『いて、いてェ……ったく! 

 ……気にすることはねェけどよ、後ろめたい気がして居心地悪りィ。

 どうしてこんなことになったんだ?

 胃が痛いと調子狂うぜ』








15 明日は永遠にこない
(ゾロ誕アンケート第一位「姉弟」)










 空家の権利書を見つけてからのゾロの行動は無駄がなかった。もとからあまり物が少なかった為かとっとと荷物を整え、必要な手続きに目を通す。サインが必要な書類は面倒な為大学へ行ってから申請することにした――家から近いので書類を出しに役所に行くのが面倒だったともいえる――

 そして、まとめた荷物を片手に、義姐がバイトでいなかった為書置きをして出て行ったのだった。


家が見つかったから引っ越す。
 
 じゃァな。

 元気で 


 たった三行の短い文。

 カギをかけて門を出ようとしたゾロはチラリと一度振り向いて、

「――……」

 なにか言いかけようとしたが、結局なにも言わずに新しい我が家へと歩きだした。





                     ◇◆◇





 義弟――ゾロとの別居生活も早10日――

 別居生活などといったらまるで夫婦みたいじゃない。


 バカらしい。


 そんな言い方はおかしい。自嘲(じちょう)気味にナミは笑う。

 たった一人の義弟が置手紙を置いて出て行った。

 
 『家が見つかったから引っ越す』


 謝罪の言葉もなく、――あるわけないが感謝の言葉もなく――要件だけを。

 有言実行。

 この言葉は義弟の為にあるような言葉だと身に染みて思う。

 マジメで、一徹で、真っすぐで、やると言ったことはやる。それでいて、


 ……優しい。


 男の子はいつか家を出ていく――

 いや、それは違う。いつか家をでていく可能性が高いのはナミであって、ゾロではない。それはナミが人様の所へ嫁に行く可能性があるからで。ゾロはお嫁さんをもらって、現在ナミも住んでいる家に住むかもしれないからだ。

 一概には言えないが。

 なのに出ていったは義弟で、自分が家に残された形になってしまった。

 右を見ても左を見ても……

 あるのは静寂と虚しく響くテレビの音。

 ゾロが出ていった部屋を見回して、ナミはポツリともらした。

「この家って広かったんだ」

 その声は弱々しく、のどにひっかかる。


 ゾロがいなくなった事実を10日かけて、はじめて理解した気がした。





                     ◇◆◇





「はい、お疲れ様。タオルで汗を拭く? それとも栄養ドリンク飲む?」

 甲斐甲斐しく尋ねられて、ゾロは目をパチクリさせた。

 こんな聞き方はまるで――

「まるで新婚家庭の新妻だな」

 と、同級生の男子生徒が茶化す。

 どっと周囲から笑いがもれた。みな同じ事を思っていたらしい。にやにやと笑いながらゾロに横やりをいれる。

 その隣りで女子部員が「もう、抜け駆けはズルイ!」などとマネージャーに文句を言っていた。

「うっ、うっせェ!」

 恥かしさのあまり、ゾロは「自分でできる」とつっけんどんにマネージャーに言い放ってドスドスと逃げるように剣道場から去っていった。

 その行動は更に背後から、「あ、逃げた」と言ってあおられてしまったが。

「はいはい、遊んでないで早く汗ふいて帰りなさい。じゃないと明日も練習厳しくするわよ」

 手をパンパンと叩いて、よく通る声が道場に響いた。

 男子生徒はビクっとして背筋を正すと、慌てたように更衣室へと駆けていった。

 女子生徒も「先生有り難うございました」と言って道場に礼をして出て行った。


 その先生と呼ばれた女性はナミ。ピシっと胴着を凛々(りり)しく着こなしている姿はカッコイイという言葉が似合っていた。

「………………なによゾロのやつ」

 けれど凛々しい姿には似合わず、一人道場に残ったナミは誰も居なくなった事を確かめると重い溜息をついた。





                     ◇◆◇





 ゾロが逃げるように去って行ったのは剣道場だ。今日も授業が終了し放課後毎日練習をしている道場へときていた。

 剣道部にはマネージャーがいて、先ほどゾロに話し掛けてきたのもその子だった。同級生で、誰にでも訳隔てなく面倒見がいいのが彼女の魅力である。


 だからといって、そこまで面倒見てもらう義理もない。

(子供じゃねーんだぞ。あんな新婚みたいな聞きかたは勘弁してくれ)

 ゾロは汗を拭き取り胴着をハンガーに通しながらふてくされていた。


 面倒見がいいのはわかる。いいことだとも思う。


 でも。


 義姐さんの前でだけはやめてほしい。

 マネージャーに声をかけられた時、マネージャーの肩ごしに義姐さんの顔が見えた。驚いた顔、継いでどこかしか怒った顔に見えた。



一瞬ある言葉が脳裏を過ぎる――


義姐さんがヤキモチをやいてた


 そう思うも、ありえないと自分で即座に否定する。

(いつまで経っても未練がましいヤツみたじゃねェか――)

 学校でナミは授業が終わった後、剣道部の練習を見ている。顧問が入院している為ピンチヒッターといったところ。一応有段者で、侮れない。

 そんなわけで、ゾロとの接点は剣道をしている限り切っても切れない仲なのだった。

 義姐に会わない為に剣道をやめるという選択肢はゾロにはない。

 けれど一度くらいマジメに勉強してみるのも悪くないと思った。

「どうすっかな」

 悩む言葉は更衣室に同級生が入ってきたことでかきけされた。










つづく


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