パラレル お題:6幼馴染み


 『海に囲まれた大きな島がある。そこの先端にはちょっとした都市。都市といっても村思考で、島民の間は気安さを持ち合わせていた。

 漁業も盛んで輸出製品の大半は、魚の加工関係が上位を占めている。

 魚が多く獲れるため、子供からお年よりまでみな元気で日々を過ごせていた。』

 目の前を通り過ぎていった漁船を見送って、ナミは昨夜読んだ本の内容を思いだしていた。

 母親がナミの読んでいる本のタイトル「我が島グランド島」と読み上げて、随分難しい本読んでるだね、とあごに手を添え思案顔でいった。その側で姉のノジコは、自分の宿題と格闘しており、ナミと母親のやりとりにまで気を配ってはいられないようだったが。

 (べつにむずかしくないけどね。わからないところは、じしょでわかるし)と思う。

 浜辺をてくてく歩いているのはナミ5歳、うみどり幼稚園に通う園児である。母親とうみどり小学校に通う姉のノジコと共に住んでいる。

 ナミは頭の回転が速く、周りの子供が”あいうえお”を覚えているのに対して、すでにそれを飛び越して姉のノジコの教科書を読んでいた。家族から強制をしいられているいる訳ではなく、自分から自然に読書の回数を増やしていただけだ。
 
 稚園では友達と遊ぶし、笑顔を絶やしたことはない。本ばかり読んでいる変わった子と、いうイメージはなかった。

 ナミは仲良く遊んでいるメンバーと一緒にいて楽しい。飼っていたペットが逃げ出した時もみんなが必死に探してくれたのだ。

 ナミは読んでいた本の内容を思い出すのをやめて、仲の良い友達の顔を思い出した。


 よく食べるルフィ。いつもナミに飛びかかってギュッ〜と抱きついてくるのだ。それを恐い顔で睨んでる子がいるのを知って。本当にわかって抱きついてくるのか、わかってないのか。ナミにもわからなかった。ナミとしては園内でも動物を飼っている気分である。

 次に思い出したのが、ウソップ。鼻が長いから一番に覚えたのよね、とナミは思う。カヤっていうカワイイ彼女がすでにいる。カヤは現在違う幼稚園に通っているのだが、毎日遊びにいっているらしい。ナミにもまだ彼氏がいないのに、ウソップの分際で、と時々ウソップでナミは遊んでいた。違う友達にいわせれば、こき使っていたといっていたが。

 いつもニコニコ笑顔の料理屋の息子サンジ。園内すべての女の子が好きで、園内に留まらず年上にまで手をだしているらしい。実は年ごまかしてるでしょ!? と思うぐらい、誉めるときに口がよくまわる。だがサンジの持ってくるお弁当は美味しく、時々味見させてもらっている。

 歴史好きのロビン。ロビンは年上だが、病気がちで学年が遅れているため幼稚園に通っている。読書仲間で、ナミにとって姉のノジコとは別にもう一人姉がいるようだった。ほかの園児とは違い、少し長い手足もうらやましいな、と思う。

 赤ちゃんのチョッパー。この子は保育園ではなく幼稚園にいる。幼稚園と保育所は敷地がつながっており、柵で区切られているだけだ。以前母親が預けていったチョッパーが泣きやまず、その声が幼稚園まで聞こえてきたことがあった。泣き声が気になり忍び込んだナミを見て、チョッパーが泣きやんだため幼稚園で一緒にいるのだ。


 母親以外で泣きやませることができるのは、ナミの他にもう一人いる。


 剣道バカのゾロだ。彼もチョッパーを泣きやますことができる。ニコっと笑う顔がチョッパーに気にいられたらしかった。いつもは愛想のない顔なのに、たまに笑うとカワイイと思ってしまうのは……ううん、なんでもないやとナミは考えていたことを慌てて打ち消す。

