『……夢をみたの。

 遠い過去ではなくて、つい最近まであたりまえだった日常。

 海賊を相手にした盗みの毎日。毎日。毎日。

 そんな時だったから……少しの楽しい思い出を大切にした。

 ……大切にしすぎて、忘れてしまったことが沢山あって……。

 忘れてしまったら、そんなときどうすればいいのかしら?』






 代償
 (2004年ゾロ・チョパ誕生日企画。事前アンケート)







「もっと船のスピードでないの? 頑張ってメリー号。前進全速ー」

 次の島に到着するのを一番待ち望んでいたのは、ルフィ――ではなく、ナミだった。デッキに出ては船首から船尾まで、行ったり来たりをせわしなく繰り返している。

 嬉々としていて笑顔も普段の3割増。他のクルーはいつ笑顔代などと言ってナミから金をまきあげられるか心配だった。

 それほどに、ナミは機嫌がよかったのだ。

 加えて、

 ナミが海図を描く際、男共が騒いでいると必ず「うっさいのよ! 人が海図描いてるんだから、わざとメリー号を揺らさないで」とわめいていたが、最近では「もう少し静かにしてほしいのよね、まったく……。何度言ってもわかってくれないんだから。くすっ」と穏やかに、苦笑まで加えて話すのだった。

 だが、他のクルーにとっては、ガミガミと怒られた方が気持ちが不思議とスッキリしたのに、穏やかに言われると背中がむずがゆくて仕方なかった。


 そんなナミと同様、もう一人普段と違って浮かれている人物がいた。

「よお。クソコック」

 ニコリと口の両端を持ち上げて、腕はお気に入りのハラマキにつっこんでいるゾロが立っていた。笑顔がキラリと光って見えて恐くもある。

 いつもならニコリと笑うのではなく、ニヤリと不敵に笑っているのだ。

「あァ? なんだよ、マリモヘアー」

 料理の仕込みをしているサンジは、トントンとリズムのよい音を一時とめてゾロを見やった。

「…………」

「…………」

 笑顔のゾロとすごむサンジ。

 けれど、ぷいっと先に視線を反らしたのはゾロだった。

「だめだ。にらめっこには自信があったんだが……クソコック強くなったな」

 残念そうにゾロはいう。サンジは引きつった顔で

「はァ? な、なにしてんだ、クソマリモ。おれはにらめっこなんてしてねェぞ」

「あ? ……勝ったのに不満か?」

「そんなこと言ってんじゃねェ。ゾロ、おまえはじめっから笑ってたじゃねェか! 気持ち悪ィ、熱でもあんのか。非常食――チョッパーのことだ――に診てもらえ、いますぐ!」

 といったように、ゾロまでも熱に浮かされたように言動がおかしかった。

 普段なら、にらめっこなんて言葉を冗談でも言わないゾロが、にらめっこなんて遊びをしかけてくる。

 サンジにとってそれは異常だった。

 ここ数日ナミの次の島へかける期待に伴い、ゾロの様子もおかしい。

 まるで伝染病のよう。

 ただでさえナミの機嫌がよすぎて他のクルーが精神的に疲れきっていたのに、とどめをさすようにゾロまでえらく上機嫌となると、他のクルーは肩を落としてげんなりとするしかなかった。





                    ◇◆






 ナミが嬉々とした表情で次の島へ上陸するのを楽しみにする理由は

「んふふっ。あ〜早く島に着かないかしら。島が私を待っている!」

 握りこぶしをふるうナミに、ウソップは釣りをしていた手を休めて尋ねた。

「なにがあるんだ次の島に?」

「あれ? 知らなかった? 次の島は有名なのよ、ギャンブルの……」

 ナミの言葉に静かにロビンが引き継ぐ。

「ギャンブルの町『ウォーグタウン』。たしか昔海賊だった船長が、航海をしていく上でメンバーの欠員を補いきれないから、と航海をやめて海賊相手にギャンブルを始めたらしいわ」

