『思いだすと不思議なものよね。――偶然だったんだもん』





(3000キリバン・リクエスト:学園。 理伊さまへ)
出会いは階段で






 昼休み終了をつげるチャイムがスピーカーから響き、下へと続く階段に音が吸い込まれていった。



 トントンとリズムよく、だが静かに階段をのぼる音が響く。

 屋上へと続く階段は、用事でもないかぎり人が足を向けることはない。なぜなら扉にカギがかかっており、
屋上へいけないのにわざわざ階段をのぼる生徒がいないからだ。


 しかし屋上へいけなくても階段をのぼる生徒がいた。ナミである。

 髪は落ち着いたオレンジ色で、飾り気のない素顔は肌がきめ細かく美しい。頬はほんのり赤みがさして色を添えていた。

 ナミは階段を少しのぼるといつもの光景にであう。

 今日も男子生徒が階段の所で寝ていた。

 例のごとくナミが見つけたときには寝ている男子生徒――ゾロ。ナミの位置からは下を向いているゾロの緑色の頭部しか見えない。

「今日こそゆっくりしようと思ったのに。また先にいるし」

 呆れたように、しかしどこか嬉しそうにナミは呟いた。まるで子供を心配する母親のようだ。

 ゾロを起こさないように静かに階段をのぼると、屋上との境の扉が見える。そこに、

『通りぬけ厳禁。カギを直したので通れません』という張り紙が張ってある。

 それを見て、ナミはくつくつと笑った。

 初めて屋上にのぼろうとして、ゾロに出会ったときのことを思いだしたからだ。






 ……――そう。ゾロと初めて出会ったのは、桜の花が散り、葉桜になろうとしていた頃だったと思う。

 高校2年生になり、緊張していた去年とは違って多少気持ちがゆるんでいた。その日ナミは珍しく授業に遅刻しそうになっていた。

 移動教室なので、違う棟に教室がある。廊下を走ってもすぐには着かないもどかしさに歯がみしたとき、頭に先輩がいっていた言葉がよぎった。

『授業に遅刻しそうになったら、屋上を通り抜けていくと速いよ。まーナミは使わないかもしれないけどね。覚えといて損はないはずだから』

 話を聞いたときには聞き流していたことだったが、とっさの事態に思い出した自分の記憶力に感謝しつつ、くるりと方向を変えて、屋上へと続く階段をタッタッタと2段とばしで駆け上がっていった。


 屋上にはカギがかけられていたが、錆ついていた。そこに工具を入れて無理やりカギをこじ開けたらしい。というのが先輩の話だった。

 しかし、階段を駆け上がってナミが見たものは、

『通りぬけ厳禁。カギを直したので通れません』という張り紙が張ってあった。最後の希望であるカギが直されているのかどうかを確認しようとのぞきこむが、


 カギは直されていた。

 
「なによこれ! ありえないわー。先輩のウソつき!」

 さんざんわめいた後に、「しょうがないわね、元はといえば自分が悪いんだし」と気持ちを切り替えもと来た階段を下ろうときびすを返す。急いでいけば、まだ授業にまだ間に合うだろう。

 足を踏み出そうとすると、視界の端に緑色の物体が見えた。

 ナミはゆっくりと屋上の扉横にある奥ばった一角におそるおそる眼を向けた。屋上に関しての怪談話は聞いたことがなかったし、恐いものみたさということもあり、恐怖心より好奇心がまさる結果となった。

