『あなたが無事ならば、他のものはいらない。

 あなたが全てで、あなただけが大事だから。

 でも心配してはいけなかったんだろうか。

 だから、あなたはおれが心配しなくていいように、と……。



 あなたにとって心を軽くする言葉でも、おれには身を切り裂く言葉に聞こえた』




12 ぜんぜんたいしたことじゃないよ
    (ゾロ誕アンケート第一位「姉弟」)










 闇が静けさを誘い、闇が公園をおおっている。

 公園に一つしかない電灯が照らすのは二組の足だけ。男の足とヒールをはいたスーツ姿の女。

 上半身は弱い光が淡く照らしているだけで顔まではハッキリと見えなかった。

 もし誰かが公園を横切ってもカップルがいちゃついてるだけとしか見えなかっただろう。

 けれど、足元を照らす電灯が2人の上半身を照らせていたなら、2人のそれぞれ違った顔が見られただろう。

 苦悶の表情と熱に浮かされながらも必死な顔を。

 ゾロに抱きしめられたナミはひっしに離れようと体を動かそうとしていた。
 
「離して……離してよ!」

「…………いやだ」

「誰かに見られたらどうするのよ、離して」

「得意の武術でどうにかしてみろよ」

 ゾロはできないとわかっていて、皮肉に口の端を持ち上げる。それでいて目は笑ってないのだから始末に悪い。

「――……できないわ」

「じゃあ、おとなしく抱きしめられてろ」

 諦めたかのようにナミは一度しっかりと目を閉じたが、ゆっくりとまぶたを持ち上げると含みを持った声音で

「あんたを無傷で帰すことができないって言ったのよ!」

「どういう意味だ」

「容赦しない。離さないと大声だすっていってるの」

「……どう……して……」

 言葉をさえぎって、ナミはがなる。

「さあ、はやく!」

「…………そんなに嫌なのか?」

 ナミの脅しにゾロは込めすぎた力をゆるめて――

「ダメだ」

 そういってもう一度ナミの存在を確かめるように、けれど力を込めすぎないように抱きしめなおした。

 小さな声だったが、抱きしめられたナミはゾロの胸から響いて聞こえてきたので、誰よりもゾロの思いを聞いた気がしたのだった。

(探しに来てくれて、帰ろうっていってるのをダダをこねて帰らないのは私が悪いのに……逆ギレの振りをしてもゾロには通じないか……)

 突っぱねるふりはやめて、優しくたずねた。

「どうしてダメなの?」

「離したら義姉さん逃げるだろうが。そしたらまた探さないといけねェ。どんなに……心配したか……心配で……」

「心配かけてごめんなさい」

「…………」

「ごめんなさい」

「…………無事でよかった。うっ……うう……」

 ゾロはまたか細い声でナミの頭に顔をうずめた。

 しゅんとうな垂れるナミの肩が小刻みに揺れる。

 いや、揺れているのはゾロの体だった。

 だいじょうぶ? と声をかけようとしてやめる。

 男の子は姉になぐさめられるのは嫌だろうだから。


 控えめに、ナミはいとおしい家族を大切に抱きしめた。





                     ◇◆◇





 ゾロはナミの隣りのブランコに座っている。ナミをずっと抱きしめていたゾロはナミが逃げないと見てやっと手をほどいたのだ。

「落ち着いた?」

「あァ、悪ィ……。さっきまで立場逆だったのによ、くそっ」

「言葉づかい悪いわよ、ゾロ」

「……ふん」

 ふてくされてるゾロを見て義姉はくすりと笑う。

 一息つくと、ぽつりぽつりと話し始めた。

「心配かけてごめんなさい。話すから……聞いてくれる?」

「話してもいいと思うんなら、聞く」

「ありがとう……。体調悪いので早退したんだけど……もう大丈夫よ」

「それならよかった」

 張りつめていた緊張が切れたのか、ゾロはどすんと地面に腰を下ろした。

 ナミはゾロに――大切な弟に――これ以上心配かけたくない一心で、懸命に笑顔を浮かべて言葉を続けた。


「サンジ君とお付き合いさせてもらってるから心配しないで」


 それが安心していたゾロの表情を曇らせるともしれずに。










おわり


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