『あなたを好きだという気持ちを隠すことに一生懸命だった。
悟られないように……わからないように。
けれど、少しでも男として見てくれるのなら、おれはあなたに好きだといおう。
……誰よりも愛しいのだと』
04 どうしてもいいわけがしたいのなら
(ゾロ誕アンケート第一位「姉弟」)
「姉さん……ごめん」
ゾロの心底申し訳ないという声が聞こえて、ナミは現実に引き戻された。
サンジとの会話を考えていたことをおくびにもださず、少しひかえめな微笑で
「……ううん。本当ゾロに頼らなかったことは悪かったって思ってるの、ごめんなさいね」
「いや、おれも言いすぎたって思ってる。心配だったんだ……。帰りの遅い姉さんが気になって探しに行こうとした矢先に、サンジの野郎が家まで送ってきただろう、だからカッと頭に熱がのぼって……つい、姉さん問い詰めるような聞き方しかできなかった。悪かった……」
くすり、とナミは微笑む。
先ほどから立ったままのゾロを向いの椅子に座らせる。机にもたれ、両手で顔を支えるようにしてゾロを見つめた。
「ゾロは本当、昔から変わってないのね」
「え?」
「いったじゃない……。私に泣かれるのは昔から嫌だったって」
「……ごめん。昔の話はしない約束だったよな……。あの時決めたのに」
「べつに怒ってなんかないのよ、父さんと母さんもいないし。……でも、あの時、両親にお互い紹介されたときは驚いたわ」
「うん……。ついこの間のような気がするな、大きくなった姉さんと会ったのは。初めまして――じゃなかったんだからな」
「ええ……」
ゾロはナミに向けていた視線をそらして、天井へと向ける。ただ、じーっと。
それにつられたように、物思いにふけりながら、ゾロは母親にナミを紹介された時のことを思い出していた。
◇◆◇
ゾロがナミを今の両親に初めて紹介されたのが、市内にある、某ホテルの一室だった。
『こちらが、ロロノアさんの一人息子でいらっしゃる――ゾロ君。で、こっちが私の娘で――ナミです。ほらナミ、挨拶して』
男性に手を差し出して互いを紹介していた女性は、ナミを紹介した相手に見えるようにと場所を譲った。
『初めまして、ナミと申します。グランド大学4年です、宜しくお願いします』
すっと腰から折られたおじぎは誠実さが感じられる。言葉数こそ少ないが、穏やかな人柄を感じさせた。
ニコリと微笑む顔にゾロはしばらく空いた口が閉まらなかった。
ゾロの目はナミに見惚れていた。
ナミと名乗った女性は、みかん色の髪をひねって一つにまとめていた。自然なくくりかただったが、だらしないということはない。うなじから匂うような色香を感じる。
目が大きく、控えめな化粧にゾロは好印象がもてた。だが、控えめな化粧も体に添ったスーツでキリっとした印象をも受け取れる。
それに加えて、体に添ったスーツなので、体のきれいなラインがスタイル抜群だということを無言で語っていた。
普段は楽な服装のゾロも、新しい家族との初めての会食の席には、一応相手に失礼にならないように学ランを着ていた。何を着るか迷っていたら
『ゾロお前は高校生なんだから、学ランでいいんじゃないのか?』
との父親のアドバイスにより、学ランを着ていくことにしたのだ。
(もっとシャレた服の方がよかったか?)
ナミを見ていると気後れしそうで、ゾロは内心焦っていた。普段は服など着れればいい、という考えの彼もこの時ばかりは服装を気にした。
『……失礼ですけど、お名前聞いていいかしら?』
ナミが微笑みかけて、ゾロはハっと我に返る。
『えっ! ……ああわりィ。ロロノア・ゾロ、グランドライン高校3年。よ、よろしく』
『……ロロノア・ゾロ……君……か』
小声で呟くようにナミがいうと、ゾロが『なんだ……じゃなくって。なんですか?』聞き返そうと口を開くが
いう前にナミに言葉をさえぎられてしまった。
『ゾロ君と話がしたいので、少し展望台を見てきます。頃合を見て帰ってきますんで、ごゆっくり……』
ナミはゾロの手をひいて、スタスタと展望台へと続くエレベーターへ乗り込んだ。
急になんなんだ! と言おうとしたゾロだったが、ナミにまたもやさえぎられる。
『急に連れ出して悪かったわよ、でも、仲のいいところでも見せておかないと、心配で再婚なんてできないでしょう? ……それともなに? 再婚に反対な訳、君は。いいじゃない、家族が増えるのも悪くないわよ?』
『おまえ誰だ?』ゾロはのど元まで押しあがってくる言葉を飲み込んだ。
まるで、先ほどとは別人ではないか。あの、穏やかな雰囲気はどこへやら? ゾロは眉をひそめた。
ナミの変貌ぶりに圧倒されながらも
『……いや、反対はしてねェ。むしろ、歓迎してるぐらいだからな。……それにしても、ナミさんさっきより口数増えたよな?』
嫌味のつもりで口のはしを持ち上げていう。
ナミは一瞬きょとんとした顔になったが、ニヤリと笑って
