ある国では、気弱な人魚の姫は人間の王子に恋をするも思い届かず自ら死を選んだそうです。

 けれど、この国に住んでいるという人魚姫は……思いの届かなかった場合果たしてどうするのでしょうか?

 それはまだ誰にもわかりません。

 ――なぜなら。

 少し変わり者の姫だったからです。

 この物語は、そんな変わり者の人魚姫の物語。






=人魚姫その2=

「そろそろヒレ乾いてきたわね……よし、ゾロ人間変身セットだして」

 グググ……とナミ姫の下半身はヒレから足へとじっくり変化していきます。

 ヒレから足になったといっても、完全に人間ではありません。

 呼吸や、関節などといったことが人魚の時とは違うからです。

 とりあえず、見た目は完全に人間の足になったので、ナミはパンパンと足に絡む砂を払って立ち上がりました。

 陸に立つナミはどこから見ても人間そのもので、ゾロはしばし見取れていました。

 身長もスラっと伸びていて、普段水の中ではいつも目線を真っすぐのばせばナミが見えたのです。けれど今はヒトデの身からナミを見上げるのが辛いくらいに、ナミとの身長差を身に染みていました。

「ほら、グズグズしない! セットだして」

 ナミ姫の煽る声にハッとしてゾロは人間変身セットをごこに持っていたのか、取り出します。

「お、おう」

「あ、そうだ。今日はゾロも人間になる?」

 ふだんはナミ姫独りで陸にあがるのですが。ゾロは海岸近くまで来たことはあっても、いまだ陸にあがったことはありません。

 少し不安があるのでしょう。

 そんなゾロの心情とは裏腹にナミ姫はニコニコと満面の笑みを浮かべています。

 どこか楽しそうにいうナミ姫に、ゾロはしどろもどろになって

「えっ?」

 と間の抜けた声でしかこたえることができませんでした。





                     ◇◆◇





 「は? いや、いい。結構です」

 冷汗をダラダラと流すゾロは、ナミ姫から目線を外しました。

「えーなんで、どうしてー? いつもゾロだけ先に帰るでしょう、今日はお供させてあげようとしてるんじゃない」

「勘違いすんな、おれは王様に仕えてるんだ。姫さんじゃない。――そもそも姫さんのワガママを聞いてるんだって、王様にいわれたからで……」

「……へえ。ゾロ、あなたおとんの回し者だったの。やっとわかった、いつもどんなにワガママいっても懲りずに陸まで送っていくと思ってたら……。ふーん、そうなんだ。やっと吐いたわね――フフフ」

 眉間に皺を寄せてゾロにツツイと詰め寄るナミ姫は、悪鬼のごとく顔を歪めていましたが、漂う雰囲気は張り詰めてあって、それでいて静かなものです。
 
「い、いや、その……なんだ」

「バカな姫演じるのもいい加減疲れてきてたし……。やっと本音が聞けてホッとしてるのよ」

 努めて穏やかな口調で話すナミ姫でしたが、ゾロの冷汗は止まるどころか滝のように流れるばかりです。
 
 口調はそのままで

「おとんにゾロの正体知ってます〜とかいったら、あなた仕事なくなるんじゃない?」

「グっ……」

 ナミ姫ニヤニヤしています。どうやら、ゾロの痛いところを突くポイントを心得てるようです。

「……ググ」

 言葉もでないほど焦っているゾロに、ナミ姫は先ほどとは打って変わって優しい態度にでました。

「あらあら、私ったら……酷いこといって仕事に忠実な部下を苛めちゃダメよね。おとん……じゃなくて、お父様には黙っててあげるわ。ね、だから今日はゾロも一緒に陸にあがりましょうよ?」

