『義姉であり、惚れた相手であり、ずっと傍にいたい人――

 けれど禁忌を犯してまで傍にいていいのか?

 おれなんかの傍に。


 ナミは世界の果てまで逃げるかと問うたが、

 ナミ、おまえは世界の果てについた時どうするんだろうな……


 そのことを考えると、おまえが腕の中にいるとわかってても、
   遠い存在のように思うのは罪の意識からくるものだろうか』









20 僕らはまだつながっている
 (ゾロ誕アンケート一位「姉弟」より)















 腕の中で静かな寝息をたてているナミをゾロはとても穏やかな瞳で見つめていた。

『義姉弟≠ニいう関係に恋愛を持ち込む勇気が持てなかった。愚かだと指を指されるのも耐えられなかったのよ。でも……』

『……でも?』

『考えるの疲れちゃった。ねェ、このまま世界の果てまで逃げる?』

 ナミが眠りにつく前に交わした会話。本人はさり気無く切り出した風を装ってはいたが、あいにく震える腕の振動がゾロにも伝わっていた。

 だから気づいたのだ。


 弱音を吐きだすことがナミにとってすごく勇気のいることなんだと。

 確かに、思っていることをあらいざらい吐いてしまうのは相手になじられることを覚悟しておかなければならないだろう。けれど、そのことを差し引いても、ナミが弱音を吐くのを初めて聞いたゾロにとって衝撃だった。

 それほどに信頼されているのかと感動もした。




 ――心から愛しいと思う。





 目にかかりそうな髪を無骨な指でそっと耳へとおしやって、暫く眺めてみる。

「ったく……人をマクラにしやがって」

 ボソッとぼやいてはみたものの、顔は不敵に微笑んでいる。




 ふいに



『考えるの疲れちゃった。ねェ、このまま世界の果てまで逃げる?』



 というナミの言葉がのうりをよぎった。

 自分との禁忌を犯してまで、共に生きることを率直に語ってくれたあのはにかんだような笑み。

 一生忘れはしないだろうと、ゾロは思う。

 だが、サッと表情を強張らせて

(ナミのことだ、本音は――嬉しいのが反面、恐ろしいのも反面ってとこだな)

 闇夜が支配する静寂に矛盾する思いをめぐらすと、つい自分の無力さに腹がたって、こぶしに力を入れるとバキっと関節がなってしまった。





                     ◇◆◇





 その翌日から、ゾロは1ヶ月ほど住んでいた借家にアッサリと見切りをつけて、もと居た家に戻って来てナミの後ろについてベッタリだった。

 これではまるで……というより、子供そのものだ。

「いいかげんにしなさい」

「……離れてほしいなら手を離せ≠チて言えばいいだろ」

 ナミはゾロをたしなめはするが拒否することはなかった。

「…………」

 痛いところをつく。

 ゾロの指摘にナミ自身気がついてはいるが、あえて触れていなかった。

 距離をとると、それがお互いを引き裂くほつれのように思えて。

「…………わりィ、わりィ。またナミ困らせてた」

 引きつった笑いを浮かべてスッとゾロはナミから離れた。

 その離れ具合があまりにも潔いのでナミは思わず振りかえり不満をぶちまけた。

「ちが、違うのよ! その……抱きしめてくれるのは嬉しいの、本当のところね。でも一度離れてしまうと、糸がするするほつれるようにゾロがわたしから離れて行くんじゃないかって……思ってしまって。……恐いし、不安」

 言葉を重ねるにつれたどたどしくなる言葉にゾロは優しく

「じゃあ、今から2人で家でてどっか行くか?」

「なに言ってんのよ! あんた学校は? 学校はどうするのよ?」

「あ……言葉足りなかったか。ずっと逃げるんじゃなくて、気分転換に旅行でも行かねェか、ってことだ」

「……旅行ね。いいかもしれない」

「そうか、じゃあ早速準備しねェとな」

「……うん」

 口では旅行と言ってはいたが、お互いもう二度とこの家に戻ってこないような、そんな予感がした。
















後編へつづく




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