『ナミさんが記憶焼失? 

 ま、ま、まさかおれのせい? 

 愛しのナミさんに記憶がないなんて……

 くそっ! おれがナミさんを傷つけてどうるってんだ。

 医者じゃねェおれにできることってあるのか』






 代償2
 (2004年ゾロ・チョパ誕生日企画。事前アンケート)









「ナミさんが記憶喪失! どういうこった? 説明してくれチョッパー」

 つかみかかるような勢いで、サンジはチョッパーにつめ寄った。

「…………確信したわけじゃないけど」

「チョッパー……。それでもいい、医者の意見が聞きたいんだ」

「うん……わかった。仮定として聞いてほしい……。おれが一通りナミの診察が終わって――」

 と、チョッパーがみんなの前でナミが意識を取り戻したときのことを話し始めた。





                     ◇◆◇





 うっすらと重いまぶたをしばたかせる。

 頭の方から優しい光りがもれている。あたりは薄暗くてランプの灯りが灯されていた。暗がりに慣れた目にはありがたかったが、部屋全体を照らすほど明るくはなく部屋を見渡してもなにも見えなかった。

 ベットから上半身を起こすとおでこに乗っていたタオルがぽとっと落ちた。

 タオルを拾おうと腕を伸ばした時、少し頭が動いただけなのにグワンと頭痛がして思わず顔をしかめてしまう。

(つっ……、痛い。頭が割れるように痛い。それに……どうしてベットで寝てるんだっけ?)

「起きたか? 痛いところはないか、ナミ?」

 光りの届かない所にでもいたのだろうか、じっとこちらをのぞきこんでいる2つの目が見えた。ぼんやりとしてまだハッキリと姿が見えない。

 急に声をかけられてとっさに反応ができなかった。いつも近くに人がいると気配でわかるのに。

 けれどいまは全く気配を感じなかった。

(感でも鈍ったかしらね……頭痛もするし。思い出せないのよね……)

「……ナミ?」

 声のした方へ頭を揺すらないようにゆっくりと向ける。

(ぬいぐるみがしゃべってる……かわいい)

 そこにはぬいぐるそっくりな生き物がちょこんとベットにもたれかかっていた。

 あまりの可愛らしさについくすりと笑ってしまう。

 返事をしないことに焦ったのか、相手はゆっくりとでもしっかりとした態度で問うてきた。

「ナミ……おれのことわかるか? 船医のチョッパーだよ、なァわかるか、ナミ?」

(ナミ? ナミ……ナミ……。あ! 私の名前だわ。そうよ、私はナミ)

 呼ばれているのが自分の名前だとわかったナミは、問いかけてくる船医に返事をした。

「ええ、わかるわ。……船医さん、私どうしてベットで寝てたか知ってる? それに頭がとても痛いんだけど」

 ナミというのが自分の名前だとわかったがそれ以外は思いだせない。

 またいつものようにどこか名のある海賊船にでも潜り込んでいるのだろうか。どういう状況にしろ、記憶がないってことが知られてはいけない。

 それなら――

 言葉のひとつひとつに注意しなくちゃ……。どうしよう、こんなとき襲われたらたちまわれない! 警戒が必要ね……

 ナミは端から見てもわかるほどに顔を強張らせて考えを必死にまとめている。

 そんな様子のナミを見てチョッパーはおかしな点があることを何点か心の中であげていた。

 ナミがおれのこと船医だなんてめったに呼ばないのに。名前がすんなりでなかったのか? ――もう少し診察してみるか。

 医者の顔つきでチョッパーは当り障りのない話題からナミに話しかけだした。





                     ◇◆◇





「それからしばらくナミとの攻防が続いたんだ。ナミってば賢いからおれの言葉から推測とかして返事するんだ。だから始めはなかなか記憶喪失だって思えなかった」

 チョパーはしょんぼりとナミとの会話を丁寧にクルーに伝えた。

 言葉を選んで話しつつも、頭にダンベルが落下したという状況を知っているチョッパーはナミに記憶がなく、警戒している様がよくよく見てとれた。

「仮定だけどね、あくまで」

 でも、と言葉を続ける。

「ナミは警戒している。海賊だっていわないほうがいいよ」

「警戒してるのはわかるが、ナミさんにどうして海賊だっていわないほうがいいんだ?」

 わからないといったように、両手をあげてサンジが聞いた。

 チョッパーが答えようと口を開きかけた時、横からゾロが口を挟んでこう答えた。

「記憶が後退してるってことだろ。海賊が嫌いな時期っていやァ、あいつが一億貯めてる頃か」

 静かにゾロが重い口を開いたことで、他のクルーは押し黙るしかなかった。

 とても茶化して気分は明るくなるどころかその逆になると誰もがわかったから。



 ことの成り行きを見守っていたロビンが、ねえ船医さんと声をかけた。

「航海士さんの記憶はどこまで逆行しているか見当はついてるのかしら? 話しを合わせた感じではどうだった?」

「うん……。ルフィ達のことはわかってなかった。でも海賊狩りっていうのは耳にしたことあるみたいだったよ」

「そう、刺激しないように頑張ったのね。偉いわ船医さん……で、いま航海士さんは?」

「鎮静剤を飲ませた。普通に薬として渡したら飲まなかったから。飲み物に混ぜて……」

「そうなの……まって。静かに」
 
 突然声を抑えたロビンはくるりと真後ろの扉を開けて

「頭痛は大丈夫? 航海士さん」

「……なんとか、えへへ」

 頭を抑えつつナミが暗闇からでてきた。

 どうやら先ほどから話しを聞いていたようでほんのり頬に赤みがさしている。

 黒髪の女性が順にその場に居合わせたであろう人達を紹介していった。

 照れつつも油断なくクルーの面々を値踏みするように見回す。

(誰の顔も見たことないわね……ん?)