『あたりまえじゃない。初対面で、素の私だしたら清楚なイメージが……ってみんな引くんだもの、仕方ないでしょ。イメージは良いほうが私にとって都合がいいしね、処世術よ、しょせいじゅつ』
『魔女か、あんたは……』
『なんですって? あんたもその口の悪さ……直ってないようね、いや、むしろ悪くなったかしら?』
ナミは小首をかしげる。ゾロはすっかり敬語の抜けきった口調で
『はァ? なんの話だよ』
『覚えてないの? ……やれやれ』
『だから、なんの話だって聞いてんだ。……やれやれって、初対面だけど、なんかムカツク』
『ムカツクのはこっちよ! 計算高い私が、初対面の相手に――たとえ再婚相手で義弟になるかもしれくても――そうそう自分の正体バラすかっての、あんたね……小学校に入る前くらいかな、遊んでもらったお姉さんのことくらい覚えてないわけ?』
『へっ?』
目からうろことはこのこと。ゾロは『あァっ!』と手を叩いて思い出した。
昔――そう、ゾロがまだ小学校へ入る前ぐらい。幼稚園から帰ると、毎日剣道場へ通っていた。そこは棒術も教えている所で、ナミとはそこで出会ったのだ。
『あァ、思い出した。あんたにコテンパンにやられてたんだっけな、おれ。今にして思えば、可愛そうだったよなって自分で思うぜ。だって、体中あざだらけだったしよ。4,5歳だぜ? その子供に小学生の――3年生あたりか――あんたは容赦なかったもんな……。こわ』
『あら、嫌なことまで思い出させちゃった? 悪かったって、あの時は自分でも子供っぽかったなって思ってるんだら、許してよ、ゾロ』
一緒の場所で練習していたとはいえ、違う稽古をしていた2人はゾロの『稽古に付き合ってくれ! おれ、そのうち竹刀2本に増やして稽古したいって思っててさ、頼むよ。あんたが一番強そうだったから』その言葉から、練習後のあいた時間にナミはゾロの練習に付き合っていた。
ただゾロの練習に付き合うだけなら時間の無駄と、はじめは断っていたナミは『お菓子毎日くれるっていうし、練習付き合ってもいいか』なんて軽い気持ちで受けあったのだった。
幼い記憶を思い出して、ゾロは意地悪い目でナミにつげる。
『あァ、あの時あざがひどくて、こんなあざつけた子は絶対許さないからな! とかなんとか言ってたぞ――ま、男だと思ってただろうけど、親父は――。幸せになってほしいのに、再婚相手の娘が、実はそうでした〜、とは言えないよな?』
『あちゃ……。じゃァ、両親には内緒ってことで! これからよろしくね、義弟君。……告げ口したら、どうなるかわかるわよね?』
ニコリと不気味な顔でいうナミに対して、もうとっくに治っているのだが、ゾロは昔やられた傷がうずいた気がした。
だから、ぎこちなく頭を縦に振ることしかできなかった。
――そうして、2人の間には『昔互いが知り合いでした』という事実は両親には言わない、という協定ができていた。言ったらいったで、笑い話で終わりそうだったが、今は両親とも出かけていて、こちらから連絡はとれないでいた。だから、わざわざ言わなくてもいいだろうとの結論がでたのだ。
◇◆◇
ナミは視線を天井からゾロに戻して、気落ちしているゾロに話しかけた。
「もういいわよ、そんなに気にしないで。それに……さっきゾロが”綺麗”って言ってくれたでしょ? すごく嬉しかったわ。それでじゅうぶん……」
ナミの声をさえぎって、ゾロは上目遣いでぼそぼそと呟いた。
「……おれに言われて嬉しかった……のか?」
「え? ……ええ。本当。普段のゾロって絶対そんなこと言わないじゃない、だからすっごく嬉しいわよ」
「そうか……。なァ、姉さん、おれがどうして姉さんのこと心配するかわかる? 帰りの遅くなった姉さんをわざわざ向えに行く訳は? サンジの野郎が家にまで来て姉さんを送ってきたとき、おれが激昂したわけが……姉さんにわかる?」
含みをもった目でゾロはナミに聞く。
急に質問責めにあったナミは質問の答えを模索していた。
どう答えればよいのか、「家族だから……。義弟だから……。心配したから……?」ではないのか。
むしろ、それ以外にどんな答えがあるというのだろう。
たとえもう一つ残っているとしても、それは許されない気持ち。浮かれてはいけない感情。
だから、最後に思いあたった答えに気づかないふりをした。
……ナミは首をすくめる。
ゾロは真っすぐにナミを見つめて
(この気持ちは黙っておこうと思った。けど……サンジにはナミをやれない。少しでも男と見てくれるなら…………おれは……)
ナミは降参とばかりに両手をあげる。整った口元がゆっくり開く。
「……義弟だから、両親のいないときだから、私を大切にしてくれてるの?」
「それもある……でも」
一度言葉を切って、
「姉さんが……好きだから。好きだから、守りたいと思うし、他の男と一緒にいてほしくない。……だから心配するんだよ」
ゾロはナミに優しく語った。
おわり
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