『いまにも泣きそうな顔なのに

 ムリをして笑顔を取り繕(つくろ)うから半笑いになるんだろうが。

 
 そんな顔をさせない為に身を引いたのによ――

 そんな顔で視線をわざと外されたら……

 おれは――……』










17 君がとっても好きだけど
(ゾロ誕アンケート第一位「姉弟」)










 どこかへ出かけるときに空が晴天だなんて、漫画のようなだな。

 ゾロは独りクツクツと空を仰(あお)ぎ見て笑った。

 その空を横切るように、高速の物体が通り過ぎる。

 キャー、と背後――いや、頭上から声も遅れて通り過ぎて行った。

 声のした方を目で追うと絶叫マシーンが小さく見えた。後であれに乗るのかと思うと乾いた笑いしかでてこない。

(こ、怖くなんかねェからな)

 ゾロは独りコブシを握りしめていた。


 今日は日曜日。遊園地でマネージャーのアカネと11時にゲート前で落ち合う約束をしていた。落ち合うなどと、言葉を濁したが――その実言ってしまえば、デートだ。けれど、デートという響きを口にだしてしまう事に、ゾロはいささか抵抗があった。

 些細な抵抗だが、恥かしいとの意味の他に何か含まれる。そんな気がしていた。

 

 足を組んで壁にもたれるゾロの姿に、通りすぎる人間は釘付けになった。怖そうな雰囲気とは反対に、絶叫マシーンが頭上を通るたびにビクリと反応して胸を撫で下ろすギャップに周囲の人間が

『か、かわいい』と思い始めていたからだ。

 男前だということもあるが、何気ないシャツを自然と着こなしている。引き締まった体に野性味があるわ〜と、行き交うおばさま達が頬を染めていた。

 ゾロを中心に円が出来始めていた。

 これではまるで芸能人ではないか。アイタと、額に手を当てて、でもどこか嬉しそうな顔でマネージャーのアカネはゾロのもとへと駆け出した。

(気分転換しに来たのに! これじゃあ動物園に来たみたい。
 ……でも、みんなゾロ君の魅力に惹かれてるんだ。やっぱりオチオチしてられないわ!)

 気を引き締めて、アカネは駆ける足に力を込める。

「ゾロ君ー、お待たせ! チケット交換してきたから」

 あまり目立たないよう、手だけ大きく振ってゾロへと合図を送る。

 と、同時に周囲の人間にこの男の子には連れがいる≠フだとさりげなく示した。

「あァ、悪ィ」

 言葉こそそっけなかったが、ゾロの表情からアカネがきて安堵しているのだと知れる。

「またフラフラしてたの? 今日も駅で偶然会わなかったらどうなってたことか」

「うるせェ。遊園地コッチ! って地図に書いてある通りに進んだだけだ」

「……看板立ってる場所で角を曲がっても遊園地には着かないよ」

「看板の書き方が悪いんだよ」

 子供のように頬を膨らませてすねるゾロは、マネージャーのアカネにとって、とてもあの剣道をしている時のロロノア・ゾロと同一人物だなどと思えなかった。

 目つきが違う。

 普段の彼と、剣道の稽古をしている時の彼。

 普段の彼は口では文句を並べても、目つきが鋭くても――優しい。

 けれど、剣道をしている時は――厳しい。

 自らにも、周りにも。

 マネージャーとして見ていて、切り替えの上手い子だなと始めは思っていた。

 目で行動を追いながら、いつしか彼自身を追っていた。

 ゾロを見れば頬が火照るし、目が合えばプイとそらしてしまう。でも、なにかゾロ君の役に立ちたかった。だから独り暮らしを始めたと聞いて、勇気をだしてさしいれを持っていった。

 少しでもマネージャー以上として見てもらえるように。

 けれど鈍感なゾロ君は気づいてもくれないのよ、これが。

 むしろさしいれを持って行っても表情が暗い。何か悩みでもあるのかしら?

