『どうしてそんなにバイトするのよ? 欲しいものでもあるの? ……ねェ、聞いてる?』





(111ゾロバン・リクエスト:ゾロが大学生でナミは高校生。初めナミ→ゾロで。 ライチさまへ)
夢のために





 清々しい朝。連日続いていた雨がうそのように太陽が照っている。地面にできた水溜りにカエルが水浴びをしていた。

「よっと」

 カエルを踏まないようにナミはスカートを揺らして水溜りを飛び越えた。

 ナミは市内の高校に通う女子高生で、今年は最高学年で受験生だった。やや硬い癖っ毛は肩にかかるか否か微妙なところでクルっと外向きにはねている。愛嬌のある目は二重で、微笑んだときにはまつげが長いことが知れた。スカート丈は膝上で少し短い感じもしたがすらりと伸びた足にはよくあっていた。

 着地したとき肩にずっしりとした鞄がくいこむ。ただでさえ重い教科書に、参考書まで学校に持っていかなければならないのだ。受験生はつらい。

 ナミの通う高校は市内にある。自転車で15分たらずで学校まで行くことができたが、運の悪いことに自転車を幼馴染みに貸したところ返ってこなくなった。まだ新品だったため料金分を払ってもらおうと思っていたが――

 自転車と共にその幼馴染みも返ってきていない。

 たぶん……いや、絶対道に迷っているものと考えてよい。彼は昔からそうだった。
 
 ロロノア・ゾロ。ナミの一つ年上で、左耳には3連ピアスをあけていた。目つきが子供の頃から鋭くてゾロに初めて合うと例外なくみな怖がった。しかし、目つきが悪いだけで本人の性格そのものは優しかったため今でも友達は多い。緑色の髪は飾らない本人の気性を表しているようで、落ち着いている感じがしてナミは好きだった。

 兄のいないナミにとってゾロは本当のお兄ちゃんそのものといってよかった。「ゾロにい、ゾロにい」といって後ろをついて行っては、必ず帰り道はナミがゾロを家まで連れて帰ってきた記憶が大きい。昔から筋がね入りの迷子だった。

 それでもゾロは行動力があり――自分では無謀だとわからなかった――しばしば一人でどこかへ出かけてはナミが探すパターンができている。

 だがそんなゾロもいまや立派な――本人はそう思っている――大学生で、ナミが探しにくることを拒んだためいまだに発見されてない。

(そろそろ探さないとね。方向音痴で目つきの悪いゾロだけど、あれで以外と優しいんだもの。……ふらっと立ち寄った場所で変な女に捕まったりする可能性がなきにしもあらずよ)

 ナミが顔をしかめつつ歩いていると、なにか道路に落ちているのが見えた。

(なに? ……物? 人? 朝から死体発見なんてまっぴらだわ)

 遠目に電柱の影からのぞいて見たが、いかんせん遠くてわかりにくい。しかし、いつまでものぞいている訳にはいかない。登校するには嫌でも道路に落ちている何かのそばを通らなければならないのだ。

(うぅっ。いやだなぁ)

 なけなしの勇気をふりしぼり、ずしりと思いリュックの紐をぎゅっとにぎって一歩、また一歩と足を進める。




 なるべく見ないように通りすぎようと思っていたのだが、ちらっといちべつをくれた。

 



「あぁっ!」




 ナミが見たものは人だった。それもよく知った人である。

「ゾロ?」

 ナミはゾロだと認識すると、だっと慌てて駆け寄りゾロの状態を確認した。

 ゾロはうつぶせに倒れており、雨に打たれたのだろうか全身びしょ濡れだった。倒れている原因がわからないのでゆっくりとゾロの頭を横向きにさせる。口元に手をあててゾロの呼吸を確認すると、気持ちが少し落ち着いた。

 そのまま全身に目をはしらす。見た感じでは外傷もなさそうで出血などはなかった。

「ゾロにい……じゃなかった。ゾロ? ゾロ? ゾロ?」

 自分の鞄のなかから携帯を探しつつゾロに話し掛ける。小声から多少声を張って。

 話かけても返事がない場合携帯で救急車を呼ばなければならない。焦っている自分をなだめつつ、ナミの行動に抜かりはなかった。

 ゾロが心配だった。小さい頃からの幼馴染みで、お兄ちゃんのような存在。中学に入る前まではよく遊んだものだったが、2人とも部活に忙しくなってからは週に1、2度会えればよいほうだった。



