『イライラする。

 あんのバカのせいで、どうしてこうも心を乱されるのか――』



 心乱される私が弱いのか、または――








パラレルお題:4浮気その2








 勢いよく家を飛び出したのはいいが、よくよく考えれば外に飛び出すよりも部屋に閉じこもればよかったとナミは後悔した。
 今の時期冬ではないので外にいても風邪をひくこもないがカバンはリビングに置いてきたままなので財布はもちろんのこと、携帯すらも持っていない。これでは友達に電話をかけて今夜泊めてもらう事もできないではないか。友達のビビの家なら突然行っても笑って許してくれそうだが、さすがのナミもたかだか姉妹ゲンカで友人に迷惑をかけるのは憚(はばか)られた。


 だから、ナミは今庭の片隅(かたすみ)で膝(ひざ)を抱えて蹲(うずくま)っている。部屋に戻ろうかとも思ったが、ゾロと出くわしたらと思うと足が進まなかった。ゾロが帰ってから隙を狙って部屋に戻ればいい、そう考えていた。


「…………ふん」


 することもないのでつい先ほどの会話を思い出して釈然(しゃうぜん)としない気持ちになる。




『行くな』

『なによ、アンタには関係ないでしょうが』

『寝起きの男の部屋に行くなんてバカげてるって言ってんだ。ちったー意味考えろ、バカが』





 先ほどの言葉はどういう意味だったのだろう。

 訳がわからない。


「男の部屋に行くなって、じゃあ毎日アンタの家に行ってたのはいいのかっての」

 ついぼやく言葉がでる。


 と――――


「おれはいいんだよ」


 ナミの言葉に予期もしない返答が返された。

 視線を上げると、いつの間に立っていたのかゾロが不機嫌な顔でナミを見下ろしていた。

「おめェは小さい頃からなんかあるとここに蹲るクセ直らねェのか、まったく」

 ハァ、とがっくり項垂(うな)だれるとナミの手をぐいと掴み立ち上がらせた。

 そして「仕方ねェな」と文句を言いつつ手を掴んだまま家の外へと歩きだした。





                     ◇◆◇





「痛い、痛いってば。いい加減放してよ!」

「ダメだ」

「逃げないってば、ね、お願い」

「そう言って手を放した途端逃げるだろうが。てめェの行動はわかってんだよ、おまえこそいい加減諦(あきら)めろ」

 道すがら幾度(いくど)となく同じ会話が繰り返された。それはもう、何度も何度も。

 決して手首に食い込む程強く握られている訳でもないのに、ゾロの大きな手にすっぽりと収まっている形で握られているナミの腕は引っ張っても押しても、逃げる事は許されなかった。

 いっその事「変態ー」などと叫んでやろうかと思ったが後々面倒なのでやめた。

 ナミの気力が萎(な)えてきた時、ようやく目的の場所に到着したようだった。


 そこは嫌というほど毎朝通い続けたゾロの家。ビシっと家を指差し咆える。

「ほら、家に着いたわよ。さ、手を放して」

「よっていけよ。せっかく連れてきてやったのに、あのままじゃあ家に居辛いんじゃねェのか?」

「連れてきてもらった、の間違いでしょうが。アンタの迷子気質はいつになっても変わらないんだから。それに家に帰れなくても泊めてもらえる場所あるし。さ、放して」

 ナミの家をでてからというもの、まっすぐどこかへ向かっているゾロの行動に――たぶん家に帰ろうとしているのだろう、と予想してナミは曲がり角曲がり角で「右!」とか「違う、そこ左!」などとゾロの拘束に抗いながらも的確に指示していた。

 逃げれない状態で隣り町まで連れて行かれるなんてたまったものではない。それに、これ以上一緒にいたくない気持ちも大きかった。
 ナミはゾロを送り届けたら直に帰るつもりでいた。

 彼女にニコニコとしっぽを振って世話してもらってる大型犬――ゾロの家など見たくもない。掃除がゆき届いていて、作り置きされている料理が冷蔵庫にでもあるのを見てしまったら。