 光が扉の隙間から差し込むだけなので薄暗い。

 そこに緑色した頭を見た。人の頭であるとわかると、先ほどまでの緊張のせいか、ナミは妙に大きな声がでた。

「あ……頭? そ、それより! 今は授業中でしょ? なんで人が寝てるのよ。……誰かしら」

 相手は寝ているようだが念をいれて、静かにつつつと近寄る。

 男だった。緑色の髪はツンツンと四方八方を向いていて、本人の性格を表しているように思えた――完全な思い込みだったが――。

 ナミは男を観察してみる。

 確か隣のクラスのゾロとかいう男子生徒だった気がする。剣道の大会で何度も優勝しており、朝の朝礼で繰り返される名前が頭に残っていた。

 武道の特待生として入学した彼は、勉強できなくてもよいのだろうか。そう考えてしまう。
 
 ゾロは床に座りこんでおり、あぐらを組み、腕は交差させていた。頭は下を向いている。

 ガーガーといびきはうるさいのに、寝顔が可愛くて、ナミはつい見つめてしまった。

 はっと気づいて、なにやってるんだかと頭を振る。

「はやく授業に向わなきゃ! ただでさえ遅れているのに」

 ぶつぶつ呟いていると、ナミの声に割り込むように、

「うっせェな……」

 低い声が聞こえた。

「え?」っと思ったときには後から抱きすくめられていた。

 かろうじて逃げようとしている自分がいることに、ナミは焦りながら気づく。ジタバタともがいてみるが、男子生徒――ゾロは寝ぼけているようでナミの力では鍛えているゾロの腕ははねのけることができない――もし、起きててわざとやってるなら、ゆるさないが――

 どうやらゾロは飼い犬と間違えているのか、ナミをしきりにわしゃわしゃとなでた。

 これは……授業はもうダメね。

 ナミはハーっと溜息をついた。

 知らない男に抱きしめられているのに、不思議と嫌悪感はない。



 ――否。うそだ。




 ナミはゾロを知っている。

 最近朝礼台に立つゾロの視線に向けて、ナミは視線を合わせていたから。

 放課後武道場へいく機会があり、そこでゾロの練習姿を見たとき、その真っすぐな視線が好きになった。だが、朝礼台でしか見かけることだけが接点だったため、ゾロはナミのことを知らないだろう。

 他の生徒もナミ同様ゾロに視線を向けていた。ゾロからしたらどの視線もただ興味の対象を見る眼として、ひとまとめにされていることだろう。

 可笑しな気分だった。

 ゾロの吐息が肩にかかる。温かい背中が肌寒い制服を着ているナミに、温もりをくれた。

 遠くから見かける彼は憧れで。抱きしめられた途端に、ナミの中で距離が急速に近くなった気がした。

(恋人がいるかもしれないのに……迷惑だわね。でも……今だけは、寝ぼけている間だけは。もう少しこのままでいてほしい。わたしの勘違いだってわかってるから……)


 しばらくしてうとうとと、うたた寝を始めたナミをゾロは信じられない気持ちで見つめた。

 ゾロは眼はつぶっていたが、寝ていたわけではない。始めは寝ていたが、階段を駆け上る足音を聞きつけてうっすらと片目をあけて状況を見つめていたのだ。女生徒だからよかったものの、逃げ道のないこの場所では教師に見つかった際面倒なことになるからだった。だから気配をたってやり過ごせる奥ばった角に身をかがめていたのだ。

 しばらく様子を見てたら、なにやらブツブツ呟いていた。女生徒が一歩前に踏み出して、屋上の扉のカギを調べたときには眼を見開くほど驚いた。

 最近朝礼台に上ったときに、視線の合う生徒だったからだ。他の生徒も好奇心の眼をよこしてきたが、彼女の瞳は他の眼とは違ってみえた。

 眠りを妨げられて、ちょっとした仕返しをしてやろうと寝ぼけたふりをして抱き着いてみた。

(嫌がらないのか? だがよ、嫌なら逃げるだろうし……)

 普段のゾロはそんなことはしない。けれど、近頃視線の合う女生徒に興味を惹かれていた――何度か隣のクラスに教科書を借りにいったとき、ナミの明るい笑顔と快活な声が聞こえてきた。そのときの場面が脳裏に焼きついている。