 だから気づいた。寂しいな、と。



 会いたい、とも思った。だがそれは毎日のようにあっていたあの頃と比べて、会える日が極端に少なくなったためだからとナミのなかでは思い込むようにしている。わがままいって困らせてはいけない。

 2、3度呼びかけたとき、ゾロから小さなアクションがおこった。

「……――ん、ん。……ナミか」
 
「よかった意識があって。どこか痛いところとかない? どうして道路で寝てたの?」

 むくりとゾロが起き上がりあぐらをかいて道路にすわった。

「…………」

「ねェ、どこか痛いの? 病院いく?」

 ナミに問われてもゾロは意識がはっきりしていないのか、ナミの顔を見つめるだけで言葉を話さなかった。

 やや時間をおいて、ゾロが静かに口をひらく。

「寝てた」

「はぁ?」

「だから、寝てた」

「寝てた、じゃないわよ! どれだけ心配したか……」

「わりィ、ナミ」

 ナミ、と呼ばれて緊張の糸がきれたのか、ナミ目には涙がぽろぽろとこぼれた。

 久しぶりに耳にする声。よかった傷などで倒れたのではなくて。




……それに


 ナミと呼ばれて嬉しかった。






 しばらく、えぐえぐと泣いていたナミは、呼吸と整えてゾロに問い詰める。

「どうして寝てたの? 路上に! 理由いってみなさいよ!」

「いや、その、なんだ。眠たくて、家まで気力が持たなかったというか……なんというか」

「バカね……。また道に迷ってたんでしょ」

「んなっ! そ、それもあるけどよ……」

「ちがうの?」

「……バイトしてた」

「バイト? ゾロって夕方からバイトしてたじゃない。朝は新聞配達してたし」

 ゾロは朝刊配りのバイトをしている。それに夕方は別のバイトをしていると聞いたことがあった。それに自分で大学に通う学費を払っているらしい。大学へは自宅から通っているのも、電車を使わず自転車通学でバイト代を最小限に抑えたかったからだ。

 どうして自分で学費を払っているんだろう? と以前ナミは母親にもらしたことがあった。

『坊主――ゾロのことだ――? ああ、坊主は剣道で沢山優勝してるだろ。だから学費無料にするからって、沢山大学からお誘いがあったらしよ。それだとお金のことで両親に負担が少ないだろ? でも誘いをいっさい断って、近くの大学に進学したんだって。自分で学費払うからっていったらしいね。ロロノアさんは気にしなくていいって、いったらしいけど義理難い子だな。ま、進学した大学もそこそこ有名だし、近所がよかったのかね』

 その話を聞いたときナミは自分のことのように悩んだのを覚えている。自分もゾロのように同じ立場にたったら、「自分で学費だすから」といえるのだろうか。

(すごいなぁ。自分で! っていっても、実行することって難しいのよね)

 と思ったものだった。



 そのときの疑問をゾロに直接ぶつけてみる。

「ねェ、どうしてそんなにバイトするの? 奨学金借りるとか……」 

「奨学金は卒業したときに返さないといけないだろ。卒業したら今よりもっと金が必要だと思うからよ。だから最近深夜バイトも始めたんだぜ」

 口のはしをもち上げて楽しそうに笑うゾロは、どこかやつれて見えた。

「深夜も! そんなことしてたら体壊すわよ? ちゃんと寝てるの? なんで深夜まで……あ、ううん、個人的なことだもんね。ごめんなさい」

「ああ、別に気にしないぜ。夢だから、かな。……大事な約束だ」

「約束?」

「おう、卒業してからすぐ籍いれるつもりだし。金は貯めといた事にこしたことはないって聞いてな」

「……――え?」

 ナミは耳を疑った。

 照れくさそうにいうゾロを、ナミは驚愕の眼差しで見つめる。


 ゾロはせきといったのだろうか。あのクラスにあるような席ではなく、籍と。


 
 つまり結婚!! 