 三本刀の剣士をさりげなく見やったナミは、思いのほかジッと見つめていたことに周りの人間が自分を見つめていることで知った。

 しまったと思う反面、目が離せない。

(……えっと、見たことあるのよ。たしか……)

「ヨーガ? ヨーガじゃない?」

「……違う」

 自然とすんなり口をついて出た言葉は、相手が自分をにらむことで否定されたことがわかった。

 パッと明るくなった顔がしゅんと暗くなる。

「ヨーガじゃなかったのね、ごめんなさい。すごく似ていたものだから」

 頬を染めて謝るナミの仕草は女そのもので、間違えられたゾロは敏感にナミの違いを見てとった。不機嫌な声で

「違う。おれの名前はロロノア・ゾロだ! わかってるんだろ、ナミ。なァ!」

「いや……」

 なよっとした態度にそれを見ていた周りがゾロをとがめた。

「ゾロ! ナミはまだ調子悪いんだぞ」

 チョッパーに一喝されたことで我を取り戻したゾロは素直に謝る。

「悪ィ……」

 けれど、違う男と間違われたことでゾロとしては面白くない。

(ロロノアっていったら海賊狩りじゃないの……どうして海賊狩りがここにいるのよ、海賊船じゃないの? それとも……この船は海賊狩りの船なのかしら)

 ナミは目を白黒させて考えあぐねた。

 痛々しいナミを見かねて、ゾロは後を頼む、とだけ言い残してスッと船尾の方へいってしまった。

(気になる……ヨーガにあんなに似てるなんて)

 ゾロの後姿を見ていたナミは後を追わなくてはいけない衝動にかられた。

(またヨーガのように去ってしまう……。私からみんな去ってしまう……それはだめ!)

 戸惑うナミはスーツを着た男の制止を振り切って、剣士が去って行った方向へと駆け出した。





                     ◇◆◇





 鍛錬している剣士を見つけたナミは伺うように――ナミにとってロロノア・ゾロという人物は初めて会うので声がかけ辛かった――、けれど話し掛けるタイミングを逃したようでその場に立っているしかなかった。

 ザブーンと大きな波が船に当たったとき体が揺れて、頭の中が揺さぶられたようになった。

 崩れるように座りこむ。

「……もう寝ろ」

 ナミの方へと体を向けてゾロが睨むようにいった。先ほど名前を間違えていわれたことをまだ怒っているのだろうか。

 それにしてもこちらを見ていなかったのに。さすが海賊狩りの異名を持つだけはあるわね。

 観察するように、でも睨まないようにとナミはか弱いふりを続けた。

 大抵の男はこれで騙されるから。

「謝りたくて……ごめんなさいね。えっと……ロロノアさん」

「ちっ……謝らなくていい。元はといえばおれが悪いんだから」

 言葉は素っ気なかったが、よほど腹立たしいのだろうか爪がくい込むほど強く拳をにぎっている。

 それを見ると自分の手ではないのに、痛いような気持ちになる。ナミは心苦しい気持ちになった。

 そんな気持ちを振り払うように、話題を変えようと切り出した。

「あなたたちのことを聞いていいかしら?」

「あ? ああ……寝てなくて平気なのか」

「座っていたら大丈夫。それにさっき船医さんから薬もらったし」

 そうか、といってゾロは時々思い出したように話し始めた。





                     ◇◆◇





「へえー……あなた海賊なの。私が一番大嫌いな生き物よ」

 黙ってゾロの話しに耳を傾けていたナミが静かに、それでいて一見冗談とも思える怒りをあらわにした。

 この言い方だと受け取る人間によって反応が違ってくる。

 そういうお前もいまじゃ、海賊だろうが≠ニいわれるのか――

 面白いなあ≠ニいわれるのか――

 ロロノアはどう返してくるのだろうか。

 ナミはとても興味があった。

「…………」

 しばらくたっても返事がない。よほど気分を害したのか。それではこれから船で生活する身としては困る。

 とりつくろうように努めて明るく

「……なんてね。うそよ。本当に嫌いだったら、海賊船なんて乗らないもの。だからって大好きってわけじゃないけど」

 てんぽよく話すも、気を緩めると声が震えそうになる。視線を空へと移すことで、涙がでそうになるのを必死にこらえた。



 本音を語ってはいけない。

 本音は心の奥にしまって、隠さないといけないものだから。

 それに――

 私には一億ベリー集めないといけない目標がある。

 果たさないといけない目標が。

 それまで誰にも心を見透かされたりしてはいけないんだ。



 辛くて涙がでるのではない。

 悔しくて、つい涙がでそうになってしまった。

 どうしてだろうか、この男の前ではつい弱音を吐いてしまいそうになる。寝覚めて、最初に見知った顔だと、そう思ったからだろうか。

 相手があの有名な海賊狩りだと知った今でも興味はつきない。

 人違いだとわかっても。

「……りすんな」

「え?」

「無理すんな。うそだろ、お前海賊大嫌いだろうが。いまこの船にいるのも嫌でたまらないって顔にかいてあるぜ」

「えっ、うそ」

「あほ、かいてるわけねェーだろ。ちったァ考えろ」

 だはははと、豪快に笑う顔が人懐っこくて、ナミにはとても心が安らぐように感じた。

 だから、ついつられてナミもくつくつと笑っていた。

 今まで気を張っていたため笑顔なんて浮かべる余裕もなかった。

 けれど、この男――ゾロといると心が温かくなる。

 不思議ね、ロロノア・ゾロっていえば海賊狩りとしか認識していなかったけれど。

 やっぱりあの人に似てるからかしら。こんなに警戒をといて話ができるのは。













つづく


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