『不法侵入って言葉知ってる?』

 おれはナミちゃんをジト目で見つめてヒヅメで頭を支えた。




 ナミちゃんのリボン 3 
(2004年チョッパー誕生日企画)








 ナミちゃんが月がまぶしく輝く夜道に駆け出したのを、おれはヒイヒイ言いながら一生懸命に肩にしがみつくしかできなかった。

 本当オテンバって感じの走りだよ。

 タッタッタッタ……道路に延びる影を引きずりながら、ナミちゃんは疲れを感じさせない走りで駆ける。

 しばらくして、大きな造りのお屋敷の前に到着したんだ。

 でかい。

 前に連れてってもらった小学校の前にあった門と同じぐらい大きい門だし。
 
(んー? どっかで見たことあるような……わかんねェ)

 おれは目の前のお屋敷を見上げてから、首をひねって考えたけど、さっぱり思い出せない。ずーっと昔に見たような気がするんだけどな。

「どうやって入ろう?」

 ナミちゃんの一言で、この目の前の大きなお屋敷が、あのゾロ君――小学生の時ナミちゃんはそう呼んでた――の家だってことに気がついた。

「………本当に来たんだ」

 おれのつぶやきは、考え中のナミちゃんの耳には届かなかった。

 聞こえてたら聞こえてたで、にらまれてるだろうけど。「ウソ言ってどうするのよ」ってさ。

 ムムム、とゾロ君の家に入る――ナミちゃんは無断で入ると犯罪になるってこと、知らないのかな?――方法をナミちゃんは考えていた。




「そうだ、魔法で小さくなってゾロの家に入ればいいのよ! いい考えだと思わない?」

 パッといい考えが浮かんだらしい。ポンと手を打ってナミちゃんは嬉しそうにおれに話しかけた。

「えーやっぱり侵入するの?」

「侵入って嫌な言い方ねー。遊びに行くのよ、遊びにね。幼馴染みの家に遊びに行って何が悪いのよ」

「悪いって、魔法のことがバレたら大変なことになるってビビ王女が言ってたじゃないか」

「あーでもゾロの家に遊びに来るの日課だし……」

「なんだってーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 お、おれのナミちゃんが……

 おれのナミちゃんが……

 不良になってた。

 アワアワ。

 どうしよう……

 ガクガク。

 目の前が真っ暗になってるおれ。
 
(ナミちゃんが夜中に男の所へ? ……なんて考えたくもない!)

「チョパタ? ねえどうしたの、チョパタ」

「あーナミちゃんが不良、夜中に男のトロロ……所へ? アハ、アハハハー」

 おれはうわごとのようにつぶやく。

 不思議そうにおれの目の前でワイパーのように手を振るナミちゃんは、ハッと気がついて慌てていいつくろった。

「え、いや、その違うんだって。遊びに行ってるんじゃなくって、勉強教えてもらってるのよ」

「勉強?」

「うん。数学と化学は私の方が得意なんだけど。ちょっと英語が苦手で。えへっ、チョパタにも内緒にしてたのは、恥かしかったからなの。ごめんね」

 いや、勉強や遊びに、とか以前に夜中に男の部屋に行くことが危険だってことわかってないだろ? 

 ……とのどまで出かかった言葉を飲み下す。

 素直なナミちゃんがそう言うんだから、言葉のままの意味なんだろう。

 たぶん。

(動けるようになって本当よかったよ、これからナミちゃんの護衛も兼ねておれが守るんだ! でも、ゾロ君ってだいぶ前に会ったっきりで記憶があいまいだしな、一度会っておくのも必要かな。

 危なくなったらおれがナミちゃんを守ればいいんだから)

