『あなたはまるで子供のように、愚かに間違いを重ねる。
おれがどんなに心を配っても……あなたには届かない。
おれがどんなに優しさを示しても……あなたはなびかない。
心が枯れるよう。
けれど、間違いを重ねるあなたに手を伸ばすおれも、また愚かなのだと思う』
06 風邪をひいた週末
(ゾロ誕アンケート一位「姉弟」より)
ナミの帰りが、また以前のように連日遅かった。
けれど前回と今回とは遅い理由が違う。
前はナミが断りきれないコンパや会議のため深夜をゆうに回ることが多かったが、ここ最近はナミがバイトを始めて帰宅が遅くなったのた。
「ナミさんがバイトする必要ないだろうが、教育実習だけでも大変なのに。自分の時間なくなるし、体もたねェぞ」
ゾロはがなりこそしなかったが、怒りをあらわにしていた。ナミは小さな声で
「だからいいのよ」ともらしたが、ゾロには小さすぎて聞こえなかった。
ゾロから告白されて、ゾロの友人が家に遊びに来て、日にちがたつごとに、ナミの心は荒れていた。
なにに荒らされてるか自分でもわからない。
いや、わからない振りをしているだけか。
ゾロの告白は断ったし、ゾロの友人が来た日にはゾロの母親のような気持ちでお菓子を作っていた。
けれど結局、お菓子はださなかった。
否、だせなかった。
ナミがこがしたから。
こがす少し前、ゾロの友人を興味本位でチラリと見たら、恥かしげに頬を染める女の子がゾロの後ろをついていく姿を見た。
女の子は2人もいた。両方ゾロを熱い目で見ていて――
男の子もいたけれど、ナミの目にはとまらない。
『そんな目でゾロを見ないで!』なんて言葉が口にでそうだった。
言ってはいけないこと。
まして、言う資格もないのに。
ナミはゾロを振ったから。
――その前に姉弟だから。
そんな、もろもろのことを考える暇もないくらいに何か気がまぎれることがしたかった。
だからナミはバイトを始めたのだ。
「わかってる。ちょっと欲しいものがあって、生活費からお金回すわけにはいかないでしょう? 心配かけてごめんね」
ナミは悩んでいることをゾロに感づかれないように、当り障りのないウソをつく。本当はバイトなどどうでもよかった。時間が過ぎればよかったのだ。家にいると嫌でもゾロと顔を合わすことになるから。
そう考える一方で、ふと思い出す。
(そうだ……ゾロに告白される前に、サンジ君にも……なんか言われたっけ。それも辛い要因かしら)
「買ってやりたいけど、……おれは部活があるしな。バイトできなくてごめんな。……体調管理には気をつけろよ」
「高校生がそんな気回さなくていいのよ、でも有り難う。これでも元気なのがとりえなんだから! 任せてよ」
「ならいいけど……。そうだバイト終わったら迎えに行こうか?」
「えっ、……ううん。サンジ君もいるし、大丈夫よ」
ナミの言葉に、ゾロは奥歯をかんで
「んなっ! サンジの野郎もいるのかよ? ナミさんこりてないだろう。また付きまとわれるぞ、……ったく。……でもナミさんが大丈夫って言うなら、家で待ってる。でも、でも、危ないって思ったら、必ず連絡入れてくれよ」
真っすぐな目をしてゾロはいう。妥協案をだしたのは、あまりしつこくして、ナミに嫌われたくないからだろう。
(どうしてサンジのやろうなんだかわかんねェ。ま、ナミさんの手前、家で待ってるって言ったけど、心配だもんな。家で待ってて苦しい思いするなら、こっそり後をつけて守ろう。竹刀も持っていった方がいいな、見つかっても練習してるっていえばいいし。おしっ!)
