18 告白、懺悔、そして赦して
  (ゾロ誕アンケート一位「姉弟」より)













 遊園地でナミがサンジに導かれるようにしてゾロの前から居なくなった時も、追いかけようとは思わなかった。

 いや、追いかけられなかった。

 マネージャーの目に涙が浮かんでて、とてもじゃないがこのまま置き去りになんてできそうになかったから。

「疲れたし、帰るか」

 と静かに言って、マネージャーが反論しないのでゆっくりと歩きだした。

 疲れたと言ったのは泣いている彼女への不器用なゾロの気遣いだった。

 終止無言だったがマネージャーを家まで送り届けて、ゾロは軽く挨拶をして家路についた。





 家路といっても、仮の家だったが。それでも今住んでいる家にもゾロは愛着が持ち出し始めていた。

 ゴロンと寝転がってうたた寝をし始めたとき

 ヴーヴーヴー……、ヴーヴーヴー……。

 畳が弾ける。携帯が着信を告げていた。

 寝ぼけた頭を手で支えてボソボソと

「はい、もしもし……」

「あ! ゾロ君? わたしだけど……ナミ、ナミが電話に出ないの」

 ナミという言葉を聞いて、ゾロの頭がはっきりと覚めた。

 パニックっている相手にあえて落ち着いた口調で

「もしもし、落ち着いてください。義母さん? 義姉さんがどうしたって?」

「あ、あ、……ええ、わたし。ナミが電話に出ないのよ! 最近連絡がとれる国にきたから毎日同じ時間に電話かけることにしてたんだけど。今日に限ってでないの……心配で。ゾロ君家でたって聞いたから、あの子今独りでしょう?」