 間違いなく――この間必死の思いで飲み込んだ言いがかりの数々でゾロをなじってしまう。それだけはしてはいけない気がした。

 だが、ナミの言葉に更にムッとした表情を見せたゾロは無言のままナミの手を逆にきつく握り部屋へと引きずって行った。




「痛いってば――」


 階段を登りいつの間に取り出していたのかカギを差しこんで施錠(せじょう)を外す。
 
 ゾロは文句を並べる前にナミを先に玄関へと押し込んだ。

 後ろ手に閉められたドアに立ちふさがるようにしてゾロが立っているためドアからは逃げられない。この部屋は2階なので窓から飛び降りるのは利口とは言えなかった。

 だからナミにできたのは見下ろすゾロに負けないように睨みをきかせて見上げる事だった。

「靴、脱いであがれよ。いつまでもそこにいたら入れないだろうが」

「押し込んだのはどこのどなただったかしらね? アンタが靴脱いだら私も帰るから、勝手に脱げばいいじゃない」

「脱がないと脱がす」

「…………」

「…………ついでに服も」

「……――変態! わかったわよ、脱げばいいんでしょ」

「言っとくけど靴だけだからね!」と宣言して、渋々脱いで玄関のドアに近い所に揃えて置く。

 けれど、部屋に入ってナミは激しい後悔を覚えた。


(やっぱり逃げればよかった)


 綺麗に掃除された部屋。

 きちんと畳まれた洗濯物。

 片づけられた流し。

 テーブルの上には可愛らしい花瓶が置かれ、花が生けられている。


 ナミが毎日ここに来ていた時には部屋は散らかり放題だった。朝ある程度整えても翌日来ると昨日の片づけた部屋はどこへやら。流しには洗いものが溢れかえっていたし、もちろんテーブルに花なんてなかった。
 


 ――――自分じゃない、誰かが入った証。


 ナミにはそう思えた。





 同時に理性でせき止めていた感情が溢れかえる。


 ……――もう、言葉を抑えきれない。





「アンタって最低。部屋…………私が朝バイトに来てた時より綺麗になってるじゃない。なに、新しい彼女の素晴らしさをそんなに見せつけたかった? よく気がつく彼女だって!」

「ああ? 何言ってんだよ、わけわかんねェ。おれにいつ彼女ができたんだってんだよ」

「意味がわかんないのはアンタよ! 言ってる事も訳わかんないし、行動に表したら表したらで釘を射す様なマネして。わざわざ見せつけなくてももう二度と邪魔なんかしないから安心して」

