「ナミはおれのだ!」

「いや、おれのだ!」

「違う、おれのだって言ってるだろゥ。コノ、コノ」

「イタ、イタタ。なにすんだよ、コノ!」

 ボカッ、ボカと、いや正確にいうならば――ポコ、ポカと。

 互いの髪をギュっと根元から引っ張って、ゾロ達は殴り合いを繰り広げていた。目には大粒の涙を浮かべ、足では器用に相手の膝(ひざ)目掛けての蹴りあいの乱舞。擦りきれた頬は血が滲(にじ)み、足にはあおたん。

 それでも2人のゾロ達は喧嘩(けんか)をやめなかった。

 


 2人のゾロ。

 


 片方は真一文字に結んだ口が負けず嫌いだとわかるゾロ、もう片方のゾロは潤んだ目から今にも涙が零れそうなのに大好きなナミの前では泣けない! と一本気の強いゾロ。

 普段見慣れた筋ばった腕ではなく、ぷにぷにと肉付きのよい腕に、まん丸の顔が乗っかっている。あどけない顔が印象の子供達。

 容姿はまったく同じで、年格好も同じ。

 そんな彼らが急に突然はたと喧嘩をやめて彼女の方へと問い掛ける。

「ナミはどっちが好きだ!?」

「…………」

 急に問われた彼女は訳がわからず口をポカンとあんぐり。

 なにがなんだかわからない、だって昨日までゾロは1人だったじゃない!

 でも目の前にいる2人のゾロはまるで1人のゾロから分離した双子のようだけど……。

 ナミは叫びたくなるのを辛うじて我慢した。けれど混乱するばかりで考えても解決にはいたらない。

 無意識にがしがしと頭をかく手にも力がこもる。ついにナミは思い切り叫んだ。

「どうなってんのよー!」













パラレルお題:1家族











「なにがどうなってんのよー。もう、冗談じゃないわ。ここはどこよ!?」

 その日何度目かの文句をブツブツもらしていると、テテテテとゾロ達が近づいて来て

「ナミィ、騒ぐなよ。近所迷惑だろ」

「だろ」

 それだけツッコムとゾロ達はまたワーワーと遊具で遊び始めた。

 ここは昨日、詳しくは昨夜ナミが寝つくまでいたゴーイングメリー号の船室ではなかった。左右を見渡しても海なんてどこにもなかったし、あるのは公園と後はぽつりぽつりと建つ家々くらいなもの。

 人に場所を聞こうにも、誰も見当たらないので聞きようがなかった。

 はあ……と重い溜息をつく。ギイギイと錆びた悲鳴を聞きながら、ナミはブランコを揺らす。

 陰気なナミとは対照的にゾロ達は2人で遊びを見つけては、新しい発見だとはしゃいでいた。

(それにしても似てるわよね――双子、かしら? ゾロの隠し子……だと考えるにはちょっとね、子供が大きすぎる気もするし)

 小石に蹴躓(けつまず)いたのだろうか、片方のゾロがコテンと派手に転んで泣き喚(わめ)き始めた。

 もう1人は泣くな、男だろ! と励ましていたが、その内一緒になって泣き出した。

 双子だからかしら。

 とナミは他人事のように冷めた目で見ていたが暫くすると

「泣きたいのはこっちよ……まったく。仕方がないわね」

 お尻についた砂をパンパンと払ってゾロ達の下へと小走りに駆け寄った。

「ほら、泣かないの。泣いたってお腹が減るだけで、いいことなんてないんだから。泣くだけ損よ? ほら、わかったら泣きやんで」

 甘やかすことなく、やんわり言葉をかける。ゾロ達はえぐえぐとグズってはいたが、ナミの腕に抱きかかえられて安心したのか少しずつ泣くのを我慢した。

「ナミ……いい匂いがする」

「うん……いい匂い。お母さんの匂い……」

 ギュっといがみついてくる子供達を邪険に扱う事も出来ずナミは戸惑う。

「あのねーまだ結婚もしてないこの美人航海士を掴(つか)まえてお母さんとは失礼な!」

 という言葉が咽(のど)まで出かかったナミだったが、幼子にそれを言ってはなんだかさすがに可哀相な気持ちになったので慌てて飲み込んだ。

「それにしても……あんた達のお母さんはどこにいるのかしら?」

 ボソリと呟くナミにゾロ達は先ほどまで泣いていたのがウソのようにクスクスと笑いだした。

「なに言ってるの? へんなナミ〜」

「そう、そう。へんなナミ〜」

「はあ? なにか変な事言った? ……にしてもその顔で言われるとなんだか腹が立つのは気のせいかしら」

 これだから子供はわからない。急に泣きだしたと思ったら、次の瞬間にはケタケタと笑っていて。

「おーい、ナミ、ナミ返事しろ」

 遠くからゾロの呼ぶ声が聞こえる。どうやら自分を探してくれてたらしい。

 とナミは慌てて言葉を返した。

「公園にいるのよ、こっち。ちょっと見てほしい子達がいるんだけど、速く来て!」

「ったく人遣い粗いやつだぜ」

「聞こえてるわよ! つべこべいわず来る!」

「……恐ェ。はいはいっと」

 もう、とナミが呆(あき)れていると、腕の中のゾロ達が目の端に涙をためて、ナミを見上げた。

「もうお別れだな……。会うとうるさそうだし。帰るとするか……でも、もっと遊んでもらえばよかった」

「うん……でも、でも。また逢えるし!」

「え、なに? どこか行くの?」

 腕の中のゾロ達がしゅんとうな垂れて今にもいなくなりそうな顔をしていたのでナミは落ち着かない気持ちになった。

 心なしか2人の体が透き通って背後の風景が見え始めていた。

「あ、んたたち……どうなって……」

「大丈夫、また会えるから」

 2人は互いに頷きあうと声をそろえて

「またね、お母さん」

「まっ――」

 待って。という言葉も紡げない間にナミの前からゾロ達は初めから存在していなかったようにいなくなってしまった。







「――……っ!」









「おい、大丈夫か?」

 気遣わしげにゾロがナミへと尋ねた。

 ビクっと身体が強張って、シーツを握る手に自然と力が入っていた。

 汗をかいたのだろう、嫌な湿り感が背中をなでる。耳を澄(す)ませると波の音が聞こえ、かすかにツンと鼻をつく塩の香りもする。

「ここはメリー号の中……よね」

「あ? 陸をでたのは5日前だろうが。……それよりうなされてたが大丈夫か?」

「……じゃあさっきのは……」

「水でも飲むか?」

 ボソボソと呟く言葉がゾロにはうわ言のように聞こえたのだろう。さりげない心遣いが嬉しい。

 隣りで寝ていたこの男はぶっきらぼうだが優しい。この男とならあの子供達を迎えられると思う。

 ま、この先なんて誰にもわからないけどね。

 でも、そんな彼だから夢の内容を話してみようと思った。

「夢を見たの」

「夢?」

「そう、双子に出会う夢――。一度に2人なんて大変そうだわ〜。頑張って、あ・な・た」

「な、な、またからかってんだろ!」

「あら、おおマジメよ。ふふ」




 またあの双子に会えるのが待ち遠しい。やんちゃそうで、それでいて優しくて、可愛い子達。一度に2人なんて子育てが大変そうだけど、予行練習として夢の中に会いにきてくれたのもかもしれない。

 ナミは釈然としない顔を浮かべたゾロにニコリと微笑みその腕(かいな)に飛び込んだ。




 寂しがる事なんてない。

 ゾロに似たあの子達はきっと――


 必ず会えるから。









おわり



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