『人ごみの中でも、すぐにあなたを目で追うんだ。 どこにいてもすぐわかる。 だって、ずっと目が追いかけてるからな。 でも見つめられるのが苦痛なら、 おれの視線が痛いなら、 おれは…………』 09 少しの勇気と愛があれば (ゾロ誕アンケート第一位「姉弟」) ドカっと中庭にあるベンチにゾロは腰を下ろした。 そろそろナミさんの様子も気になるし、病室に行かないといけなかったが、なぜか気が重かった。 鳥がさえずり、木々が風に揺れる。そんな清々しい風景の朝だったが、どこか湿気が体にまとわりつくような気してならない。そろそろ雨季へと近づいている兆しだろう。 ゾロは寒くもないのに体を小刻みに揺らして震えていた。 雨季へと近づいているからといって生暖かい風が吹いているわけでなく、かといって寒い木枯らしが吹いてるわけでもない。 「ど……どうしたんだ。震えがとまんねェ……風邪でもひいたかな、はは」 震える膝を震える指先でおおうように押える。 乾いた笑いがいじらしい。 ナミの傍にいるための手段をやっと考えついたと思ったのに。 納得したと思ったから、自分では卑怯だと思わなかったのに。 それなら、どうして震える? なにが起こるというのか。 考えれば考えるほど、ゾロはいいようのない不安に押しつぶされそうになる。 目が血走って、まるで血に飢えた獣のようだ。 考える、わからない。 わからない、考える。 そして また考える、迷う。 迷うから、また考える。 先ほどからこの悪循環。 考えれば考えるほどに、自らの闇に染まっていくような感覚におちいる。 不安でたまらない。 ついには頭を抱えて、冷汗が頬をつたった。 「ゾロか、どうしたんだこんな所で。それよりナミさん大丈夫か?」 ゾロの重い雰囲気にそぐわない明るい声が中庭に響いた。 ハっとしてゾロは反射的に顔をあげる。 目の前に、いまではナミのバイト仲間のサンジが立っていた。 (チッ……気が滅入ってるってときに限って現れるな、まったく) くよくよと悩んでいた姿をチラリとでもサンジに見られたかと思うとバツが悪い。そんな思いからか、サンジとは視線を合わせたくなくてゾロは視線をさげてステキまゆげの服装を見やった。 こいつにしては珍しい、服にしわがよっている。アイロンをかけずに女性の前に現れるなんて失礼極まりない! というのが彼の持論だったはずだ。だが、そうもいってられなかったのだろう。なんせ「ナミさん大丈夫か?」とゾロに聞いてきたのだ。と、いうことはナミが倒れたことも誰かに聞いたのだろう。それで時間を惜しんで病院へ駆けつけた――といったところが妥当か。 ゾロはサンジをねめるようにジッと観察して、病院へ駆けつけたいきさつを推測する。 (今日のバイト休むってナミさんのバイト先に連絡入れたのおれだけど。倒れたなんて一言もいってないのに、どうしてステキまゆげがここにくるんだ?) ゾロが倒れたといわなくても、現在いる住所を相手に知らせれば病院にいるということがバレルことをゾロはわかっていなかった。 サンジをひとことで表すなら、まゆげがクルっと円を描いていて、普段なら人の良さそうな笑顔が浮かんでることだろう。けれど、軽い口調とは裏腹に今日は少しけわしい表情が浮かんでいる。 「おい、聞いてるのか。まりもボーイ?」 「なんだと……勝負すっかコラ」 「あァ、かかってこいよ! ……といいたいところだが、ナミさんの状態はどうだ? 見舞にきたんだが」 「たいしたことはねェよ。こっちだ……」 急に真面目な顔になったサンジに肩すかしをくらわされたゾロは、自分の言動を恥じるように、あごで病院内を示して、サンジについてこいと案内をはじめた。 ◇◆◇ 「思ってたより元気そうでよかった」 持ってきた花束を手渡しながら、サンジはナミを心配げに見やる。 「花束まで有り難う。心配かけてごめんなさい。店長も急にシフト変わって怒ってるでしょうね」 「いえいえ。ナミさんの笑顔が見れるんなら花束毎日でも持ってきますよ。店長はゆっくり休んでまた来てくれたらいいって。最近つめてバイトしてたでしょう? 心配してましたよ」 「そんなこといって、誉めるの上手ね。店長にはまた電話かけないと……」 ゾロが案内してサンジがナミの病室に入り込んだのはつい先ほど。けれど、この会話の弾みようにゾロは素直に喜べなかった。 ナミが他の男としゃべっているのを見ても、ゾロはちっとも嬉しくないからだ。 だが、そう思う反面。ゾロと一緒にいるナミと、サンジと一緒にいるナミとではナミの表情が違うとゾロは思った。 (おれといると最近では辛い表情しか見たことなかったけど……。ステキまゆげの前ではこんな表情するんだ。いや、元々ナミさんは笑顔がまぶしかったよな。倒れさせてしまうほど、おれのことで悩むよりも、気楽なこいつと一緒にいるほうが幸せなのかもしれねェな) ゾロが無口なことを気にとめず、サンジとナミはたわいのない話を広げる。 