目が合った瞬間恋に落ちる――なんていう言い回しがあるが、どう考えてもあの目は獲物を捕らえる目だった。
とてもじゃねェがそんなロマンティックなもんじゃなかったぜ。
正直……食われるかと思った。
(4000キリバン・リクエスト:ゾロ高校生、ナミ社会人。 真牙さまへ)
恋人は借りもの
陽も傾き出して、辺りはだいだい色の温かい光りに包まれはじめた。
ポツンと駅にたたずむのは男子高校生だろうか、竹刀袋を肩にかけ軽そうなリュックを手に持って、しょざいなさげに電車がくるのを待っていた。
他に客らしき人影は見えない。夕方の時間帯には珍しいことだった。
「へー……時間がずれると誰もいなくなるってところは、やっぱり田舎だな」
呟いた言葉も、虚しくプラットホームに響く。
わびしい気持ちにもなるが自分一人のために電車がくるかと思うと偉い人にでもなった気がしてどこか楽しい気がした。
大会が近いからという理由から、活動時間が他の部活より長かった。男子学生が所属しているのは剣道部で、学校一熱心な顧問がいるということで町内では評判である。
吊るされている文字盤を見上げて、そのままクルリと背後に立ててある時刻表を見た。
電車が到着するまでまだ時間があった。
電車がくるのにはまだ時間があることを確認すると男子生徒は軽そうなリュックから、来週おこなわれる試合の組み合わせ表をゴソゴソと取り出して、――ロロノア・ゾロという自分の名前を探し始めた。
「……おっ。あったあった! ……1回戦はシードか。ちっ、試合で体ほぐそうと思ってたのによ」
1回戦を戦わずして2回戦に上がれるというのに、男子生徒――ロロノア・ゾロはちっとも嬉しそうではない。
逆に不機嫌になったようだった。
それもそのはず――ゾロにとって目標は優勝であり、目指すは全国制覇なのだから。1回戦戦わないというとこは、他の選手より大会の雰囲気になじむ機会を一歩遅れて感じることになる。
組み合わせはクジによって決めるので、どこに当たるかは運次第なのである。ゾロの名前が書かれてあったのは一番右端だ。
「まァ、これもいい経験かもしれねェな。それに端から勝ち上がっていくってのもいい。そう思うといい位置だな」
すっかり気をよくしたゾロの耳に、懇願する男の声が聞こえてきた。
◇◆◇
「怒らないで聞いてくれ、頼む」
「……だから、怒ってないっていってるでしょう。あなたには家族がいて、子供までいた。そのことはもう納得しました。たしかに腹立たしかったけれど」
「すまなかった。でも……妻とは別れる! だから……」
「だから、なんです? 奥さんとと別れて、子供まで捨てるっていうんですか! あなたって勝手で最低ですね」
「なんといわれようと、ナミを愛してるんだ。わかってくれ」
どうわかれというのだ、思いを重ねられるほどにナミの気持ちはなえていく。
「…………」
さびれた駅に言い争う声が反響する。いくらさびれた駅でも家路につくサラリーマンや部活帰りの学生で駅がにぎわっていてもよさそうな気もするが。
(出張で来た田舎の駅の利用状況なんて知ったことじゃないけどね)
うわべでは相手に対して返す言葉を考えている振りをしつつ、内心では話題に見切りをつけてナミは違うことを考えていた。
上司と2人きりという状況に、イライラと落ち着かない気持ち半分、他人に話しを聞かれないのでホッとした気持ち半分。
チラリと付き合っていた男性――ナミと職場の同じ上司だった――も、周りに誰もいないことにほっとしているようだった。
(そうよね、自ら不倫してまーすって、公表してるもんなんだから)
居たたまれない沈黙を破るように、男性は抑えた声で
「どうして最近避けるんだ?」
「避けるですって!」
なにも理解していない上司にナミは今まで抑えて感情が爆発するのがハッキリとわかった。もう敬語なんて使う余裕すら持てないほどに。
――この上司と恋人の関係になったのははっきりと思い出せない。
ただ傷ついていたナミにさりげない言葉をかけて労わってくれた。そしてだんだん話す機会が増えていった。
それが始まり。
人生経験も豊富で、それでいて恋愛経験も豊富で。ヒョロっとした感じにみえる体躯だったが週一でジムに通っているというだけあって、均等に筋肉がついていた。いつもかけている丸眼がねが優しい人柄を表しているようでナミはすぐ彼にひかれ始めた。
年上だろうとも、年齢なんて関係ないのだと舞い上がっていたから。
そんなに素敵な人なら妻子がいてもおかしくはないと、あのときの自分は考えもしなかった。
いえ、考えないようにしていたと思う。楽しければいい、と一時でも楽しければいいとさえ思っていたのだかから。
けれど、いざ相手が結婚を申し込んできたとき一歩気持ちが引いてしまった。結婚してほしいといわれて舞い上がったことも事実だったが、それと同時に妻子がいることを知った。
自分よりも年上で妻子持ち……結婚なんか無理よ!