「でもよ、海賊相手だと不正とかあるだろ? 絶対」 

 困惑気に話すウソップに対して、ロビンはくすりと微笑を浮かべて

「ええ、もちろん。海賊相手だからこそ、何でもありの町なのよ、長鼻君」

「……島に向ってはいけない病がァァァ。ナミ、航路変えようぜ」

「却下。あのね、ただでさえお金がなくて会計せっぱつまってるってのに。無理な相談ね、ウソップ。金はありあまっても困るもんじゃないのよ。多いほうがいいのよ、ええ絶対! 稼いで、稼いで、稼ぎまくるわよー! ロビンも頑張ってね、ウソップは負けなきゃいいから」

 ナミはこぶしを握り占めて、ロビンにはすがるように、ウソップには冷たいいちべつをくれて、そして航路の先を指して、メラメラと闘志を燃やした。
 
 金の鬼と化したナミを見て、ウソップは顔に青筋を浮かべて「ヒィィィィ」とうなる。そんな様子を見ていたロビンは2人のやりとりを楽しそうに見ていた。






                 ◇◆





「おい、ちゃんとチョッパーに診てもらったのか、ゾロ?」

「あァ? なんの話だ?」

 サンジが甲板で寝起きのゾロに話し掛けた。

 料理の下準備が終わったのだろう。

 寝起きのゾロは目をこすりながら、それでいて話の内容がつかめないでいた。首を傾いで、頭の上に疑問符がポ、ポ、ポと三つ並んでいる。

「だから、チョッパーの所へ薬もらいに行かなかったのかって聞いてんだよ。世話がやけるぜ、まったく」

「はァ、どうしておれが薬飲まなきゃなんねんだ。おまえが飲んどけ、クソコック」

「コノヤロー。言わせておけば調子に乗りやがって。さっきおれ様が親切にもチョッパーのところへ薬もらいに行けっていってやったってのに」

「なんの話だ?」

「迷子の次は記憶喪失か! つい2,3時間前話した内容忘れるなんて、朝飯食べたルフィが昼に『朝食べてねェ』っていうのよりタチが悪ィぜ」

「おれは食べたものはキッチリ覚えてるぞ。失礼だな、サンジ。夕飯おれの食べる量増やせ、サンジ」

 突然会話に加わって、ブスッとふてくされているルフィをあっさり無視して、ゾロとサンジの会話は熱を帯びる。

「うっせェ。覚えてねェもんはしょうがないだろうがよ。だいたい、内容言ってねェのにわかるか! 何の話したか言ってみろよ」

 やれやれと、いった風にサンジは胸ポケットからタバコを取り出して、シュボっと火をつける。それをゾロに突きだして、傲慢に

「あァ。話してやるよ」

「…………」

 ゾロは無言でサンジの次の言葉を待つ。

「さっき。お前がにらめっこの勝負挑んできた」

「………………はァ? なんだって?」

「チッ。聞こえなかったのかよ、まったく。耳かっぽじって、よく聞け。ゾロ、お前が、料理の下ごしらえしてるおれの所におもむろにやってきて、だな」

「――……それで?」

「にらめっこの勝負を挑んできたんだ」

「お前……頭大丈夫か?」

 心底心配そうに、哀れみの表情を浮かべてゾロがサンジをいたわる。

 先ほど自分からサンジに対してにらめっこの勝負を挑んだことをゾロは微塵も覚えていなかった。

 そんな時、サンジの頭に満面の笑顔を見せたナミの顔が横切った。

(あ! ……なるほど)

 ナミの笑顔を思い浮かべて、サンジはピンとひらめくものがあった。

(最近機嫌のよいナミさんの笑顔を見て、このバカも舞い上がってたわかけか。くそ、確かにあの笑顔はヤバイ。マリモヘアーも浮かれるわけだ)

