それでは王様が困りますでしょ」
ゾロの言葉を割ってナミ姫はナヨっとした口調でサンジに話し掛けます。
「そうですよねー。子供は子供同士! ではナミ姫は私にご指導下さいますか?」
王子の身でありながら口調は丁寧に、礼儀を持ってナミ姫に接します。
恭しい態度を取ってはいますが目の形がハートマークになっています。これでは他国との謁見で、相手が姫を送り込んでこようものなら。
この国は乗っ取られるでしょう。
(60点……ってところかしら。会っていきなり抱きついてくる癖は直ったようだけど。目がハートなのよね。あーあー、ルフィ王子共々、サンジ君もバカ王子だし。また城に着いたらこんこんと説教ね)
そんな考えを顔にはださず、教育係のプロとして――
いつナミ姫がプロとなったかは甚だ疑問ですが――
「よろこんで、教育係として伺います」
ナミ姫はサンジの差し出された手にそっと手を添えて、一路城を目指して歩きはじめました。
2人が優雅に路を歩く姿に、周囲の市民が溜息をもらしました。
その様子を黙って見ていたゾロは面白くなさそうに
「チッ……」
「なんだよ、ゾロ
。ナミに行ってほしくないなら行ってほしくないって言えばいいのに」
「な、バカやろう! 違うわィ」
「だってサンジがナミの手を取ったときのゾロの怖い顔ったらよー。ちょっとサンジの怒った顔と似てたかな?」
「あんなのと一緒にするな」
「でもよー。サンジは背が高いからなァーナミの身長につりあってていいよな」
「……うるせェ」
もうすっかり気が滅入っているゾロは声にも覇気が感じられません。
ゾロが身長を気にする理由。
それは――
ゾロの身長は元がヒトデだからでしょうか、ナミ姫と歳はそんなにはなれてないのに、陸にあがって人間に変身するとイヤでも身長に差がひらのです。
人間に変身した姿は1メートルぐらい。
かたやナミ姫はゾロから見ていつも見上げないといけないくらいに背が高いのです。
人間に変身したくなかった理由はこれ。
海の中を泳いでいた時には気づかなかった目線の違いに、狼狽し、ガックリとうな垂れています。
「……くそッ」
ポンポンと同じくらいの身長のルフィはゾロの背中を叩いて城への路を促して歩きはじめました。
◇◆◇
ルフィとサンジの父親――つまり陸で一番偉い王様に謁見したナミ姫とゾロは、今は与えられた部屋でフーっと吐き出すように深呼吸をしました。
「かたぐるしい王様じゃないんだけどね。うちのおとんと違った意味で緊張するわ、あの喋るときの間」
『えー……。そうだね、宜しく頼みますよ、ナミさん。うん……うん。あ、ゾロ君も宜しく……。うん』
ムダに「うん」が多かった気がしますが。
物腰の柔らかい王様なのです。ですが、姫として父王と口ゲンカばかりしているナミ姫にとって調子を狂わされるというか、なんというか。
ようは少し苦手意識を持っているようで。
「なァ、姫さん。ウソップ王子に挨拶にいかなくていいのかよ?」
あっ、そうだと言ってゾロがナミ姫に聞きました。
「え? ウソップって、あのウソップ?」
「他にウソップっていう王子はいねェだろうが」
「あーいいのよ、あれは。私を出迎えるってのが礼節ってもんよ」
「わー姫さん、感じ悪ィー」
「……ちくるわよ」
ボソリと言い放った言葉に、ゾロはガクガクと震えがとまらなくなりました。
ここまでくると、人魚姫というより魔女と言った方がしっくりとくるってものです。
恐ろしや……オソロシヤ……。
その折り、コンコンコンコンと控えめに扉がノックされました。
すっと上品な笑みを浮かべて
「はい、どなた?」
「ウソップだ。少しお時間くださいなー」
「遊ぼうって誘いに来た小学生か」
「ゲェ。あーえっと。ナミさん少しお時間いただけませんか」
「20点。出直してらして――」
とそこで一度区切って、大仰に外にいるウソップに聞こえるほど大きな溜息をつくと
「って言いたいところだけど。そんなこと言ってたらまた1週間会えなくなるから……どうぞ」
「素直にどうぞって言ってくれ。たまには」
「マイナス18点」
「またおれが最下位かよ」
「どうしてあんたたち三バカ王子どもは挨拶もまともにできないのかしら。教育係のこっちの身にもなってほしいわ!」
ブツブツ文句を並べるナミ姫の横で、ちょこんとゾロは黙って話しを聞いています。
一言でも口を挟もうものなら、怒りの矛先を自分に向けられることをコレまでの経験から知っていたからです。
賢いぞゾロ! 学べよ、三バカ王子。
「さ、今日も挨拶の練習からね。いつになったら次のステップに進めるのかしら。あー寿命がいくらあっても足りやしない!」
ナミ姫の文句が本格的に始まろうとした時。
抜き足差し足でウソップは帰ろうとくるりと逆方向へと逃げ出そうと――
「お待ち。逃げる気?」
ニマ〜っと不敵に笑うナミ姫の笑顔と震えるウソップ王子の目が合いました。
つづく
(一部修正)
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