それに相手を別れさせてまで結婚をつかむ自信もない。
また傷つくのが怖い……。
傷つきたくない……
振られるのは嫌!
なら、別れるしかないじゃない。
「そんなに怒らないでくれ。どうして怒るんだ? 妻子を捨ててまで君を選ぼうとしてるっていうのに……」
男の声でナミは考え事を中断された。
冷めた表情をうかべて
「怒ってなんかないわよ、あなたとは結婚できない。だから別れましょう……といっただけ。なにか問題でも?」
「どうして結婚できないんだ。……それに問題は大ありだ。おれの気持ちはどうなる?」
「どうして、どうして、どうして! ……さっきから質問ばっかりでいい加減うんざりするわ。あなたの気持ちより先に考えることがあるんじゃないの? 奥さんと子供のこととか。気持ちより優先させることがあるじゃない! あなたの気持ちは二の次よ」
「君は優しいんだな……」
「優しくなんかないわ!」
怖いだけよ! という言葉がのどまで出かかったが、なんとか飲み下す。
「もうやめましょう。別れたことは事実なのよ、いま一緒にいるのは出張だったから」
「…………。おれと別れようと思ったのは妻子がいたから?」
「……それもあるわね」
「それも?」
不毛な言い合いに、ナミはげんなりして
(らちがあかないじゃない! もう……どうしよう)
ふと視界の端に人が写った。
ホームの片隅に立つ人へ顔を向けてジっと見つめる。
(誰もいないと思ってたのに……学生よね、制服着てるし。最近の男の子ってデカイわねー180センチくらいあるのかしら……あっ、そうだ!)
ナミはひらめいたと同時に学生の方へと駆け出した。
◇◆◇
それにしても綺麗な女だな、男の方も女につりあう程度には男前だし。あ、これが美男美女ってやつか。
男が女に詰め寄って話……こんでるっていうより、こりゃ世にいう別れ話ってやつだな。
うわー初めて見たぜ。なんていうか、しゅらばだな。
達観した老人のように、ゾロは一人腕を組んで納得していた。聞き耳を立てているわけではないが、ウォークマンを聞いているわけではないので自然と話しが耳にまで届く。
話しが終わったのだろうか、声は届いてこない。
ふと不思議に思い顔を女の方へ向けた。
「なん、だァ!」
目が合った瞬間殺気めいたものを感じて、数歩後ずさった。
「な、なんだ。あんた……」
引きつる声に割り込むようにして女が腕に巻きついてきた。
「欲しいものは?」
「は? だーあんた離れろよ!」
「しっ、声が大きい。協力してほしいの」
「協力? ……おれは名前も名乗らないヤツは嫌いだ」
「協力してくれるの? 私はナミ」
くつくつと笑う女――ナミといったか、大人の女なのに、少女のように笑う。
つい、ゾロは見とれてしまいそうになった。だが、飲みこめない事情に頭が混乱している。だからついまくしたてるように
「誰も協力するなんていってねェ! ナミ……さんだっけ? 意味がわからねェよ」
ナミはちらりと遠く背後にいる元彼――上司を見やると、焦った顔で話し始めた。
「時間がないの……手短に話すわ。――別れた元彼がしつこいのよ、そこであなたの出番。私の彼氏になってほしいの」
「彼氏?」
「あ、いや、その、振りでいいわ。彼氏の振り」
「で、彼氏になったら欲しいものくれるってか?」
「ちっ……そんなところだけ覚えてるのね、ええ、そうよ。悪い取引きじゃないと思うけど」
「この場を乗り切れたらいいんだな」
「ええ。ああ、上司が来るわ……」
ゆっくりといぶかしげな顔で近づいてくる上司をナミは真っ青な顔で見つめた。
そんなナミを見て、仕方ねェなと頭をかいて、そして不敵に
「…………わかった。取引き成立だ」
こうしてゾロはナミの彼氏になることを了解した。
◇◆◇
ゾロの腕につかまっているナミを見て、上司は戸惑いつつも
「ナミ……、話しは終わってないんだ」
「さっき理由を聞いたでしょ? 別れたわけを。答えは彼氏ができたから……それとあなたには飽きたから」
彼氏ができたというナミはゾロの腕につかまっている。元彼はその手を見て、初めてゾロの存在に気がついたようだった。
「彼氏? そこの学生が?」
「ええ、そうよ」
