『思わせぶりな態度で、おれは期待を持ってしまった。

 あなたは嫌がったけれど、拒否はしなかったから。

 ――だから、

 真実という拒否だけをぶつけてこられたら、おれはどうしたらいいんだ……』




10 その部屋の鍵はかかっていない
(ゾロ誕アンケート第一位「姉弟」)











 カッカッと、チョークで黒板を叩く音だけが響いている。

 ここはゾロが通っている高校で、ナミが教育実習にきている場所でもあった。


 あれからどのくらいの日が過ぎただろうか。


 机に片ひじをついて、ゾロはぼんやりと物思いにふけっていた。
 
 教師のしゃべる言葉は右から左へと流れて、頭の中にはとどまらない。

 それに頭がガンガンと頭痛が絶えない。

(……どうでもいい。どうでも……)

 学校へ来るのはおっくうだったが、部活で剣道に打ち込むことで何も考えずにすむことを知っていた。だから、ゾロは毎日授業よりも部活をしに学校へ来ているようなものだ。


 始めの内はボーっとしていた時間の中でも、日にちを数えていたけれど。そのうちどうでもよくなって、数えるのをやめた。

 必死になっているとき、時間の経過が速いと感じたけれど、ただ、ダラダラと過ごす日々でも時間の流れは速く感じる。


 ――いまとなっては時間など関係ないが。




 あの日――




 ナミが……いや、姐さんがサンジの恋人だと知ったあの日。

 姐さんを好きでいられる口実を思いついたあの日。

 それと同時に、計り知れない不安を覚えた日。

 好きでいられることに嬉しさを、その反面、いい知れぬ不安とを兼ね合わせたいた。


 けれど涙はでなかった。

 悔しくて、それでいて、彼女だとサンジから知らされて姐さんの顔が見れなかったから病室を飛び出した。



 どうして涙がでなかったのだろう? 

 姐さんに振られた日は、恥かしいとかいう気持ちが吹っ飛ぶほどに涙があふれでた。

 本当に心が張り裂けるかと思ったほどだ。

 

 じゃあ、どうして「彼女」という言葉を聞いても涙がでなかったんだ? 

「…………」

 いつもの自分だったら絶対病人のナミ……姐さんを置き去りにして家に帰ってくるなんてありない。

 気が動転していた、としかいえない。

 姐さんに男がいたって鼻で笑って、サンジをあしらうことなど造作もなかったことなのに。

 姐さんは否定をしなかった。



 彼女だという事実を――



 せっかくそばにいていい口実を思いついたのに……結局、おれは一人で舞い上がって姐さんを困らせていたピエロだったのか……。


 ゾロはささくれだった感情を押し殺すかのように、手に食い込むほどこぶしを握りしめた。

「くそっ」

 小さな悪態は、チョークが黒板を叩く音でかき消された。





                     ◇◆◇





「あら、恋わずらい?」

 からかうように――それでいて嫌味はなく、気軽にといってもいい――職員室にいたナミに声がかけられた。

「えっ! いえ、そんな……」

 大きな声をだしてしまったことに周りの視線でハッと気がついて、慌てて控えめな声で付け加えた。

「そんなことありません」

 ロビンの発言には一言一言心の中を見透かされているようで、ナミの態度はおっかなびっくりとしている。

 ナミの手元をチラリと見て

「さっきから文章進んでいないわよ」

「すみません……ロビン先生」

 うなだれるナミは先ほどから反省文を書いている。教育実習生としてその日その日の反省を書かなくてはいけないのだ。

 だが実習生のナミが職員室に自分の机があるわけがなく、自分の担当させてもらっているクラスの担任――ロビン先生に、「私が授業しているときは机好きに使っていいから」との承諾を得て、一時間前ほどから机を借りて書き始めていた。

 遅々として進まない筆の速度に、ロビンは軽い気持ちで相手がかしこまらないようにと声をかけたのだった。

「好きな人と上手くいっていないの?」

「え! ど、どうしてですか――顔にでてますか?」

 普通なら「授業のことで悩みでもあるの?」などといった実習に関係することを聞いてきそうなものだが。

 ナミはロビンの感の鋭さに舌を巻いた。

 顔を真っ赤に……というより、どこか痛々しい顔をしているナミのことを不思議に思ったが、ロビンは返ってきた返答の意味を考えた。

「……素直ね、あなた。なにか心配ごと?」

「い、いえ……」

「違うことないんじゃないの? 顔色悪いわね、最近寝てないでしょう」

「調子が悪くて……」

「調子ね。そういえば――ロロノア君も調子悪いようだったわ。授業中解答を黒板に書くよう指示しても立てなかったほどで。慌てて保健室に連れていったけれど、本人全く風邪の自覚なしだったわ」

 最近の男の子って病気に鈍いのかしらね、とロビンは笑ったが、ゾロの話題がでてきた途端ナミは耳を傾けて聞きいった。

(ゾロが風邪? ――夜中に私のこと探してたから? そんな……)

 体を抱きしめるようにして青ざめた顔をしたナミをのぞきこむようにして

「大丈夫? あなた震えてるわよ」

「早退してよろしいでしょうか……どうしても調子がすぐれないので」

「ええ、じゃあ今日は早退しなさい。しっかり寝るのよ」

「ご迷惑おかけします」

 血の気の引いた顔で話すナミは書類に早退の旨を書いて、体を引きずるようにして学校を後にした。





                     ◇◆◇





 ゾロが電気がついていない我が家に戻ってきたのは夕方、部活を休むよう保健医に叱られたためだった。

(頭がガンガンしてたのは風邪だったのか……。風邪なんてめったにひかねェしわかんねェ。姐さんは寝てんのかな)

 ナミの部屋が割り当てられている部屋を心配気に見やった。

 5限目はナミが担当する授業のはずだった。けれど調子がすぐれないので早退したことを担任のロビン先生から聞かされたとき、ゾロは足元をすくわれたような気がした。

 まだ義姉さん調子悪かったのか、また気づけなかった。見てたはずなのに……と、思ったが違うな、とゾロは考えを改めた。

 彼氏――サンジのことだ――がいるから自分は義姉さんに、あまりかかわらないようにしてた。

 でしゃばるべきではないのだと。

(義姉さんが自慢に思えるような弟になればいいか……)

 はきの抜けた目はうつろに床をさまよっていた。


 グウウ……


「腹へった」

 冷蔵庫の中身を確認しつつ、自分の作れる料理を思い浮かべていたが、ふと義姉さん夕食食べるのだろうかと思い二階に聞こえるように声をかけた。

「義姉さん……起こしたらごめん。夕飯どうする? 食べれるか?」

「…………」

 義姉からの返事はなかった。

 寝ているのかもしれない。それならお粥作っておくか。

 ゾロは手際よく病人食を作り出した。







つづく



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