 
 考えられなかった。……いや考えていなかった。

 たしかに、ゾロならば学校に付き合っている彼女とかいてもおかしくはない。目つきは悪くても優しいし、男前だ。にっこりと笑うとあどけなさがでてかわいい。どこの年上を捕まえたのか。




 こんなことなら……こんなことなら! 



(先に告白でもなんでもしておけばよかったわよ。……玉砕だわ)

 見るからにガックリと肩と落とすナミとは反対に、ゾロは嬉々として言葉を続ける。

「親ごさんに話たら即OKもらえてよ。でも未成年だから卒業したらお金もいるって話になってな。そりゃそうだと思って、バイト増やしたんだぜ」

「……おめでとう」

「んあ? なんだよ、はきねェな。嬉しくないのか?」

「ううん。ゾロにいが結婚なんてピンとこないけど。結婚式には呼んでよね! ――それじゃぁ、学校あるから。またね」

 それ以上ゾロとは一緒にいたくないとナミは思った。

 登校を理由にその場から逃げ出したかったのだ。




 しかしふいに、ぐいっとゾロに腕を引っ張られた。



 痛いぐらいに。



「なに、まだ何か……」よう? と聞こうと思い、振り返ってナミが見たものは――――


 目つきの鋭いゾロ。眉間にしわを寄せて、見るからに不機嫌さが伝わってくる。

 このような怖い顔をしたゾロを見るのは久しぶりだった。以前ナミが友達と遊んでいて帰りが遅くなったとき、いまのように怖い顔をしたゾロがナミの家の前で待っていた。『連絡ぐらいいれたらどうだ。……心配したんだぞ』と。

 あの日以来、ナミはゾロを怒らせないように行動には気をつけていた。ゾロは道に外れたことをしなければ決して怒らない。

 慌てて、祝辞を述べたときの態度は普段とかわらないものだったよね、とナミははんすうした。

(――自然だったと思ったのに。なにが不満なのかしら)

 じっと、不安げな目でゾロを見つめる。

 言葉の意味をわかってないナミに対して、溜息をついてゾロは言葉をかけた。

「だーー。話はまだ終わってないだろ? 聞けよ」

「いやよ。どうして人のノロケ話を聞かなきゃいけないのよ! わたし受験で忙しいの。ロロノアさん、その腕放してくれません?」

「……そんなに嫌かよ。おれの嫁になるの」

「いやもなにも! …………ん? 誰がダレの嫁になるの?」

「ナミがおれの嫁にだ。他に誰がいるんだよ?」

 話の展開についていけないナミは口を魚のようにパクパクあけて言葉がでない。

 ナミは顔が真っ赤で、肩の力を抜いたところ鞄がズルっと地面に落ちた。その音を合図のように

「い、い、いつわたしにプロポーズしたのよ? 聞いてない!」

「おまえ、おれの話聞いてなかっただろ。……親ごさんに即OKもらったって。ちゃんとナミの両親には許可もらってるぜ。おまえはおれのこと好きだし。おれはもっとナミのこと好きだし、問題はナミの卒業だな。あ、進学は好きにしていいぞ。ダメなら永久就職もあるし!」

 いつもよりスラスラと話すゾロは照れながらも、楽しそうに話す。






「……あのね」

 声が浮つきそうなのを抑える。嬉しい気持ちもおおきかったが、いうことはいっておかなくては。

 ナミはすーっと息を吸い込み、お腹に力をこめていった。






「まずわたしに告白しなさいよ!」















おわり

<あとがき>
 111HIT踏んだよと、ライチさんが声をかけてくださって。ステキなリクエストを頂きました☆ はじめはナミ→ゾロで、後半はゾロ→ナミを目指したのですが……どうでしょう(汗) ゾロ勘違いヤロウになってますが(笑) ナミさんのことを見てないようで、見ているゾロはナミさんが自分のことを好きだという自信! を持っていて、つい本人に言い忘れてたようです。そんなゾロですが、少しでも雰囲気が伝わればさいわいです。
 

素材は

a material 様よりお借りしました。