「……脅してるじゃねェか」

 ボソっと呟いた言葉を逃すほど、ナミ姫はおっとりしていません。

 ニヤリと不敵に微笑んで――先ほどの優しい態度はどこへやら――

「おとんの部下辞めて、私の部下になりなさいよ。その方が将来性あるわよ」

 ゾロを口説くさまは、カリスマ性のある女優そのものです。ナミ姫はなんでもソツナクこなします。

 
 ゾロはナミ姫を見上げて、考えさせてくれ、といって海に潜っていきました。





                     ◇◆◇





 
「…………」

「…………」

「…………あれ?」

 浜辺に座っていたナミ姫はゾロが暫く経っても帰ってこないことに気がつきました。

「だ、騙された!」

 頭を抱えてうなるナミ姫の目が潤んでいます。

「あ〜……可愛そうな私。美しいからって……騙されるなんて……。美しいのは罪よね……」

 どうやら悲劇のヒロインの気分を味わっているようです。

 けれど全く辛そうに見えません。

「でも……騙されたことへの報復は必要よね」
 
 潤んだ目が、色っぽい雰囲気を漂わせます。

「さて、どうしてくれよう……くくく」

 くつくつと笑うナミ姫はまるで魔女のようです。

 ……たしか姫だったはずですが。





                     ◇◆◇





 
「さ〜て、どんな方法でゾロに仕打ちしてやろうかしら?」

 ケケケと笑うナミ姫の顔はとても一国の姫には見えません。

 ヘンゼルとグレーテルにでてくる魔女そのものの含みのある笑いです。

「ややこしいところから例えを持ってこない! ……あら、私ったら誰にツッコンだろう? ……ああ、それより考えないと」

 ケッケケと笑い方が次第にエスカレートしていきます。

「怖えェな、まったく」

 そんな姫の様子を隠れて見ていたゾロがポツリとつい洩らしました。

「ゾロ!」

 小さな呟きを聞きとめたナミ姫は口から火を吹きそうな勢いでゾロに話し掛けました。

「私を謀ろうなんて1万年早いわよ! 観念してでてきなさい、今なら殴るの5発だけにしとくから」

「結局殴るんじゃねェか……乱暴だぜ、姫さん」

「ツベコベ言わない! 干物にして売るぞ」

 ナミ姫段々脅迫まがいになっています。変な王様にこの娘あり、といったところでしょうか。

「……すみませんでした」

 ゾロは全身真っ青です。イルカもびっくり。

 ゾロはついに人間になることを観念したようです。

「よろしい、はじめから素直について行きます。っていえばよかったのよ」

 踏ん反りかえるナミ姫の横でゾロはガックリうなだれました。

「わーったよ……姫さん」

「わかりました、でしょ?」

「……わかりました」





                     ◇◆◇




 
「おっ、終わったか。今日もゾロの負けだな!」

 ナミ姫に脅されて、ゾロは慌てて全身を乾かしました。

 指先が別れ……足が固定しだした時、とびきり明るい声が2人にかけられたのです。

 ナミ姫は別段慌てたこともなく声のした方へと向き直り

「あら、ルフィ王子。ご機嫌麗しゅう」

「ん? おぅ、ナミ姫も元気そうだな。……それにゾロも。おまえまたゾロ虐めてたろ? 城から姿が見えた気がしてきたんだぞ。ゾロ可愛そうだろ?」

 ルフィ王子のゾロを労わる言葉にゾロの目が潤んでいます。

 ルフィ王子はヒトデマンのゾロのことが大のお気に入りです。

 それを聞いてとんでもない、といわんばかりにナミ姫は

「あらやだ。誰がいじめてるもんですか。私達なりの友情の儀式よ」

 それを聞いたルフィ王子はキョトンとして

「そうなのか。ジャマして悪かった」

 ルフィ王子人を疑うってことを知りません。

 ナミ姫がルフィ王子と呼ぶこの少年は、海岸に面している大きな王国の王子でした。優しいことで有名でしたが、一部「ただ何も考えてないのだ」という人達もいました。
 
「ナミ姫今日も綺麗な鱗だったな」

「誉めるのはそこか! 変身する前なら嬉しかったけど、今は人間なのよ。……今日の王子テストは30点っていったところね」

「ケチー」

「誰がケチよ。マイナス20点」

 どうやらこのルフィ王子ナミ姫が人ではないことを知っているようです。

 ま、ナミ姫もちっとも隠そうとしてませんが。

「ルフィ……またやっかいになる。姫共々宜しく頼むぜ」

「おぅ! こちらこそヨロシク」








つづく
(一部修正)

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