時刻は昼。
今日は日曜で学校も休みだ。今日は珍しくバイトも休みなのでナミは日頃の寝不足を解消すべく、遅くまで寝ていた。
と、そこに
一本の電話が鳴り響いた。
その呼び出し音は先ほどからけたたましく目覚ましのよう。
そんな音に反応してベットからのっそり起き上がる――
『……――はい、もしもし』
額に手をあてて、小声で電話に応える姿は不機嫌さを表していた。
『あら、ナミいたの? もう、朝から電話してたのよ。いつまで経っても子供なんだから……朝ぐらい起きなさいよ』
『…………お母さん?』
『……誰だと思ったの?』
くつくつと可笑しそうに笑う電話の相手は久しく声を聞いていなかった母だった。
15 明日は永遠にこない 2
(ゾロ誕アンケート第一位「姉弟」)
ナミは後悔していた。
それも思いっきり、後悔していた。
「来るんじゃなかった…………やっぱり。お母さんの口車に乗せられちゃったなあ……浅はかなわたし……」
ナミは目の前の扉を見てボソボソと恨みがましく文句を並べていく。
古ぼけたドアの取っ手は錆(さ)びてカギ穴も潰(つぶ)れてしまっている。そんな扉についているカギは役目をはたしていなかった。
ゆっくりと視線を上げて表札を見やる。
表札には――
『ロロノア』
手書きでサッと走り書きがしてあった。
そう、ナミはゾロの新居――といってもボロ屋だったが――を訪ねていたのである。
手にはおかずを携(たずさ)えて。昨夜ナミが作った肉じゃがである。
先ほど母親から電話があって、ゾロが一人暮らしをしている旨を告げた。どうせ義弟の事だから親に報告なんてしてないと思ったし――親の居場所もハッキリしていないので仕方ないといえばそうだが――
すると
『ええっ! ゾロ君家出て行ったの? まあ男の子だし……問題はないけど。お金足りない分は働きなさいね、って言っておいて。ああ、それとキチンと食べなさい……って。一人じゃ食べる訳ないわよね――今の子って』
『コンビニとかで済ますんじゃない? 大丈夫――』
よ、と言おうとしたらお母さん血相を変えたのが電話ごしでも伝わってきた。
『やっぱり。だめよ、ゾロ君は育ち盛りなんだから! ナミ、昨日の夕食なに食べた? まさか……あんたまでコンビニとかで済ましてないわよね?』
『ち、違うわよ。節約モットウなのに、そんなもったいない事するわけないじゃない。肉じゃが作ったわよ』
『じゃあ、それ持ってゾロ君の所に差入れしてきて。ついでに様子見てきてちょうだい。足りない家具とか……お金送らないといけないでしょ?』
金がないならバイトをすればいい、と言っていたわりには優しい言葉。母はそういう人だった。
その後近況など聞かれたが
『あのね……ううん、大丈夫。なんとかやっていけてる』
何か言おうと思ったが、結局ナミは言葉を濁(にご)してごまかした。
サンジに告白された事や、ゾロの事を意識しないように無理にバイトをし始めた事がたたり、最近のナミは心身共に苦しかった。
そんな時タイミングよく母から電話がかかってきた為、つい泣き言を言いそうになってしまったのだ。
けれども、母にあらいざらい言ってしまう事などできはしなかった。
サンジの事は流して話せるとしても、だ。
ゾロの事は口が裂けても言えるわけがない。
義弟に告白されただなんて……
そして
自分から別れる原因を突きつけて……
そして
義弟が出て行っただなんて……
(…………)
ナミはとても後悔していた。
いや、しないはずはなかったのだ。いくら事実を突きつけて弁解しても、義弟の気持ちを踏みにじった事に対して――
後悔しないはずがない。
だから、ナミはおかずを持っていくのを口実に義弟に会いに来たのだ。
意を決してナミは部屋をノックしよう――
と、
「食べてよ、ロロノア君。一人暮らしで大変だろうって、おかず持ってきたのに……」
薄いドア越しに聞こえてきた女の声に、すんでのところでノックしようとしていた手を留めた。
「そんな気ィ使わなくていい。……でも助かる、ありがとな」
ぶっきらぼうな物言いだが、嬉しいのだろう心持ち優しい口調だ。
「いいよ、試合前に倒れられたら困るし。これ作ったのお母さんだけどね」
「宜しく言っといてくれ」
「ラジャー」
えへへ、と言って笑う女の子声は、ナミにとって義弟を誘惑する女の声にしか聞こえなかった。
(…………なんだ、彼女いるんだ。
……帰ろ。
あ……お母さんに何て言いわけしようかな)
ナミはボーっとする頭で義弟の状況を見られなかった母親への言い訳を考えていた。
おわり
←素材お借りしてます(CELESTE BLUE:翠雨 様)