『無垢な子供なら、甘えても許される……何も知らない子供ならよかったのか? …………だめだ。それじゃ、大切な人を守れねェ』






02 君ほど強情な人を僕は知らない
     (ゾロ誕アンケート一位「姉弟」より)





「遅い。何やってんだあのバカ」

 トントンとせわしなく長い指が規則正しく机を叩く。

 いつも目つきが悪い悪いといわれるが、今日は更に目元が鋭さを増していた。

 口は真一文字で結ばれているが開けば文句が溢れだしそうだ。

 ゾロはここ数日帰宅の遅い義姉――ナミが今日もまだ家に帰って来ないことに苛立ちを感じていた。

 ゾロとナミの両親は現在家にいない。世界一周の旅とやらに出かけてったきり戻ってきていなかった。

 戻って来ていないからといって音信不通なわけではなく、週に一度はエアメールが届くしどこから振り込んでいるのか入金もされている。だから、無駄遣いさえしなければ支障なく生活ができた。

 そのように両親がいないことをいいことに、ナミが遊び歩いているようでゾロは面白くない。

 時刻は午前1時。とうに日付が過ぎている。

 2階建て鉄筋一戸建ての家に、ゾロはテレビをつけて椅子にもたれかかりながら義姉の帰宅を待っていた。

 イライラとテレビを見ているようだが、内容は聞き流し。

 左から右へとゾロの耳を通過していくだけだ。

 それもそのはず、ゾロは義姉のナミのことが心配でたまらなかった。

「ったく……。可愛いって自覚してんのか? ただでさえ女だってのに、あ〜心配で眠れない」

 ぶつぶつと文句を言いつつ、頭を抱えてついにゾロはうんうんとうなりだした。

「う〜ん。う〜ん。心配だ……心配……。いくら、しらふみたいな顔できるって言ってもよ……」

 唐突に名案が浮かんだ。

「おっ! そうだ。心配なら迎えに行けばいいのか! うっし、待ってろよナミ」

 そうと決めるが早いか、ゾロはバイクのカギを片手に駐輪場へと駆け出した。

『ナミ』とゾロが義姉の名前を呼び捨てで呼んでいることを注意する人間はその場にはおらず、ゾロ自身も無意識に呼んでいた。

 義姉であるまえに、女であるナミのことを心配して。







                    ◇◆◇







「そろそろお開きにしましょうか。ではお疲れ様」

 司会がそう告げると、ぞろぞろと皆弾んでいた会話を打ち切り席を立つ。

 ナミもその一人で、やっと終わって家に帰れるかと思うと心弾むのだった。

 ちらりと時計を見ると、とうに日付が変わっていた。

「あっちゃー……。またやっちゃった」

 ペシリとおでこを叩く。

 ここ何日か仕事やコンパの人数合わせに入ってくれと頼まれ帰宅の時間が深夜を回ることが多く、毎日ナミの帰宅を待ってから寝る義弟に申し訳なく思っていた。

『帰りは遅くなるから先に寝てて』といってもゾロは忠犬ハチ公のように毎日ナミが帰ってくるのを必ず確認してから寝ている。ナミが帰って来たからといって声をかけるでもなく、姿を見ると自室に引き上げていく。何かいいたげそうにはしているが。

 
 ゾロには悪いとは思うが――――


 ナミはそんな健気な義弟が待っていてくれるかと思うと嬉しくて、くつくつと笑った。

「なにか楽しいことでもあった? ナミさん」

 帰路につこうと歩きだしたナミに、男が声をかけた。

 振りかえったナミは男をチラリといちべつし、誰だか思いだすために脳をフル回転させる。

 確かT大学に通ってる私と同じ教育実習生だっけ……と思いだしたところで

「忠犬が待ってるんだけど会えるのがなんだか嬉しくて。サンジさんでしたっけ?」

「おっ、おれの名前覚えててくれてたなんて嬉しいよ。それと……呼び捨てでいいですよ。なんか ”サンジさん” って呼ばれ慣れてないからさ」

「じゃあ、サンジ君でいいかな?」

 飲み会の雰囲気は「たとえピンチヒッターで入っても壊さない」がもっとうのナミは、苦手だなと思いつつ笑みを浮かべて答えた。

 ナミはサンジに向き直ると同時に相手の服装を見た。

 サンジはたばこを吸うらしく胸ポケットには既に使われているたばことライターが突っ込まれている。それにグラサンも。

(軽い男は嫌いなのよね……。ノリも格好も嫌い! もうちょっと……渋い感じが……)



「OK。ねェ、ナミさんさえよければ2次会に行かない? ――2人で」

「ごめんなさい、明日早いんで……」

 割りこむようにしてサンジが

「まだ酒はいるんでしょ? んも〜酔ったふりがうまいなァ。ナミさんは、酒豪のくせに」

「んなっ! な、な……」

「どうして酒豪って知ってるかって? 簡単だよ、ずっと見てたからさ」

 ナミは感づかれるはずはない! と即座に心の中で否定した。

 なぜなら、

 さきほどの飲み会でナミは酒をたしなむ程度に飲んでいた。

 いや、……――たしなむ程度に飲んでいたと見せかけていた。ナミは酒にはめっぽ強く並の酒豪では相手にならない。

 だからといって以前に

『……そうですよね(ゴクゴク)。だってその方が楽しいよね(ゴクゴク)! で、この間のことなんだけど(ゴクゴク)』

 と見事な酒豪っぷりを発揮してその場にいた全員にことごとく幻滅された痛い記憶がある。

 みんな一様に

『かわいいのに……ナミちゃん、すさまじい酒豪なんだ……』

 と哀れまれた。

 だからナミは酒豪なのだという事実は下隠しにしてきたというのに。

 初めて会ったサンジに感づかれるなんて――

(ナミちゃん一生の不覚だわーーーーー! アイタタ。それにしてもアイツに引き続いて酒豪を見破るやつが現れるなんて……最近気抜き過ぎかしらね?)

 小首を傾げつつ初めて酒豪だとバレた義弟に、心の中でサンジにまでバレたことを軽くののしる。

 ゾロのせいではなかったが。

(ゾロの場合はたち悪いわよねー。ああ、思い出したくもない! ……ったく面倒なことになったなァ。でも、まーしょうがないわよね)

 クルリとサンジに見えないように背を向けて悟られない程度に小さく舌打ちをする。

 嫌なことはなるべくその場で発散が、これまたナミのもっとうであった。

 して、即座にサンジに向き直る。

 後ろを向いて、前にまた戻るまでわずか3秒のはやわざ。



 酒豪であるとバレた相手にする行動は――

 笑顔で酒豪であることを知らないふりをする。

 つまり、

 酔ったふりでごまかすのである。

「ごめんなさーい。覚えてないのよ、えへ。じゃあ、急いでるから」

「んも〜、酔ったふりもうまいなァ。あ、アドレス教えてくれない? 手間取らせないから!」

 そうきたか……。

 ナミはまた舌打ちしたい気分になったが、今は早く目の前の男をまいて帰るのが先決だ。

 どうケリをつけて帰ろうかと思案し始めた。







つづく


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