 慣れない独り暮らしで気がふさぎ込んでいるのかと思って、思い切ってデートに誘ってみたけど……今日は気分転換になればいいな。

「な、なんだよ。急にだんまりか?」

 ゾロが少し言いすぎたかと、顔をのぞきこむ。

 暫く物思いにふけっていたらしい。心配気な顔をしているゾロに、アカネは笑顔で「ううん、何乗るか迷ってたの」と答えた。

「……心配して損したぜ。まァ、いいか、何から乗るんだ?」

 ニヤリと子供がイタズラを企むような表情で促した。





                     ◇◆◇





 その頃時を同じくして、ナミとサンジも運命の皮肉だろうか、ゾロとマネージャーが遊びに来ていた同じ遊園地にいた。

 粛々(しゅくしゅく)としてベンチに腰かけるナミの隣りには目を回したサンジが襟元(えりもと)のボタンを外してグタっとベンチに持たれかかっていた。

「ナミさんが絶叫系好きだったなんて……予想外だァ……。本当は2回くらい乗って『キャーサンジ君! 怖いー』とか言っておれがなぐさめる計画だったのに……」

「聞こえてるわよ」

 息も絶え絶えのサンジとは裏腹に、ナミは涼しげな表情のままだ。

「あはは……」

「目が回りすぎて気を回す事も忘れてるの? サンジ君ったら」

 くつくつと可笑しそうに笑うナミを見て、今日クラシックコンサートじゃなくて遊園地に来てよかったと、サンジは思った。

 ――クラシックコンサートのチケットが完売で、しぶしぶ遊園地にしたのだが。遊園地だと子供っぽい気がしたからだった。

 けれど、面白そうに笑うナミを見れてよかったとサンジは心から思った。

(最近気落ちしてたからなァ……楽しんでもらえてなにより。って言ったらまた暗い顔するだろうから、黙ってよ)


 サンジもナミへ極上の笑顔を向けて穏やかな時間を味わっていた。


 まさにその時――……



『ああ! ナミ先生』

 若い女の子の声がして、タッタッタとこちらへ駆けて来た。

 ナミを先生と呼ぶ少女をチラリと一瞥し、ナミが高校へ実習に行ってることを思い出した。ちょうど女子高校生、という言葉がしっくりくる感じの子だったから。

 それにしても後何年かしたらグッと綺麗になるだろうなァと、ナミとのデート中にサンジは不謹慎にも考えていた。

「先生、デートですかあ?」

「うるさいわね! ち、違うわよ」

 照れているのだろうか、ナミは生徒に会った気まずさからか、言葉を荒げて講義する。

 生徒の方はサンジをチラチラと盗み見るように視線を送ってくる。そして背後へと振り返って、そしてどこか誇らしげな顔をサンジに向ける。

 なんなんだ? おれと何かを比べたのか? 女子高生と直接面識もないため下手に口を挟めない。だから、その子の背後へ視線を巡らせたが木が邪魔で誰が立っているのか見えなかった。

「先生もデートするですね。私もなんですよ」

「へえーそう。よかったわね。ほら、あなたも待たせてるんでしょう? 今日は休日だからお互い楽しみましょう。ほら、さっさと行く」

 どうでもいい、といわん口ぶりの教師に、アカネはムっとしてなぜか背後に隠れるようにしていた人物を振り返り、

「ゾロ君、先生やっぱりナミ先生だったよ! 恥かしがってないでおいでよ」



 ゾロ。



 その言葉に耳を疑ったのは、ナミだけではなくサンジも驚きの表情を隠せない。

 ちょうど女子高生と重なっていた木の後ろにいたらしい。

 ヌーっと気まずそうに木の影からゾロが視線を地面に這(は)わせたまま現れた。





                     ◇◆◇





 気まずいままのゾロとナミをよそに、マネージャーだと自己紹介した女の子はサンジに愛想笑いを浮かべた。
 
(さっき背後を振り返って、おれとゾロとを比べてたのか。自分の彼氏の方がカッコイイってか。――面白くねェ)