「どうしてここの場所がわかったの?」 「店長から聞いたのさ」 「そう」 ナミはホッとした表情を浮かべた。 それは久しぶりに会った恋人へ向ける視線のように、ゾロには思えた。 (クソッ……) 恋人のような2人のやりとりは腹立たしいだけだったが、ゾロは決して口を挟まなかった。バイト先のことはゾロには関係のない話であったため、無理に口を挟むようなジャマをしてナミとサンジに子供扱いされたくなかったからだった。 「ナミさん……この間の夜のこと覚えてます?」 「え?」 少し照れたように、サンジはナミに問う。 「ほら、この間ナミさんが夜道に迷ったときお願いしたことですよ」 「……あ、いえ。その……」 意味ありげなサンジの視線にナミはたじろぐ。 たしかあの時ナミはサンジのお願いに頷いた気がした。 軽く聞き流していたので内容があいまいだったが。 必死にサンジと交わした約束を思い出そうと、頭を働かせる。 急に落ち着かない態度になったナミに、サンジはカワイイなァと思いつつ 「ね、彼女さん」 と楽しそうにいった。 「…………」 ナミは答えない。 いや、答えられなかった。 ゾロの無言の圧力に耐えるので精一杯だったから。 「ナミどういうことだ?」 ツカツカと目くじらをたててゾロはナミに詰めよる。 「…………どうって……その」 ナミの答えはハッキリせず、どうにも歯切れが悪い。 「どういうことだ、だと? それはてめェのほうだろうが」 ゾロの問いをさえぎって、サンジが眉間にしわを寄せて逆に詰めよる。 サンジの言葉にカッと頭に血がのぼったゾロは、とっさに姉を人前で呼びすてにしたことに気がつかなかった。 サンジはゾロの目をみすえて 「おかしいだろぅが。ナミさんはおまえの姉さんだろ? どうして呼びすてで呼ぶんだ、もしかして……惚れてるのか、ハハ」 ねェナミさん、とからかうようにナミに声をかけた。 (おれだって呼びすてで呼んでないっていうのに、許せん。このガキは――まったく油断も隙もねェ) サンジはナミのことをナミさんと呼ぶ。それは呼びすてで呼べる関係ではないから。だから、ゾロがただ弟であるというだけでナミのことを呼びすてで呼ぶことが許せなかったのである。 ゾロをからかったのは、ほんの嫌がらせ。 他人よりも肉親という特権を持っているゾロへの、小さな嫉妬からだった。 『惚れてるのか』 サンジにいわれた言葉が胸をえぐる。 おれの気持ちはバレてる? いや――でも。 『やはり姉を呼びすてで呼ぶのはおかしいことなのか……世間一般からいうと。姉さんって呼ばなきゃ、周りの人間にまでおれの気持ちがバレル? そんなことになったら……今以上に姉さんを困らせてしまう。それだけは――それだけはダメだ』 内心の動揺を顔にはださず、心とは反対に口の端を持ち上げて、ゾロはニヤリとほくそえんだ。 いつだって本心とは裏腹な言葉をいうことは得意だったのだから。 大丈夫だ、今回も。 うまくサンジをごまかしてみせる。ナミさんに迷惑はかけない。 ごまかすことによって、 ……姉さんとの関係が会う前のように戻るだけ。 よしっ! ゾロはお腹を抱えて、そも面白そうにいった。 「ふざけていってたんだよ。真面目なネエさんにちょっとイタズラをな。面白かったぜ。わりィ、もう二度といわないから。迷惑かけて悪かった」 「…………!」 そんなわけないでしょう! とナミはのどまで言葉がでかかった。 ゾロが人をからかって面白がるためにウソをついたなんて。なによりナミ自身ゾロにいわれた言葉をウソだと思いたくなかったのかもしれない。 「あ、あのね。ゾロ……」 ろうばいしつつなにか言いつくろおうとするナミの言葉をさえぎって、サンジが納得したように優しく話し掛ける。 「ナミさんゾロのイタズラのことはおおめに見てやってください。寂しかったんですよ、きっと」 「でも……」 さらに言葉を続けようとするナミだったが、 「ごめん。おれ学校行かなきゃいけない時間だから……姉さん悪ィけど、そのまゆげ彼氏に家まで送ってもらってくれ」 バタンッ! いうが早いか、扉が閉まる音が聞こえた時にはゾロは病室を抜け出していた。 廊下を抜けて戸を蹴るようにして外に飛び出した。 逃げるようにして出ていったゾロを見て、ナミはシーツの中でギュっとこぶしを握りしめた。 「彼氏……いい響きだな……おっと。いやいや、なんだあの態度。やつも反抗期なんですよ。これで姉離れができたらいいんですが。さ、ナミさんまずは医者に診てもらいましょう」 サンジのうやうやしい声に誘われるように、ナミはゆっくりと人形のように起き上がりはじめる。 ゾロがナミをまるで……いや、完全に避けるようにして出ていったことにナミはショックを隠しきれない。うまく頭でものが考えられず、サンジのいう通りに動いていることにも違和感がないようだ。 だが、道をひた走るゾロと人形のようなナミは、2人して同じことを思っていた。 これでふりだしに戻った≠ニ おわり |