 考えにふけっていたおれに、返答のないこを心配したナミちゃんが声をかけてきた。

「ねえ、聞いてる?」

「うん、早く入って、早く帰ろうか!」

「え? 急にどうしたのよ。ま、反対されないだけマシよね」

 態度をひるがえしたおれに戸惑いつつも、ナミちゃんは機嫌を良くしたようだ。

「じゃあ、話は戻るんだけど。家に侵入する方法として魔法で小さくなりたいな」

 おれが家に入ることに賛成したことで、魔法の使用にもおおめに見てくれると思ったらしい。

 そんなこんたんを見抜きつつ、ジト目で見つめながら

「魔法使いたいだけでしょ?」

「あら、バレちゃった。そうよ、魔法も一度使ったら気もすむってもんよ。ホラホラ、呪文とかその巻物に書いてないの?」

「調子いいんだから」

 だいたい、いつもどうやってゾロ君宅に侵入してたんだか。

 ……恐くて聞けない。

 背中の巻物を門の近くにあった街灯で照らして読み上げる。

「……えっと。片方の手を顔にかざすようにして唱える。パラレル……」

 ナミちゃんがゆっくりと復唱する。

「パラレル……」

 片方の手で顔をおおう。

 それを横目で見たおれは続きを読み上げる。

「そのまま、もう片方の手も顔にかざしながら、パラレル……小さくなれって唱えて!」



「パラレル……パラレル……小さくな〜れ」

 フワリとビビにもらった赤いリボンが揺れる。

 呪文と共に、あれよあれよ、という間にナミちゃんの体がググググググ……と小さくなった。

 わー魔法って本当だったんだ。

 感動。

 ふと視線を巻き物に落とす。

「あ、小さくなれ≠チて唱える(となえる)だけでも体が変化するって書いてあった」

「なんですって! 早くいいなさいよ、そういうことは。は、恥かしかったんだからね、中学生にもなって」

 顔を真っ赤にしてナミちゃんは照れる。

 カ〜ワイイ。

 なんてことは心の奥にしまっておくけど。言った途端(とたん)ににらまれるだろうからね。

 真っ赤な顔のナミちゃんに、無情にも夜風が頬を擦り払うように通りすぎる。

「ううっ。寒い……チョパタどうにかならない?」

「なるもんか。魔法を使って体が小さくなったり大きくなったりできるようになったのはスゴイことだけど。魔法で風邪をひかないようにはできないよ」

「チョパタはいいわよね。毛が温そうで」

 寒さで体を震わせてナミはうらめしそうにおれを見上げている。

 そう、見下ろしているんじゃなくて、見上げてるんだ。

 不思議な感じだな。

 今ナミちゃんの身長はおれより小さい。ぬいぐるみのおれより小さいんだから、30cm以下といったところかな。


 小さくてもナミちゃんの可愛らしさは変わらないけどね、ウッヘッヘ。

(ヤバイ……ナミちゃん、その顔怒ってる?)

 内心冷汗をかきながら、おれはうかがうように

「背中に乗る? その方がまだ温かいと思うんだけど」

 おれの言葉を聞くや、ナミちゃんは顔をパッと輝かせて

「えっ、いいの? 本当に?」

「うん、だって寒いんでしょ。背中に乗りなよ」

 身をかがめて背中の巻物をナミちゃんがおれの背中に乗りやすようにズらした。

「んしょっと」

 イタタ……しっぽは引っ張らないでほしいなァ。

 そんなことを思ったけど、声にはださない。おれは前を向いてたけど、ナミちゃんが嬉しそうに背にのぼる姿がありありと目に浮かぶようだったから。

「わーモコモコしてる。あはは、眺めいい! ……ねェ、チョパタ重くない?」

 背中で幼子のようにはしゃぐナミちゃんの声を聞いて

(やっぱり今でもおれの背中にのぼってみたかったんだ。ナミちゃん小学生の頃おれの背中に乗るんだ! ってお母さんとケンカしてたもんな。いつかおれの背中に乗るのが夢だって言ってたし)

 しばらくニヤニヤしてたんだけど、ナミちゃんを見上げて

「ううん、大丈夫。どう、一つ夢がかなった感想は」

「覚えててくれたんだ。うん、今ね気分は最高! チョパタってこんなに気持ちよかったんだ」

「えへへ……」っておれは体をくねらせて嬉しさを表現しようとしたら




「……見せつけるならよそでやれ」っていう言葉が唐突に聞こえたんだ。

 低くてトゲのある口調。

 流れるはずのない汗が大量に流れた気持ちになった。

(しまった、見られた!)