 そう思ったが、さすがに大学生ともなると分別がある。それに初対面の高校生相手に魅力を振り撒(ま)いてもムダというものだ。今日のサンジのお相手はあくまでナミなのだから。

 気取らない、誠実そうな笑顔を顔に浮かべてサンジも当り障りのない挨拶をした。



 それにしても、

 それにしても、だ。

 あんなにも『おれの女』とかナミさんのこと言っておきながら、コイツは彼女いるんじゃねェか。なんてオイシイ――いやいや、不埒(ふらち)な野郎だ! まったく。

 ギロリとゾロを思いっきりねめつけたが気がつかない。呆然としていて、ゾロもナミも目を合わせようとさえしない始末。

 嫌な雰囲気だし、さっさとナミさん連れて違うアトラクション行くか――

 サンジが違うアトラクションへ行きませんか? そういわんとした時

「サンジ君気分まだよくない? なら、飲み物買ってくるわね。マネージャーも手伝ってくれるわよね」

 なかば女子高生を連れ去るような形でナミは売店へと小走りに駆けて行った。

「…………」

「…………」

 その去っていく姿に手を伸ばしてうな垂れるサンジが、キっとゾロを見すえて

「おまえの事情は知らない。だけどな、ナミさんにあんな辛そうな顔させるんじゃねェよ」

「…………うるせェ」

「彼女がいるのに『おれの女に手を出すな』とかよく言えたなとか、シスコンとか、さっさと彼女連れてどっかいけとか、邪魔だとか――言ってないから失せろ」

「ほーそれが本音か」

「そんな辛気臭い表情見たくねェんだよ。こちとら最近やっとナミさんが付き合うのうん≠チて言ってくれて舞い上がってんだよ。 やっとこさこぎつけたデート邪魔すんじゃねェ!」

「関係ねェ――」

 だろうが! と言葉を続けようとしたゾロだったが、サンジの言葉の中に信じられない言葉が入っていたことに気づくと、掴みかかる勢いで、

「な、い、今何て言った! 最近付き合うのなんだって……前から付き合ってたんじゃねェのか?」

 あからさまにうろたえているゾロにサンジは掴まれた手をほどく事ができなかった。

 服が破れるか、否か、ぐらいの凄まじい力だったからだ。

「おい、やめ、やめろって! ――ったく、最近のガキはすぐ力でものをいわせようとするんだからよ」

 ゾロを突き放したサンジは襟(えり)を整えてから言葉を続けた。

「違う。ずっと断られてたんだけどな。ここ1週間だったっけな、付き合いだしたの」

「だ、だって、おまえ……前ナミが倒れたとき『彼女さん』とか言ってただろうが!」

「ああ、あんなの元気づけるための冗談みたいなものだ。……おまえ何そんなに焦ってるんだ?」

「――前からずっとおまえとナミが付き合ってるって思ってた。実際ナミも『お付き合いさせてもらってる』って言ってたしよ」

「はァ? だから付き合いだしたのはここ1週間だって言ってるだろうが。きっと付き合ってるってのは友達として&tき合ってるってことだと思うぜ」



 友達?

 付き合うって恋人になるって事じゃないのか?

 確かに友達付き合いって言葉もあるけどよ――

 ってことはなんだ、ナミはおれに勘違いさせて引き下がらせたのかよ?

 くそっ!



 
 ――ナミとサンジは付き合っている。

 でもそれは最近のことで、以前は友達≠ニして付き合っていた。

 付き合うという意味を履き違えてゾロは、違うという事実に戸惑う。

 大きな思い違いをしていたと。


「ま、ナミさんに聞いてみないとわからないけどな。それにしても……まりもボーイしっかり耳こじあけて聞けよ。これだから……お子様は」


 怒りが頂点に達したゾロに、サンジの言葉は聞こえなかった。








おわり




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