『いまさら。


 いまさらだけど……


 無くしたものの大きさと、迂闊(うかつ)さが頭を苛(さいな)める。


 覆水盆に返らずとはよくいったもんだぜ――まったく』











18 告白、懺悔、そして赦して
  (ゾロ誕アンケート一位「姉弟」より)












 ゾロは暫く呆然自失(ぼうぜんじしつ)でサンジがさり気無く気遣うように声をかけても、全くの無反応であった。

 事態を飲み込むには頭がついていかない。今日ほどゾロは頭の回転がスローに動くのを自覚した日はなかったほどに。





 一方上手く丸め込んで――ほとんど追いたてたともいうが――マネージャーを連れ去ったナミは連れ去って来た相手の抗議にハッと驚いていた。

「ちょ、ちょ、ナミ先生! 売店過ぎましたよ、まったく……どこまで行くつもりなんですか」

「ああ、ごめんなさい」

 どこか尻すぼみな言い方に、マネージャーは逃げるように掴まれた手をブン! と振って2、3歩後ずさった。

「どうしたんですか、ナミ先生。そんな焦ってる姿初めて見ましたよ……」

「焦っているように見えた?」

 乾いた笑みを浮かべるナミに、はい……、とマネージャーは控えめに答えた。

 チラリとナミはマネージャーを見やる。

 胸元とすそが可愛いサーモン色のキャミソールに落ち着いた色のボリュームスカート。学校に行っている時とはまた別の少し大人っぽい濃い目の化粧で、アイラインが丁寧にひかれていた。

 けれど嫌味はない。どちらかといえば清楚なイメージか。


 その格好は相手に見せる為の装い。

 ――そう、デート相手に見せる為の、ゾロに見せる為の装い。

 カクンと視線をおろして自分の格好を見比べてみると。

(普段とあまりかわりばえのしない、どっちかっていうとバイトに来て行く服の延長線って感じ?)

 方やおめかしして。

 方や手抜きで。

 なんだか自分が惨(みじ)めに思えてくる。

 そう考えがいたってしまうと、ナミは込上げるいい知れぬ怒りを感じた。

(どうして――ゾロの横に立って歩くのがこの子なの? どうして――)


「先生がデートしてたこと部活の皆には内緒にしときますから。そんな怖い顔しないで下さいよ!」

 マネジャーのからかう様な一言で思考を中断されたナミは、ハッと会話していた最中だということを思い出した。

「ああ、え? ……うん、内緒にってほどのこともないんだけど」

「そうなんですか?」

「まあね。――ところで、あなたはゾ……ロロノア君とデート?」

「えっ! デートって、まあ、その……そう見えました?」

 歯切れの悪い答えだったが、モジモジとスカートの端を握っては、放し、を繰り返していた。

 マネージャーの質問をサラリと無視して

「あまり試合前にはめを外しすぎるのもよくないわよ」

「それって、早く帰れってことですよね」

「理解が早くて助かるわ」

 ニッコリとナミは微笑んで見せたが言葉には私情が十分含まれていた。

(これ以上……ゾロと誰か他の女の子とのデートを見せつけられるのは、もううんざり! 

 自分から突き放しておいて勝手だって思うけど……見たくない。聞きたくない!

 わたしを嫉妬心(しっとしん)で煽(あお)らないで!)

 そんなナミの心を見透かしたようにポツリと

「それってなんだか嫉妬してるみたい」

 カッーーーー!!

 一気に顔が赤らむのが自分でもわかる。

「そうよ」

 ナミは一気に血がのぼる勢いに乗るように感情を吐き出してしまった。

「えっ?」

「…………」

 マネージャーはナミが呟いた言葉をしっかりと耳にしていたが、一瞬本当かどうか疑ってしまった。

 さすがにその沈黙は、ナミを冷静な判断ができる頭へと戻した。
 
 舌を出して、茶目っ気たっぷりに

「な〜んてね。あ、驚いた?」

「…………え」

「冗談よ、冗談。嫉妬なんてしてるわけないじゃないの」

「でも……」

「仮にも教育実習生なのよ? 一応建前として大事な試合が控えてる生徒をたしなめるのも仕事だからね」

「でも……」

「この話はおしまい。さ、何か飲み物買ってロロノア君のところへ帰りましょう」

 なおも食い下がるマネージャーに、ピシャリとナミは突き放した言い方だ。

 だが、マネージャーも何か思い詰めたように上目づかいにナミを見上げて意を決して

「わたし……知ってるんです」



 知っている。



 とはどの事だろうか。

 ナミとゾロが義姉弟だということ?