 関係のない人間に魔法の存在を見られたなんて、どうしよう。

 今度は違う意味で目の前が真っ暗になった。

 どうしよう……せっかくナミちゃんとも話せるようになったのに。

 どうしよう……


 そんなおれの心配を吹き飛ばすかのように

「見てるなら入れてよ!」

 キッとねめつけるように、ナミちゃんは声が聞こえた方向――

 ちょうど門の死角にあたる場所に向けて声を荒げる。

 声を荒げたって、小さく変身してるから声もわずらわしくない。

 ハラハラしてるおれをよそに、

「…………」

 正体の見えない相手は無言。

「ケチ」

 ナミの一言に慌てたように

 ゴゴゴゴ……という地響きを伴って、大きな門が開放されていく。

 開く門を見つめておれは、あれ? と思った。

 小さく変身してるナミちゃんを見つけて声かけるだなんて、どうやったんだ?

 頭の上で疑問が渦巻いてクラクラしてきたよ。

 そんなおれの疑問に答えるかのように

「ケチじゃねェ! 門開いただろうが、早く入れ。……あれ? 男の声が聞こえたと思ったが。そういえばナミの姿も見えねェな。このカメラ壊れてるんじゃねェだろうな、まったく」

 声と共にウウィィィィィン――という起動音が響く。

 カメラを左右に振って男の声――おれの声を聞いたらしいとナミちゃんを探していた。

 多きな屋敷だから、カメラも高性能で、声を拾うスピーカーも性能がよいのだろう。

 でも、カメラで見るとおれの姿は地面に落ちている人形そのままだろうし、ナミちゃんの姿も人形と間違われてるだろうな。

 よかった……姿を見られた訳じゃないんだ。

 寿命が縮んだよ、エグエグ。

 きっと、声の主は必死になってナミちゃんとナミちゃんの男だと思ってる(実はおれなんだけどね)人を探してるのだろう。

 正体の見えない声がなおスピーカーから響く。

「隠れてもムダだぜ。男も一緒でいいから早く入れ。わかったな、ナミ!」

「うっさいわね。怒鳴らなくても聞こえてるわよ。それに連れも一緒に入っていいの、ゾロ?」

 えーーなんだってーーーーーー!

 どうもスピーカーから聞こえてきたトゲのある口調は、ナミちゃんが今から会おうとしてたゾロ君だった。

(記憶の中のゾロ君って、穏やかで迷子で優しい子ってイメージだったのに。声だけ聞くとガキ大将みたいだな)

 おれの重い吐息を遮るように

「はァ? 男連れておれの家に入ってくるなんていい度胸だな、ナミ。おれの家に入ってくるってことは、殴られてもいいってことだよな。それが嫌なら男は帰れ!」

 あれ? どこか涙声のように聞こえる。

 おれの気のせいかな?

「妬かないの……」

 ナミちゃんはめんどくさそうにつぶやいた。

「なにか言ったか?」

「なにも言ってない。――おじゃましまーす」

 そうは言ってもナミちゃんは未だおれの背中に乗ってる。

 乗ったままでいるってことは、このまま進めってことなんだろうな。

 おれはそういう結論に至って、トテトテと歩きだした。






 少しして、おれがナミちゃんと屋敷内へと足を踏み入れていた時

「あ、やっぱり男は入れるのムカツク。ナミ、待ってろ。玄関まで行くから!」

 という言葉は外に向けられていた為、既に屋敷内にいるおれ達には聞こえなかった。







つづく



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