 ゾロの言動がおかしかった訳に、検討がついたので、サンジは話を切り上げることにした。

「もういい。お前のアホ菌がうつったみたいだ、チョッパーに薬もらってくるのはおれだわ」

 頭を押えてゾロの前から立ち去ろうとするサンジに、ゾロが肩をグイっと強くつかんで

「なんだと、おい」

「いや、おれの勘違いだわ。じゃ」

 早く話を切り上げたい一心のサンジは、軽いノリでゾロに謝った。

 ゾロには軽いノリが許せなかったらしい。元はゾロの言動がおかしいことから始まったのだが、ことの始めを覚えていないゾロにとって、サンジの勘違いという結果が全てだ。

 サンジはサンジで、浮かれてたゾロに無理やり付き合わされて、あまつ心配までした気使いの時間と思いやりの心を返せといいたいところである。

 だから自然と言葉はつっけんどんな言い方になって

「ったく。だいたい道に迷うってのもマリモ頭なのが悪い!」

「はァ? 関係ねェだろうが。それよりお前の女に対する態度には反吐がでるぜ」

「なんだと、コノヤロー」

「あァ、やるのか? 刀の錆にしてやるぜ」

 一触即発――

 そんな時、2人の間に入る者があった。

「やめなさい! ……はい、そこまで」

 ニッコリ笑顔のナミがいつの間にか、2人の後ろに立っていた。

 笑顔は笑顔なのだが、額のあたりに、筋が浮かんでるようにも見える。

「えっ」

 ゾロとサンジは2人そろって息をのんだ。

 気配がなかったからだ。

 サンダルのかかとにはヒールがついていて、甲板を歩く際には、コツコツと音がするものなのに。

 その音が聞こえないほど、2人のケンカが熱を帯びていたのだろうか。

 不思議だった。

「んもー、またケンカ? もうすぐウォーグタウンに着くんだから、ケンカはなしよ」

「だって、マリもヘアーが……」

 ナミに怒られたことが以外だと言わんばかりに、サンジがゾロを指差す。まるで幼稚園児が先生に告げ口するように。

 そんなサンジの言葉をさえぎって、ゾロが

「あ、こらクソコック。汚ねェぞナミの後ろに隠れるなんて!」

「うるせェ。汚いのはおまえだ」

 いがみあうゾロとサンジ――まるで子供のケンカのようだ――にナミは「はあー」と重苦しい吐息を吐き出して

「だから、やめなさいって2人とも」

 制止するナミを押しのけて、ゾロとサンジは――サンジは気遣って「すみません」といったが――手直な物を相手に向って投げ始めた。

 始めはモップを――

 次にバケツを――
 
 その次には雪かきに使った大きいスコップを――

 手直な物を相手に投げる、投げる。


 そして、ついには――

 普段ゾロが鍛錬用として使っている鉄アレーが空中を飛ぶように放たれて。

 ゾロとサンジが放物線を描いて落ちるダンベルを目で追う。


 ひゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……

「あァ!」

 落ちる先を予測したゾロとサンジは、せっぱつまった声で

「ナミ逃げろ!」

「ナミさん逃げて!」

 と叫びつつナミの元へ向った。
 
 ナミは自分の下へと向って落ちてくるダンベルを見上げて

(スローモーションってこういう風なんだ……)



 ガァン!
 
 辺りに響くぐらい音でダンベルがナミに命中した時には、時すでに遅し。

 ゾロとサンジがナミの元に間に合うことはなかった。




                     ◇◆◇





「どうなんだ?」

「どうだ、ドクター」

 ダンベルがナミに命中した後、甲板は騒然となった。

 慌ててチョッパーを連れてきて、事情をざっと説明して、そしてざっと診察を終えると、ナミをベットに静かに移動させた。

「これから詳しく診察するから、みんな出てて」というチョッパーの言葉に、他のクルー達は、みな一様に辛い表情を浮かべていた。

 ゾロとサンジは顔から血の気が引いたかと思うほど顔が真っ青だったため、ルフィ達は2人を責めるのを後にして、こみ上げる怒りをぐっとこらえた。

『どうしてお前ら2人もいて、ナミが怪我するんだ!』と言いたかったが、ウソップに首を振ってなだめられたからだ。

 それで、ルフィも理解した。

 うるさくすると、チョッパーが診察に専念できないことがわかったから。


 チョッパーがナミの部屋から出てきたときには、日も傾き、月が照らしだされていた。

 チョッパーの表情は帽子が影になっていて、わからない。

 ヒュゥーヒュゥーと流れる風は冷たく頬にあたる。

 チョッパーは医者の責任からか、静かに、問うた。

「ナミは……ダンベルで頭を打ったって言ったよな?」

「あァ……」

 ゾロかサンジか、どちらかが小さく答えた。

「もう少し様子を見ないとはっきり言えないんだけど……」

 言葉を切って、自分でも言う事でその事実を確かめるように、チョッパーは言った。

「ナミは、記憶喪失の可能性がある……」

 













 つづく



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