 知らないうちに顔が真っ赤になっていたが、てくてくと歩くナミ以外その場所にいないので指摘するものはいなかった。

 ほてった顔を潮風がなでていく。

 潮のにおいを胸いっぱい吸い込んで、ナミは図書館へと歩みを進めた。

 少しして図書館が見えてきた。今日はロビンに教えてもらった面白い歴史の本を借りにきたのだ。新しいことを覚えるたびにワクワクする。どんな話が書かれているのか、その次のページはどうなるのだろう? と考えると自然と笑みがこぼれるのだ。

 ナミの図書館通いは、ほぼ毎日であった。塾など習い事に通っているわけではないので、友達と遊ぶ以外はここにいる。

 自動ドアをくぐり、受付にさしかかった。

 受付の人とはすっかり顔馴染みで、今日も挨拶すると、こんにちはとかえしてくれた。

 二階へ上がり、目的の本を探す。歴史関係も幅広く、案内板をみてもナミには読めない字もまだまだあったので、自力で探すしかない。きょろきょろと探していると、ナミは思わず自分の目を疑いたくなるものを見つけてしまった。

 一度目をそらして、もう一度同じ場面があるならば、夢ではない。と自分にいい聞かせて。

 パっと振り返った。

 同じ幼稚園クラスのゾロと隣のクラスのたしぎがいた。楽しそうにクスクスたしぎが笑っている。

 夢ではなかった。何度も同じことを繰り返すことはしない。
 
 その光景を見て驚きのあまり目が点になってしまった。ナミは瞬きができない。はっと、我にかえったナミは踵をかえしてその場を逃げるように立ち去った。静かな場所なのでパタパタと駆ける足音が響く。その足音に、ゾロが目を向ける。

 ん、ナミ? と思ったときには走り去った人影はもうその場にいなかった。


 わけがわからない。別に悪いことをしたわけではないのだから、逃げなくてもよかった。会っても、やっほーとでもいえばよかったのに。それ以上、ナミはあの二人を見たくないという気持ちがした。走った息苦しさとは別にモヤモヤとした気持ちがする。


 ……この気持ちはなんていうんだろ?


 下を向いていたら涙が落ちそうになった。涙だけは流してはいけない。困らせてはいけない。暗示をかけるように自分にいい聞かせる。

 しばらくして、だいぶ胸のモヤモヤが静かになってきた。落ち着くと、当初の目的を思い出した。今は余計なことを考えずに、本を読もうと思った。

 モヤモヤとしている心臓を自分で気づかない振りをしてやりすごす。目は本を探し始めていた。

 (……えっと……。えっと…………ん、あった! ……一番上の棚……届くわけないじゃない。踏み台に乗ったって、私の身長じゃあ無理よね。誰かに頼もうにも周りに誰もいないし。――よし! 手を伸ばせば届くかもしれない。やってみるだけやるか)

 ナミはキャスターのついた踏み台をコロコロと転がして、目的の本の下あたりにすえる。片足ずつ階段状の踏み台を登り、一番上の棚に手を伸ばす。

 少しでも手が届くように下を向いて腕をめいいっぱいに伸ばしたが、どの本かわからず仕方なく上を見上げた。


 ――それがいけなかった。


 見上げたと同時にバランスが崩れ、体重が後ろにずれた。



 頭から落ちる。



 頭をかばうこともできず、ナミの体は床に叩きつけられ――

 ナミ!!!

 意識を手放す前に、聞きなれた声が聞こえた気がした。気になるあいつの声が。
 


 ナミと床の間にスライディングのように、とっさに誰かが体を滑らせた。自らの体をクッションにしたのだ。



 踏み台から助けたのは図書館で働いている司書の青年であった。返却された本を棚に戻そうとして、足もとのおぼつかないナミを見つけたのだ。注意しようとした矢先のことで、もう少し遅ければ危ないところであった。

