これから語られるお話は――――


 砂の王国アラバスタに水色の髪を持つ女帝が誕生した頃の事。


 けれど決して正史として語られる事はなく、一部の胸の内にのみ綴(つづ)られるであろうお話。



 なぜなら、

 世間を揺るがす程の逸事なのだから。


 それを、私が語ろうと思う。


 女帝の――ママの、いえ、お母様の娘。

 私、ミサが。












(10000キリバン・リクエスト:ルビビ。 東 沙夜さまへ)
砂の国の物語










 以前王立図書館で見つけた歴史的価値のある本『キャプテン・ウソップ冒険記(原本)』を幾度となく読み返し育った幼少時代。
 
 幼い頃を思い出す度色々な事があったなと胸が弾む。その反面悩んだ時期もあったけれど。

 姿見の鏡の中でクルリと一回りする少女はとても愛らしい。リボンのように揺れる髪の毛は彼女の自慢だった。

 今でもそうだけど、お母様譲りの透き通る綺麗な水色の髪が大のお気に入り。長く腰まで伸ばしたのも少しでも母親に近づきたかったからだ。
 
 子供の頃、イタズラばかしては両親の幼い頃にそっくりだとおじいちゃんに言われていた。両親にそっくりだと言って欲しい、その一言の為に毎日イタズラをする事は少女の日課になった。

 廊下で囁かれる口さがない者の言葉に、イタズラをする自分が嫌になりかけていたが、どうしても「両親にそっくり」という言葉が欲しかったのだ。


 どうしても。


 一生懸命自分の存在を認めて欲しかったのかもしれないわね、と少女――ミサは一人ごちる。

 鏡に映るすらりと伸びた手足を持つミサは、母が16歳で行った立志式の時の写真と瓜二つだった。ミサも先日16歳になったばかりなので似ているのも頷ける。


 ミサの母親――ネフェルタリ・ビビ。

 ミサの父親――ネフェルタリ・コーザ。


 愛情を一身に受けて育ったと思っている。



 けれど子供だった私はあれこれと悩み、実母すら恨んだ。


 ミサは苦笑しながら喋る。


 ま、当時悩む原因っていうのが問題で。

 今ではあの幼かった頃よりも悩まずにすむ言葉を見つけたから、その分大人になったんだなって苦笑まじりに言えるけれど。悩んでる渦中は独りでどうすればいいのかわからず、一時期笑えなくなってしまった。

 私から笑顔がなくなった瞬間。

 お母様の本心を聞けたのはその時だったの。と、同時に自分の凝り固まった考えは子供だと知ったのよ。

 幼い頃から勧められて日記を書いていたんだけれど、悩んでいた頃の日記を読み返すと一番始めの文にこうかかれていた。





「お母様は言わないけれど、私は知っている。自分がお父様の子ではない、と言う事を」








                     ◇◆◇







 王立図書館で見つけた歴史的価値のある本『キャプテン・ウソップ冒険記(原本)』を見つけた時のような驚きが忘れられなかった私は、その後も時間さえあれば図書館へ新たな発見を捜し求めていた。

 幼かった私は王族としてまだ厳しい教育に入る前だったから、他にする事もなかったし、ませてた事もあって時々は友達よりも本を選んだりして。半分遊びだったのよ。

 ところがある日、どんな運命か、またも日記を発見してしまった。

 形よく丁寧に書かれた文章は、いつも目にしている母のもので、私はまたしても世紀の発見をしたんだ! と喜んでいたわ。日記を読む事であの大海賊の一味になれるかと胸を弾ませたりもした。

