ある国では、気弱な人魚の姫は人間の王子に恋をするも思い届かず自ら死を選んだそうです。

 けれど、この国に住んでいるという人魚姫は……思いの届かなかった場合果たしてどうするのでしょうか?

 それはまだ誰にもわかりません。

 ――なぜなら。

 少し変わり者の姫だったからです。

 この物語は、そんな変わり者の人魚姫の物語。






=人魚姫=

 
『むかし むかし とある海の海域に人魚の王国がありました。そこは世界中の魚の王たる人魚がいて、人魚界をぎゅうじってました。そりゃあもう、厳しく、節度をキビキビ守るようにと毎日市民に向けてマイクでくっちゃべるほどに』
 
 そんな他人に厳しい王は、自分の娘にもたいそう厳しい人魚だったのです。
「20才になるまで恋愛禁止だからな。わかったか、我が愛しの娘ナミ姫よ」

「えーなんで、どうしてー? お父さんは18歳でお母さんと結婚してお姉ちゃん生まれたじゃない」

 ブーブーふてくされるナミ姫に王はにべもなくいいました。

「え、いや、今日はそんな気分だったから。それにパパって呼んでっていってるではないか」

「気分かい! ……おとん」

「おまえなんか勘当だーー!」

 泣きながらすねる王にナミ姫は呆れながらいいました。

「ええー、また? これで52回目だし。ハイハイ、出ていけばいいんでしょ? もう、癇癪持ちの父親持つと迷惑だわ」 

 そういってスイスイと尾びれを優雅に動かして王国を出ていきました。





                    ◇◆◇





「ほんと気分やなんだから! 子供かい、おとんは」

 ブーブー頬を膨らませてナミ姫はぼやきます。

「あー今度はどのくらい人間界に滞在しようかしら……」

 ポツリともらす声はどこか寂しそうです。

 が、

「ま、いつものことだしね。次はネズミーランドとかいう所にも行きたいし……気がむいたら帰ろっと」

 次の瞬間にはニカっと満面の笑みを浮かべて、人間界に着いた後のことを考えていました。
 
 この順応性っぷりは父親に似たのでしょう。姫もかなり気分やさんのようです。

 暫くすると、

 明るい水面がだんだん近づいてきました。海面まではもう少しといったところでしょうか。

 海面の揺らぎを見てナミ姫はハッと思い出しました。

「ああっ! 人間変身セット忘れちゃった……。あちゃー私としたことが、あれがないと人間になれないじゃない」

 頭を抱えてガックリとうなだれました。

 王国を抜けてから5、6時間泳ぎっぱなしで今更戻るのもおっくうです。

 ナミは海面を見上げて、もうすぐ海面だし面倒よねと思いました。ドジった自分に腹が立ち、

 そしてポカポカと頭を――
 
 叩きません。

「痛いのイヤだし、叩いたせいで脳細胞が死滅すんのもイヤだし。なんせ、イヤ。だっから叩かないわよー」

 誰に向っていってるのやら、ナミ姫は一人事が多いようです。

「そうだ! へっへへ」

 なにかいいアイディアを思いついたようで、胸の谷間からおもむろに魔法の携帯をだして、ピポパパとボタンを押しました。

 水の中も使用可能で水圧もなんのその! なんと便利な。

 ツルルルル……

 暫くして相手が電話にでました。

 ――ふァァ〜……はい、もしもし。

 だるくて眠そうな声が聞こえます。

「あ、ゾロ? 私ナミ。またおとんに王国追い出されたんだけど、人間変身セット部屋に忘れちゃったから持ってきてくれない?」

「……またかよ、姫さん」

 とても嫌そうな声でしたが、いつもの事なのでしょう電話の相手も諦めているようでした。





                    ◇◆◇





「遅い! なにやってたのよ……まったく」

 腰に手をあてて、プリプリとナミ姫は汗ダクダクの相手を見やりつつ文句を並べます。

「そんなこといったって……姫さん、ここまで普通に泳いだら速くても4時間だぜ。それを高速亀に無理いって泳いできてもらっていうのに! おれのことは幼馴染みだからワガママも多めに見れるけど……亀は違うんだ。相手の気持ちを考えろ」

 ナミ姫を睨む相手は、ゼエゼエと苦しそうに息継ぎをしながら、それでも海面ギリギリまで送ってもらった亀のことを思っていました。

 叱られたことで腹立たしかったナミ姫ですが、筋が通っていることがわかっていたので素直に亀に礼を述べて、叱咤した相手を改めて見ました。

 オレンジ色の綺麗な皮膚に、目つきの悪い目がナミ姫を睨んでいます。星型の形をしていて、手にあたる部分を前後に扇ぐようにしてナミ姫に近づいてきました。

 よく見るとヒトデです。

 そのヒトデに、ナミ姫はバツが悪そうに

「悪かったわ、ゾロ。また王国追い出されたんだけど……人間界ついてきてくれる?」

「当たり前だろ。姫さんつきの護衛である以前に幼馴染みなんだからよ。……でも、またおれ――護衛にいう前に王国抜け出しやがって!」

「ごめんなさい」

 しおらしいナミ姫の姿に、ヒトデ――ゾロはきつく叱ることができませんでした。

「……心配かけんなよ」

「うん!」

 ニコっと微笑んだナミ姫は、ゾロの手――らしきもの――をひいて海面向けて元気よく泳ぎ出しました。

「ギャー……!」

 その場にはゾロの悲鳴がいつまでもこだましました。






                    ◇◆◇





「姫さん……あんた泳ぎ方荒すぎ!」

「あら、次はもっと速いのがいいかしら?」

 したり顔でニヤリと笑うナミ姫に、ヒトデ――名前はゾロ――は、悪かったと告げて震えて答えました。

 ナミ姫の結構速いスピードで、普通なら海面まで2時間かかるところが1時間で海面まで到着したのです。
 ゾロがヒイヒイと悲鳴をあげるもの無理はないだろうと思われました。


「……それにしても夜はヒレの乾き具合がよろしくないわ」

 海岸までズルズル人魚の下半身を引きずるようにしてはっていたナミ姫は先ほどからプリプリ文句をいっています。

 その様子を見たゾロがジト目で

「ヒレ乾かすならおれがわざわざ人間変身セット持ってこなくてもよかったんじゃないのか?」

 人魚はじっくり完全にヒレを乾かせば人間になれるのです。


 ――ただし、声はでませんが。


「なにいってんのよ」

「あれ? おれ、間違ってないよな? うん、きっとそうだ」

 ナミ姫に否定されるとヒトデとしても否定されたような気持ちになるので、ゾロはブツブツと独り言。

 違う世界に閉じこもろうとするゾロにナミ姫は、どうして海底の男って、おとんにしても、ゾロにしても違う世界が好きなのかしら? と心底わからないといった顔をしてから

「あのねー知ってるでしょ? ムダなことは嫌いなの。金にならないもの。変身セット必要ないなら持ってこさせないわよ、ヒレ乾かしてるのはね、よく乾かした方が人間になったとき肌が綺麗だったからなの」

「あ、なるほど」

 ゾロは納得したようで、自分の手足(と思われるもの)をナミ姫と同じように乾かし始めました。

 それを横目でチラリとみやって

「ゾロも肌気にしてるんだ。へー」

 さも面白ろそうにゾロをからかいました。ナミ姫なかなかどうして、ゾロをいじるさまは手馴れています。まるでいじめっ子のようです。

「う、うるせー。ヒマだからいいんだよ」

 すねるゾロの顔は真っ赤になっていました。






つづく




(注:修正を加えました)

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