 それとも、ゾロが恋焦がれるのが――教育実習生のナミだということだろうか。

 相手の考えを聞くまでは憶測の域をでない。ムダに先走って余計な事を言わないほうが無難(ぶなん)だと思い、ナミは静かに問う。

「何を――知ってるっていうの?」

 相手の答えを待つ時間が、もう何時間もその場に立っている気さえした。

「…………ロロノア君が先生を好きだってことです」

「どうして? どうしてそう思うの?」

「学校でも、道場でも、どこでも――彼は誰かを視線で追ってるんです。それに探してる。誰だかわからない、なんて言わせませんよ。あんなに熱い視線で見つめているのに……当の本人が気づいてないわけありませんから」

「あれ、わたしって人気者だったのね」

「からかわないで下さい! ……友達とか周りの子とかは『ロロノア君って実習生の先生よく睨むわよねー。練習辛いのかな』とか言ってましたけど。あれは睨んでるんじゃなくって、見つめてるんです」

「そんなのわざわざ言われなくても知ってるわよ。どうしてそんな事、あなたに言われなきゃいけないのよ」

「知ってたんですか……」

「まあね。でも、余計なお世話」

 あくまで静かに怒りをあらわにするナミにマネージャーは苛立ちを全面にだして

「どうして、ですって? わかってて、無視してるんですか……呆れた。 わかってるなら澄ました顔しないで、声を荒げて怒ってみればいいじゃないですか!」

 今にも掴みかかりそうなアカネとは反対に、ナミはぐっと奥歯を噛んで静かに睨んだ。

「大声でわめけるほど子供じゃないのよ。困ったことにね、わたしは大人だから」

「それって嫌味ですか?」

「愚かではないってことよ」

「わかったような顔した大人ほど子供を見下してるんですよね、先生もそういう人だったんですか」

 ナミの冷ややかな視線に挑むようにアカネはフンと鼻じろむ。

 そんな折――大声でわめくアカネと声こそ荒げないがトゲトゲしい口調のナミを囲むように人が遠巻きにザワザワと集まりだした。

 無関係な観客に、わざわざヒマつぶしの話題を振り撒いてやるのも腹立たしくて、マネージャーはムダな押し問答に見切りをつけ無言でその場を後にした。


 独り残されたナミは去って行ったマネージャーの後ろ姿を見やりながら、自嘲(じちょう)気味に

「はは……。大人、大人って……たかが大学生なのよね、わたしも。高校生とかわりゃーしないわよ」

 力なくぼやき、そして片方の手で顔を覆(おお)う。

 指の間から空を見上げると、心と裏腹に空は快晴。雲の欠片もなかった。

 ナミは自分の心もこの空のように陰ることがなければさぞいいだろうに、とそう皮肉げに思った。





                     ◇◆◇





 先にゾロとサンジの元へ戻ってきたマネージャーはどことなく沈んでいて、続いて戻ってきたナミは「飲み物売り切れてて……ごめんなさいね」と苦しいいい訳をして重苦しい雰囲気を更に重くした。

 ナミとマネージャーを見比べると明らかに2人ともよそよそしい。視線をわざと外しているし、一言も喋らない。

 そんな様子を見ているとなにやら言い難いことでもあったなと、察しのよいサンジは気づいた。

 もっとも、ゾロをチラリと見ると地面を向いて落ち着きがなかったが。

 サンジとゾロの関係も微妙だったので、サンジはここぞとばかりにナミの腕を引いてマネージャーのアカネの人の良い笑いを浮かべてその場を辞去した。





 サンジに引かれるままになっていたナミはゾロとマネージャーの2人が見えなくなると体を反らしてサンジに無言でその場に止まるよう促した。

 ナミは俯(うつむ)いていて表情がわからなかったが、サンジは子供のようなナミの態度に軽く苦笑して聞いた。

「なんですか、ナミさん」

「あのね……お……お願いがあるの」

 涙声でお願いするナミに、サンジは

(涙に弱いんだよね、おれ。お願いされたら聞かない訳にいかないじゃない)








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