 駆け出すときに、違う角から少年が同じ様に飛び出してきた。とっさのことで、ナミのことを優先したため少年を突き飛ばす結果になってしまったが。

 少年――ゾロはしりもちをついた。青ざめた顔をしているが、助けられたナミを見て心持ちほっとしたようだった。

「ふぅ……あぶなかった。ナミちゃん、ナミちゃん! 脳震盪おこしてるかもしれないな。そこの男の子大丈夫かい? 受付で誰でもいいから呼んできてほしいんだけど。立てる?」

「――う、うん。大丈夫だ。誰か呼んでくるから。ナミをお願いします!」

 そういってゾロは脱兎のごとく駆け出した。

 青年は気を失っているナミに聞こえないとはわかっていたが、「いいだんながいるね」と囁いた。それと同時に少年にいっておかないといけないこともあるな、と心の中で呟いた。

 ひょこひょこ歩きで、難しい本のある二階へ通うナミのことは図書館で働く誰もが知っていた。青年は毎日のように図書館へくるナミに対して、10歳年の離れた妹と重ねて見ていた。ついつい面倒をみたくなる。だから、ナミのことも可愛がっていた。兄のような気持ちで、一言いっておきたいと思ったのだ。

 少年が戻ってくるまでに、青年は自分の怪我がないか簡単に調べる。

 そこに、ゾロが他の職員を連れて戻ってきたので、大事をとってタンカーに乗せ病院へ行くことになった。

 子供とはいえ、人を床で受け止めたことで骨に異常はないかを調べるために、青年も行くこととなった。

 青ざめた表情で心配そうに見つめるゾロに対して、「一緒に行くかい?」と青年は声をかけた。

 ゾロはこくりと頷いた。

 車内は静かで、外を走る車の音のほうが煩いくらいだ。

 沈黙を破るかのように、青年がゾロに問う。

「さっきは突き飛ばしてごめんね。僕はタキ。ナミちゃんは僕の妹と歳がちかいんで、僕は勝手に兄気の気分でついつい親身になっちゃうんだけど。余計なことだけど、一ついっていいかな。その体で受け止めようとしたことはよくない。自分のできることと、できないことをわからなきゃ。ああ、悪いっていってるんじゃないよ? あの時は僕もそうしたし。でも子供の君が受け止めるには無理があるよね?」

「……ゾロ。名前」

「ああ、ごめん。ゾロ君だね」

「……わかってる。自分が子供で、できないことが多いってこと。だから体も剣道で鍛えてる」

 ゾロは下を向いたまま、膝に置いている拳を握り締めた。

「わかっててくれたらいいんだ。ただ、ナミちゃんを大事に思うなら、ああいうことが起こらないようにすることは、できるんじゃないかな。子供だからできない、って片づけるんじゃなくてね。今回のことはナミちゃんが悪いっていえば、それまでなんだけど。でも、ゾロ君は自分が許せなさそうだったから。この話は覚えていてほしいな、今は難しいかもしれないけど」

「ナミがいつでも笑っていられるように、おれ頑張る! タキさん、助けてくれてありがとう」

 ゾロの手の甲に涙が零れて落ちた。



 病院でナミに外傷は見られず、その他の検査も問題がなかった。じきに気がつくだろうと医者がいっていた。

 ゾロはナミの手をぎゅっと握り締めて、ベットの端にもたれかかっている。

 ナミを助けてくれた青年のほうも異常はなかったが、床で体を打ちつけたため一応シップ薬をもらっていた。

 ナミの家に連絡がとられ、もうすぐ母親のベルメールがくるようだ。ノジコへは無駄に心配をかけないほうがいいだろうと、連絡はベルメールからしてもうことにした。

「ナミごめんな。……な……くて……。絶対これからはおれが守るから」

 眠るナミに向けて囁くようにか細い声でいった。途中囁かれた声は、声にならず口を動かしていただけになったようで、誰の耳にも届かなかった。


 
 ――気持ち悪い。頭から落ちたから? ううん、それもあるけど。ゾロとたしぎが楽しそうに見えたから。ゾロが笑顔だったから。落ち着いて、モヤモヤした気持ちが落ち着いたのに。また思いだしちゃったな。考えごとしてたから、落ちたんだよね。次はもっとしっかりしなくちゃ。だから。泣いちゃだめだ――