「連絡が遅れてすみません……わかりました。今から見にいってみます。家に着いたら連絡入れますので連絡先教えてもらえますか?」

 義母の連絡先をメモって、ゾロは取るものも取らずに実家へと駆け出した。





                     ◇◆◇





 ゾロが息を切らして飛び込んだ実家は真っ暗で、あの怖がりのナミが家にいるとはとてもじゃないが思えなかった。

 けれど家が真っ暗で、心のどこかで義姉さんに会わないですむことにホッとしたことも否定できない。

 昼に思わず遊園地でお互い出会い頭に出会ってしまって、とても気まずかったから。

 でも義母さんからあんな電話がきたら、たとえ家にいないとわかっていても義姉の帰りを待っていなくてはいけないだろう。

 溜息をつきつつ、門をくぐる。

『連絡先知ってるなら電話しろ』

 と一言……

 言ってやろうと意気込んでいたら、フニャリと柔らかいものが靴先に当たった。

 なんだ? 生もの踏んでなかったらいいなと身を屈(かが)めて確かめると

「な! ――義姉さん!」

 ナミがうずくまるようにして玄関先に倒れていた。

 倒れてる人をムリに揺すってはいけない――と咄嗟(とっさ)に思い出したゾロは、チッと舌打ちすると慌ててカギを取り出して玄関のカギを開けて、電灯のスイッチを入れた。

 ナミの姿を照らすためだ。

 今度は蹴飛ばさないよう、足元から周りこんで、ナミの状態を確認する。

 昼間会ったときには気づかなかったが、頬がこけていた。

 外傷がないことを確認してそっと声をかけてみる。

 おそる……おそる。

「義姉……ナミ。ナミ……」


 返ってくる言葉が聞こえない。

 焦ったゾロは声を荒げるのを止められなかった。

「ナミ! おい、しっかりしろ! ナミ!」

 体に触れれないもどかしさが、歯痒い。

 きつく抱きしめて、ナミが無事だということを確認したい。だが、それはできない。

 ゾロはなおも諦めず、ナミに向って声をかけ続けた。

 何時間――いや、実際には数分だったのかもしれなかったが、ピクピクとまつげが動いてナミがうっすらと目を開いた。

「……ゾ、ロ? あれ、おかしいわね……いるわけないのに」

「ナミ! おれだ、ゾロだ。わかるか?」

「えっ……。あっ」

 急に起き上がろうとしたせいか、ナミは膝(ひざ)から崩れるようにしてゾロに倒れこんだ。

 まだ足に力が入らないらしい。

 寄りかかったナミを支えて、ゾロはおかしなことに気がついた。

 義姉の体はこんなに軽かったか、と。

 支えているだけなのに、少し力を入れただけで壊れてしまいそうな――そんな儚(はかな)さがナミにはあった。

 立つことが無理だとわかったゾロはナミの拒否も無視して部屋まで抱いて上がった。

 ベットに横たわるナミに鋭い眼差しで見つめる。

 ナミにはそれが非難されているようでゾロの視線に耐えがたかった。

 そのせいか、ゾロに背を向けて横になった。

 暫く視線を感じていたが、パタンとドアが閉まる音がして、気になって見やるとゾロはナミの部屋からいなくなっていた。

(愛想つかして、帰ったのかしらね……ふふ)

 手のひらでおでこを押さえて、ナミはふーっと重い溜息をついた。

 と、

 ノックが聞こえてゾロがアイスノンを持って戻ってきた。

「――痛いところは?」

 おもむろに聞かれて、ナミはどもってしまう。

「だ、大丈夫……。最近お腹の調子が悪くて食べてなかったのよ」

 本当はゾロの家におかずを持って行った日からあまり食べ物は口にしていない。マネージャーと楽しく話しているゾロの様子をうかがって、なんだか食欲がなくなったのだ。

 いや、自分の心に正直になれば――嫉妬のあまり、食べ物がのどを通らなかったといった方がいい。

 でも正直にそんなことを話せば怒鳴られる気がしたし、母親にも知られて「大学生にもなって、なにやってるのよ!」と小言を言われるかもしれない。

 それを思えばのこその返答だったのだが。

「ウソつけ。最近何も食ってねェだろ」

 ピシャリと図星をつかれて、ナミはビクっと顔がひきつるのを隠せなかった。

「そ、そんなことないわ。ごめんなさいね、迷惑かけて。もうこんな失態しないようにするから……」

 自分の家に帰れとほのめかしてみたが、ゾロには通じているのか、否かわからなかった。

 ただ無言でナミを見つめる。

 その視線が熱くて、ナミはどういえばゾロと話さなくて済むかをいうことに頭を働かせようとしていた。


 沈黙が苦しくてナミが何でもいいから話そうとした時、ゾロが呟いた。

「……おれが傍にいても義姉さんは倒れる。

 おれが傍にいなくても義姉さんは倒れる。

 じゃあ、おれが離れたのは意味なかったのか……」

「違う! ゾロが悪いわけじゃないわ。わたしの体調管理不足よ。そんなに自分を追いこまないで。……これじゃあ、どっちが年上だかわからないわね」

 乾いた笑みを浮かべるナミにゾロは頭を振って

「離れたのがいけなかった。義姉さんのことちゃんと弟として支えればよかったのによ……逃げずに」

「逃げずに?」

「あァ、色々考えたんだけどな……。義姉さんの為を思ってした行動って、結局エゴだったんじゃねェのかって。人の為、人の為にしてきたことが実は自分が逃げる理由をでっちあげてただけなんじゃねェかって思ってな」

「ち、違う……違うわ!」

 急に声を張り上げたナミをゾロは目を見開いて驚いた。

「逃げてたのはわたしよ。自分の気持ちを偽り続けて、どんどん義弟を好きになる自分に戸惑って……時間に追われることでそんな気持ちに気づかない振りができるかと思ったけど。余計にゾロには心配かけちゃって……」

 ぼそぼそとか細い声で話すナミを食い入るように見つめていたゾロは、ガバっとナミの存在を確かめるように抱きしめた。

「ちょ、ちょっと……痛いんだけど」

「…………」

 ナミの肩に水滴がポトっと落ちる。ゾロがむせぶように涙を流していた。

 痛いぐらいの抱擁(ほうよう)に、ナミはうかがうように

「遅いかもしれないけど……好きって言っていい?」


 ゾロは震える言葉を一言づつ丁寧に答えた。

「おれは――ナミを抱(いだ)くために生まれてきたんだ」








おわり




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