 すぐ叫ぶかなにかして逃げるだろうと、高をくくっていたゾロだったが、ナミの寝顔を見ると、

「へェ――。きれいなやつだと思ってたが……寝顔はカワイイんだな」

 こんなあどけない顔を知ってるのは自分だけかと思うと、ゾロはいつ叫ばれるかわからない状況でも、心おどる気がした。試合以外で、違った胸の高鳴りは不思議と満ち足りた気分にさせてくれる。

「…………」

 ゾロの中でなにかを決心したようで、ナミを抱きしめたまま、

「こんな――無防備な寝顔おれ以外のやつに見せたら許さないからな。おまえはおれがもらうから、覚悟しろ」

 その言葉はナミには届かなかった。寝ていたのだからしょうがないといえばそれまでだが。

 ナミが起きたときにはゾロの姿はなく、制服がナミにかけられていただけだった。



 翌日制服を返そうとゾロの教室に向ったが、彼はおらずナミは仕方なく昨日見かけた屋上への階段へと足を向けた。

 ゾロを見つけて制服を返そうとしたが、ゾロは寝こけていたので、ゾロの制服を本人にかけて様子をみた。

 いつも睡眠不足のようで、始終寝ている雰囲気がする。

 ナミはそんなゾロが気になって、その日からゾロの様子を見に行くことがナミの日課になっていった。

 毎日同じときを過ごすと、ゾロに恋人がいないこともわかった。それでどうした、というわけではなかったが、どこかで安心した自分がいることにナミは嫌な子よね。と思った。

 気持ちよさそうに寝ているゾロを見ると、いつの間にかナミも近くでうたた寝をすることが多くなった。

 ある日珍しくゾロが起きていた日があり、ナミが多少の嫌味を込めて、

「いっつも寝てるわね. どれだけ成長すりゃ気がすむわけ?」

「……家じゃ落ち着いて寝れねェんだよ。わるかったな」

「……ごめん。だから学校で寝てるの?」

「別に学校でってわけじゃねェけどな」

「どういうこと?」

 ゾロはナミをじっと見据え口のはしを持ち上げていう。

「ナミが近くにいたら安心して寝れる。学校しか会えないからよ、なるべく傍にいろ。おまえの寝顔はおれが見つけたんだから、おれのもんだ。誰にもやらねェ。……だから、おれ以外のやつの傍で寝るなよ?」

 ナミはゾロの告白――もどきを聞いて、顔が真っ赤になる。それをゾロにさとられまいとして、

「素直に好きといえんのか!」と言葉を返した。










 ゾロに告白まがい――もとい、今だからわかるのだけど、あれはプロポーズの言葉だとナミは思う――を受けてから一年がたとうとしていた。

 あの日からずっとナミが行くと、必ず先にゾロが待っている。まるで番犬のようでおちおち風邪もひけない。学校を休んだら、家まで駆けてきそうで恐いからだ。

 けれど、とてもカワイイ番犬だと思う。目つきは悪いし、態度はでかいが、ときたま見せる笑顔をわたし以外は知らないという優越感もあった――ゾロだけがナミの寝顔を知っているように――。


 一年前のことを思い出していると、ゾロがむくりと起きてきた。

 ナミがゾロににっこりと微笑み、

「ゾロ、わたし達が出会ったときのこと覚えてる?」と聞いた。

 お互い見かけた場所は数あれど、直接話した場所は――と、ゾロは眠い目をこすりながらいう。



「出会いは階段だろ?」











おわり


<あどがき>
 3000キリバンに、理伊さんが踏んだよと声をかけてくださって。いそいそと書かせて頂きました。『ゾロナミ@学園』でとリクエストがあったのですが……萌えましたv 学園って響きだけで(笑) ステキなリクエストを有り難うございました。妄想爆発の話なので、授業抜け出して毎日密会なんてムリだけど(涙)と思いつつゾロに暴走してもらいました。 
 理伊さん、ステキなリクエストに稚拙な小説ですみませんが、少しでも満足して頂ければ幸いです。

 ←『自家中毒』 様よりお借りしてます。