「――邪魔?」

「そうよ。朝起こしにくるなんて邪魔でしかなかったんでしょ? 部屋にまで呼んで見せつけなくてもよかったのに」

 ふん、と鼻白む。それに対してゾロは憮然として溜息をついた。

 けれどその溜息は次第にくつくつと笑いを含みだし、しまいには壁に手をつき体を折って笑い転げた。

「はははは! ……あほぅ、だからおめェはバカってんだ。彼女なんていねェし、第一この部屋片づけたのオレだ」

「――……はあ? え、ええ? アンタが? 掃除苦手じゃなかったの?」

「掃除が苦手なんて一言も言って覚えはねェ」

「じゃあ洗濯物は? 花瓶に生けてある花は?」

「それもおれだ。そんなに意外だったか? だがな、毎日道場の雑巾がけは欠かした事ねェし、やろうと思えば大抵何だってできるぜ」

「…………でも、駅前のスーパーで女の人と楽しそうに買い物してたじゃない」

「ああ? いつだよ、それ」

「一週間前ほど」

「あー……剣道部の買出しだな。練習後に鍋パーティーがあって、じゃんけんで負けた時だな」

「でも、アンタニコニコしてたじゃない――私には見せてくれたこともないような笑顔つきでね」

「――それはおまえが……、いや、それはおいといて。先輩立てるのはあたりまえだろうが。一緒にいたのは部の先輩、こっちは気ィ使って顔引きつってたのは覚えてるけどな」

 かっかっかと快活に笑うゾロはナミが急に黙り込んだ事に気づかないまま続けて喋った。

「こう見えても料理も簡単なやつだったらできるし、雑巾も縫える。まァ、なんだ、裁縫も多少できるってことだ」

「…………」

「なんか言えよ、愛想悪りィな」

 俯(うつむ)きかげんのナミの顔を覗きこむようにしてゾロは表情を伺おうとした。だが、表情を見られたくなかったのか、ナミはサッと横に顔をそらすと小さな声で

「…………なんで黙ってたのよ」

「黙ってたって、料理できる事か?」

「それもあるけど、全てひっくるめて。結局――彼女の件はおいておいて――私がいなくてもよかったんじゃない」

 小さかったナミの声は段々と熱がこもりだし、音量も大きくなっていった。自嘲気味の低い笑いがどこか痛々しかった。

「みんなで私をからかって笑ってたんでしょう? アンタもおばさんも――。それともなに、楽しようとして利用してただけかしら。全部できるんならバイトなんて頼まなくてもいいのに! 私ははじめから必要とされてなかったんじゃない……それなのに、バカみたい」

 泣き喚(わめ)く事こそしなかったが打ちひしがれているのは傍目(はため)にも見て取れた。





 猜疑心に悩まされるナミの言葉を否定したのはゾロの照れたような一言だった。

「何もできなかったからこそ、来てくれたんだろう?」

「…………どういうこと?」

「ナミに来てほしかったから黙ってた。嘘ついたこと怒ってんのか」

 その言葉に今までがんじがらめだった汚い感情が呆気なく解きほぐされた気がした。思わずきょとんとしてしまう。

「――……う、ううん」

 唐突に今までのドロドロした感情が顔が真っ赤になるほど恥かしくなった。だからその事を悟られたくなくて、相変わらず顔をそれしてしまう。けれど、そらしても、背けてもナミの顔を覗きこんでくるゾロの頭に、しゅんと力なく折られた犬耳が久しぶりに見えた気がした。


(私に毎日会いたかったから何もしなかったなんて――)

「バカはあんたもよ、ゾロ」

 とびきりの笑顔を向けて、そして思いっきり笑った。近所迷惑なんて知るもんか。怒られるのはゾロだし、今は勘違いをしていた自分と、回りくどいこの男の行動を笑いとばしたかった。
 だが、内心

(やっぱり毎日餌付けしてただけのかいがあったわね、んふふ)

 とほくそえんでいたとかいなかったとか。






                     ◇◆◇






 後日、すっかりわだかまりの解けたナミは再びゾロの家に毎朝訪ねて来ていた。

 一通り家事ができると知って以来、ゾロと共に台所に立つ事が多くなった。始めは相変わらずグーグー寝ているゾロを張ったおして起こすのも自分の仕事だと自負して。

 リズムの良い音をまな板で刻んでいたナミはふとゾロの言葉を思い出して尋ねた。

「あ、そうそう。この前彼女の話になった時のことなんだけど、言いかけてた事言って。私が何だって?」

「忘れた」

「言わないとご飯抜きよ」

 ニッコリ笑顔のナミはニッコリ脅す。

 観念したのかうなだれたゾロは重い口を開いた。

「言ったら怒るだろうし……おまえ思い込み激しいからなァ」

「うるさいわね、余計なお世話よ。さ、言え」

「笑うと――ナミ、視線外すだろ?」

「は? なにそれ」

「無自覚かよ、やっかいだな」

「何がやっかいなのよ」

 話の先が見えない不毛さに苛立ち始めたナミにゾロがさり気無く爆弾を落とした。それも大きなものを。

「おまえ――おれの事犬かなんかだと思ってるだろう? けっこう前に、笑って『有り難うな』って言った時、それ以降暫くおれの事見てくれなかったから笑うのやめた」

「へー……ってわたしが原因みたいな言い方やめてよね、どーんと笑えばいいわ」

 ふんぞり返って言うも、ゾロは本日2発目の爆弾発言をナミに落とした。



「視線外して照れたナミ見たら、今度こそ抑えきかなくなるからやめとく。つい押し倒しそうになるんだよな、ハハ」

「ああ、そう。じゃあ、わらわ……な……くて……キャーーーーーーーー!」







 私は犬を飼っている――――もとい、実は猟犬の振りしたオオカミでした。

 さしずめ私は赤頭巾ちゃん。

 飼ってるつもりが、狙われている身だったなんて。

 ナミは携帯のメモリーに復讐を誓った日と命名して書き込んだ。









おわり



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