気合を入れたはいいが、ゾロは人の後ろをついて歩くことをストーカーといい、自分が迷子体質だということを忘れていた。
◇◆◇
その日もバイトが終わってナミは家路につくため歩いていた。その日は普段バイトのシフトがだいたい同じ時間のサンジも休んでいて、ナミ一人だった。
「…………疲れた」
なんだか頭がボーっとするし、体がおかしいとナミは思った。
そんなとき
急にめまいがして――
たたらを踏む。
が、疲れきったナミの足では体重を差さえきれずにバタァァンと地面に倒れた。
昼は教育実習、夜はバイトというハードな生活を続けていたナミは、ついに無理がたたったのだ。
「どこいったんだ? ナミさん……店から出てきたのは見たのに、おかしいよな」
きょろきょろと左右を見回すゾロは、バイクにまたがりバイクスーツにフルフェイスのヘルメットをつけていた。これなら、たとえナミに姿を見られても、バレることはないだろうと思ってのことだ。
ゾロはナミには内緒でナミの背後を守っていたが、連日自分の迷子体質によって、ナミの背中を見ながら家に帰ったことがなかった。
毎日ナミが帰宅してからゾロが帰るという図になっている。
「くそっ……ナミさん見失ったら、なんのために夜外にいるかわかんねェな。……でもなんで見失うのかわかんねェ!」
ブブッ、ブブッ、ブブッ……
身もだえするゾロに、身につけている携帯が小刻みに揺れる。
「なんだ? ……もしかして、ナミさんか」
そう思うと慌てて手袋を取り去り、ゾロは携帯を開いて通話ボタンを押した。
「ナミさんか?」
相手を確認せずにボタンを押したものだから、ゾロには相手がわかっていなかった。だから、はじめに声を聞いたとき間違えたと思った。
その声は可愛らしく、まだ子供の声と思われた。
「あの、えっと、初めまして。おれ、トニートニー・チョッパー。女の人が電話かけてって頼まれたから、電話かけたんだけど……」
「どんな女?」
「みかん色の髪が肩でくるっと外にはねてる。きれいな人だよ」
「ナミさんだ。……どうして電話してきたか言ってくれ」
「えっと……おれが塾帰りで道を歩いてたら女の人が倒れてて……。慌てて救急車呼ぼうとしたら、『……救急車は呼ばないで。……この番号に電話して向えに来てくれるよう頼んでもらえる?』って言われて、おれ電話したんだ! お兄さんこの女の人の彼氏なんでしょう? 早く向えに来てあげて! お姉さん苦しそうだから」
ナミが倒れてると聞いて、ゾロは血の気がひく思いで
「わかった。で、場所は?」
「大通りの……」
チョッパーと名乗った人物の場所は、ゾロいる所からそう遠くなかった。
ナミに大きなケガなどないことを一心に祈りつつ、脱兎のごとくゾロはナミのいる場所へとバイクを走らせた。
◇◆◇
「ありがとな、チョッパー。本当大切な人だったんだ……。無事でよかった」
「いいって、お姉さんにケガとかなくてよかったよ。じゃあ、おれ帰るね、バイバイお兄さん。お姉さん大切にね」
「ませガキ……」
ニヤリとして去って行ったチョッパーを見送って、ゾロは一人ごちた。
ゾロがナミの場所へと到着したときには、チョッパーがそばにいて簡単な診察をしていた。
家が代々医者の家系で、チョッパーは小学生ながらも、医療の知識が豊富だった。
「大丈夫、外傷はないよ。でも早く家に連れて帰ってあげて」
「わかった」
チョッパーを見送ったゾロに
「ごめんね……ゾロ」
ポツリとナミの声がかけられた。
道に横になっているナミを抱き起こして、
「大丈夫か?」
「うん。……怒らないの?」
「怒ってほしいのかよ」
「ううん。体調管理できてなくて、ゾロ怒るかなって……」
「心配はした。でも、なにより…………無事でいてくれてありがとう」
ゾロはナミをひしと抱きしめた。
おわり
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