冗談だろ、といわんばかりに、元彼はゾロをいちべつした。
「まだ子供だろう……ナミには合わないよ。冗談はやめて話しを聞いてくれないか」
「冗談いってるのはあなたよ。結婚してくれ? 冗談じゃないわ! 子供子供って……」
そこまでいって、学生の名前を聞くのを忘れていたのを思い出した。
「その続きは?」
煽るように上司――元彼がナミにたずねる。
ナミはゾロに助けを求める視線を送ったが、あいにくゾロには通じていない。
この学生に協力を求めたのは失敗だったかしら。
腹立たしさを抑えて
「……とにかく、あなたに彼のことをとやかくいわれたくないわ。彼のことなにも知らないくせに」
「…………」
2人のやりとりを見ていたゾロは呆気にとられていた。黙ってナミにしゃべらせようと、理解のある彼氏の役を演じてはいるが、その実、口を挟めないだけである。
(こいつ……かなりの演技派だな。この演技にどれだけ男が騙されてきたのやら)
ナミの演技を横目でみつつゾロは感心してしまった。
『一番線に電車が参ります……ご注意ください……』
折りしもその時、電車が到着するアナウンスがホームに流れた。
(ナイスタイミング! おっし、この気を逃すわけにはいかないな)
一人話しから外れているゾロは意外と冷静に、これからの行動を考えていた。
二両編成の電車がゆっくりとホームにはいってくる。
上司は電車に乗らないでナミと話合いをするつもりで、おもむろに内ポケットからタバコを取り出して吸い始めた。
ジッとナミの次の言葉を待っている。
タバコを見た学生がニヤリと口の端を持ち上げたように見えたが、上司は気のせいだろうと思った。
ナミはナミで居心地の悪さと、演技がどこまで続くかという心配がだんだんと顔にでてきた。
運転手はホームで待っているお客が乗らないことを確認すると、ドアを閉めようとベルを鳴らした。
けたたましいベルがホームに響き渡る。
「よし!」
今まで一言もしゃべらなかったゾロがナミの腕を引っ張って、ドアへと走り始めた。
「えっ、ちょ、ちょっと、なに!」
わけもわからないナミは慌てつつも、ゾロに息を合わせて電車に駆け込んだ。
それを見て一番慌てたのはナミの元彼――上司であった。
「お、おい――!」
話し合うつもりでいたのに、電車に乗るなんて。
焦って自分も電車に乗り込もうとも、タバコを持ったままでは乗れない。あいにく近くに灰皿もなく、今日に限ってポケット灰皿も持っていなかった。
――あのガキにしてやられた。
そう思った時には、電車がゆっくりと発進し始めた。
「急に走り出すなんてびっくりするじゃない!」
「でも、あの男からは逃げられただろ?」
「うっ……。でも、会社の上司なんですけど」
ぼやくナミに、ゾロは視線をそらして
「あァ? それは……まずいな」
「責任はとってもらわないと、ね」
「まだなにか要求するのか」
「あら、取引き成立じゃなかったの? しばらくは付き合ってもらうから、覚悟しておいて」
「うっ……怖ェ、女に会っちまった」
言葉は嫌そうだったが、ゾロの顔は不敵に微笑んでいる。
「うふふ。そうだ、あなたの名前まだ聞いてなかったわね。名前聞くことから始めますか」
「ったく……。ロロノア、ロロノア・ゾロだ。よろしく、相棒」
「ええ、あなた」
真っ赤になったゾロの顔をのぞきこみ、ナミはこの先主導権を握れることを確信した。
「ふふ……照れなくてもいいのに」
(ま、負けねェ……ぞ)
ゾロは年上のこの女――ナミとこの先どうやって付き合っていくか、先が思いやられそうな気がした。
おわり
<あどがき>
4000キリバンに真牙さんからリクエスト頂きましたv リクを頂いてから日にちがズズイと過ぎてしまって(汗) 申し訳なく思っていたのですが、先日設定が浮かんだので一気に書き上げました。
連載にしようか短編にしようか本当に迷ったのですが、連載にするといつ終わるかと怖い気がしたので(汗) また機会があれば続きも書いてみたいです!
リクエスト頂いた真牙さん、お待たせしてすみません。楽しんで頂ければ幸いです。
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