 だから他人の日記を読む事を悪いと思わなかった。その事については後でお母様から笑顔で小言をたっぷり聞かされたけど。



 なんにせよ、子供の私はページをめくり始めたのよ。

 たまたまパッと捲(めく)ったページは、雨の降らないアラバスタに雨が戻った時の事から綴(つづ)られていたわ。





                     ◇◆◇





「皆よく眠ってる……あんなに激しい戦闘だったんだものね」

 一人ずつ宛がわれたベットに目を転じながら、ビビはゆっくりと窓の外に目を戻した。

 クロコダイルが敗れ、爆弾が空中で爆破した事がきっかけで雨が降った。その雨は乾ききった大地を潤す勢いで降り続いている。

 爆弾を空高くへと運んでくれたペルの事を思うと、今でも胸が締め付けられる気持ちになる。大丈夫、彼なら生きている、と祈る思いで思う度涙が溢れそうで、これでは彼を偲んでいるようだわね。とビビは更に落ち込むのであった。

「っつう!」

 泣くもんか、とゴシゴシ涙を拭(ぬぐ)う。

 彼はきっと帰ってくる、帰ってきたら「おかえりなさい、遅かったじゃない!」と笑顔で迎えなくては。ビビは窓の外――ずっと上空へ思いをはせた。





                      ◇◆◇





「へーあの英雄ペルってお母様泣かせだったのね」

 ブツブツ言いながら、でも場所が図書館だということを忘れてなかったから小声で。

 またペラリとページを捲(めく)っていく。




「えーなになに……。Mr.2・ボン・クレーから……」


 Mr.2・ボン・クレーから電伝虫の報せが届いたのが数時間前。船長はじめ船に戻る事に意見が一致してからの彼らは行動に無駄がなかった。息がピッタリあってる感がして、私は改めて素晴らしい仲間だなと思うと同時に自分の行動に迷いを抱いてしまった。

「ねえみんな。わたし……どうしたら……いい?」

 わたしも連れてってとか、わたしは行かない、などと言うんじゃなく、どうしたらいい? という問い。
 
 迷いすぎて答えが出せないからこそ仲間である彼らに聞いてしまった。

 間髪入れずにみんな優しく誘ってくれたわ、海賊の仲間として。

 そして有り難いことにナミさんが12時間の猶予をくれた。


 本当に心底悩んだ私の心は、バロックワークスに潜り込む時の決断した気持ちとまた違っていた。

 思い切った決断に踏み切れないでいる。



 2つ同時に得られるものなどないというのに。



 荷物をまとめるみんなの邪魔にならないようさり気無く部屋を辞して自室へと引き上げる。

 長い廊下を抜けて扉をくぐった。

 パタンと後ろ手で閉めたつもりなのに力が足りなかったらしい、閉めた音がなかったので振りかえって閉め様とした。

 が振りかえった途端息をのんでしまった。

「ヒィッ! ル、ル、ルフィさん……脅かさないで下さい」

 背後には全身包帯だらけのルフィさんが音もなくついてきていたからだ。

 呼吸を整えて、ドキドキと鼓動が激しいのを無理やり穏やかにする。黙っているルフィさんがなんだからしくなくて、私は足元に視線を落とした。

「あっ! 血が出てる。歩いたから傷口が開いたのかしら……さ、ルフィさん入って下さい。包帯替えましょう」

「ん? あ、そうだな。頼んでいいか?」

「ええ、どうぞ」

 控えめにしか灯されていない廊下の灯りだったが、手足から滲(にじ)んでいる血を見つける事はできた。

 慌てて自室へ招き入れる。

 連日の戦の負傷者の手当てをしていたので救急セットを身近に置いておいてよかった。ビビはルフィの包帯を丁寧にゆっくりと外しながら思った。

「廊下で声かけてくれたらよかったのに、黙ってるなんて驚くじゃないですか」

「いやーわりィ、わりィ。おれすることなくてよーナミに追い払われたんだ」

 ニシシと頭をかく船長は別段困った風ではなく、ニコニコと答えた。

 ビビも微笑を返すとルフィは急に真面目な顔になって

「――おまえはこの国を捨てられるのか?」




 今もっともビビが悩んでる事を船長に低い声音で言われてしまった。












つづく




 ← 素材お借りしました(角-KAKU 様)