 ナミは手が痛いことに気づいた。同時に温かいことにも。だが、なぜそんなに手が痛いのかわからなかった。そっと手を握りかえした。意識が覚醒するにつれて、どうも自分が横になっており、目をあけていないことは理解できた。瞼の裏が明るい。

 そっと目をあけてみた。

 目があう。顔を歪ませたゾロと――今まで見たこともないような顔をしていた。
 
 大人しかった心臓がマラソンを始めた感じがする。

 ガバっと体を起こして、

「な、なんで?!」

 口では問うていたが、頭の片隅では踏み台から落ちる前に名前で呼ばれたような気がしたことを思いだした。

「暴れないように見とけって。見張りだ」

「なんっ! ……あ、頭クラクラする」

「病人は寝とけ」

「たしぎはどうしたの?」

「あ? なんで一緒にいたこと知ってんだよ……って! やべェ。あいつのことすっかり忘れてた」

「いいよ。たしぎのところ行っても。あたし元気だから」

 と、多少クラクラするが無理に笑顔をつくっていった。

「あほぅ。おまえのことほっておけるか! 病院壊されたら困る」

 口では減らず口を叩いてるが、ゾロは握り締めた手を離そうとはしない。

 ナミとしてはゾロがいる理由がさっぱりわからない。考えようとするが、どうしてもゾロに掴まれた手に視線がいってしまう。頭が火照る一方だった。

 そんな慌てるナミを見て、ゾロはより握る手に力を込めた。ナミにあてられた部屋は個室で二人以外に人がいなかったから別に恥かしくなかったし、心配させたことへの多少の仕返しであった。

 視線をナミから床へ落とし、見上げるようにナミに視線を送る。

「守ってやれなくてごめんな。これからは絶対守ってやるから」

 と、さきほどとは打って変わり、今にも泣きそうな声でいった。

「…………」ナミは答えない。否、答えられないでいた。涙がとめどなく溢れてきて、言葉にならないのだ。あれほど泣いてはいけないと誓ったのに。ゾロには負ける。



 負ける?



 ああ、と唐突にナミは理解した。モヤモヤした気持ち。ゾロが好きなんだと。だからたしぎが一緒にいたら嫌な感じがしたのだ。すっとモヤモヤがどこかへと消えた感じがする。あははっと、泣きながらナミは笑った。

「ナミ?」

 それをいぶかしんだゾロが心配そうに見つめている。

「わかったの。わかったの。ゾロが好きだってことが!」

 と満面の笑みで答えた。

「つっ」

 ゾロはその表情に鼻血がでるかと思った。


 (かわいい。おれがナミにいえなかったことを、こいつはさらっといって。恥かしがってたおれはバカか? ちぇ。おれから告白はぜってェーしねェもん!)



『さすが我が娘。男をはめるポイント知ってるね♪ あんな可愛いこといっちゃってさ』

 と、その会話を病室へいつ入るかタイミングを逃しているベルメールが、苦笑をもらしつつ廊下で聞き耳をたてていることは、微塵も知らない二人であった。








おしまい










<あとがき>
今回は子ゾロと子ナミ話を書きたかったんですが……。本当に幼稚園児の会話かな? と頭を傾げるばかりです。
でも最近の子は難しい言葉を使うのでOKってことで書きました(笑)
作品の中で、ナミさんは賢い子ですが、ゾロも同様にかしこい子供です。勉強のできるという意味ではなく、考えかたなど。
図書館に働く青年がいってた”できることと、できないこと”は、ずっと昔から思っていたことですね。『なんで子供はだめなの!? とか色々いって親を困らせました。(反省)』


さて、この作品のゾロナミは幼稚園児、ということは……その続きもボチボチあげていきたいですね(笑)
ここまで読んで頂いてありがとうございます














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