ある国では、気弱な人魚の姫は人間の王子に恋をするも思い届かず自ら死を選んだそうです。

 けれど、この国に住んでいるという人魚姫は……思いの届かなかった場合果たしてどうするのでしょうか?

 それはまだ誰にもわかりません。

 ――なぜなら。

 少し変わり者の姫だったからです。

 この物語は、そんな変わり者の人魚姫の物語。








=人魚姫その8=
















「バカ王子で結構〜。 こ〜んな綺麗なお嫁さんが妻になるんだったらなんでもするぜ、ナミ姫! あ、いっときますけど今回は根回しも十分ですんで、諦めてください」

 フフン、と鼻息荒く自慢気に胸を張る第一王子――サンジにナミ姫はわざと視線をそらして小言をいいました。

「この頭の使い方をどうして普段のレッスンの時に発揮できないかしら……まったく」

 ナミ姫はなんのそのまったく心配した感じがありません。そんな態度にムカっときたサンジ王子は声音を低く落として真面目にまた話し始めました。

「焦る気持ちを押さえようと冷静に努めるあなたの態度は天晴れですが、今回はそうはいきません。おれと結婚するか、おれから逃げてミサイルを故郷に打ち込まれるか。お好きな方をどうぞ?」

「…………万事休す?」

「姫さん? 何諦めてんだよ、諦めたら終わりだろ!」

 苦笑いを浮かべるナミ姫にゾロが悲痛に叫びました。

「ゾロ……」

「いつもの負けん気はどこへ行ったんだ!? そんなのナミ姫じゃねェだろうが!」

 ゾロの進言に動揺するナミ姫を見て、サンジは咆えました。

「従者は黙れ!」

「…………っく」

 腐っても王族に対して逆らえません。ゾロは唇を噛みしめて苦々しく黙り込みました。

 その場になんとも居たたまれない空気が漂いだした、その時。

 居ないはずの声が陽気に聞こえてきました。

「なるほど〜だからサンジは最近マジメに調べ物してたんだな。うんうん」

 よっと、と家具の隙間から突如現れたのは第二王子のルフィでした。彼は先ほどサンジが部屋に入った後でこっそりと続いてナミに内緒で入れてもらっていたのです。

「な、ルフィ、どうしてここに……」

「いやー、サンジがマジメな顔してる時って、だいたい面倒事企んでる時だしなーって思ってつけてきた」

「お兄様を尾行すんじゃねェ!」

「にっしっしっし。ま、いいじゃねェか。お、そだ、それよりナミ、サンジと結婚しなくていい方法がないことはないぞ」

 ハっと言葉の意味に気がついたサンジ王子は慌てて、黙れ! といいましたが、やんわりと遮り、ルフィは遊びに誘うような軽いのりで言います。それに対しナミ姫は

「なに、あんたと結婚でもしろってところかしら?」

 腕を組んでイライラとした感じはしますが声は落ち着いていました。ですが冷めた視線がルフィ王子に真面目に喋れと、無言で語りかけます。

 わかったよ、と肩をすくめて、今までとはうってかわった低いトーンで話し始めました。

「……ああ、そうだ。ウソップでも軍部撤収の権限があったと思うからウソップが結婚相手でもいいんだが、あれは隣国の姫に熱をあげているんだ。互いに望まない結婚なら初めからしないほうがいいしな」

「望まない結婚って、ルフィと結婚するにしても同じじゃないの」

「ん? おれナミの事好きだぜ」

 さり気無く挟まれた言葉に一同が唖然とした表情となりましたが、辛うじてナミ姫が言葉を返しました。

「な、な、知らないわよ、そんなこと!」

「あたり前だろう、言ったことなんてなかったし。おれとの結婚はいやか?」

「あんたね、絶対結婚の意味わかってないでしょ!」

「わかってるって。それに、おれと結婚するとミサイルの凍結が可能だ。おれを選べ、ナミ」


 究極の選択を選ばされたナミ姫の返事はいつものナミ姫とは違い、覇気のない弱々しい声でした。



「考える……時間を下さい」




 一同のかける言葉を飲み込ませるほどに、ナミの一言は低く、重かったのです。

 ナミ姫があてがわれてる自室にゾロと共に戻ってからずっと、姫はぼんやりと時間を過ごしていました。



 まるでカゴの鳥の気分ね、自由だと思い込んで――巣で必死に羽ばたく準備をしてたのに。
 初めから羽根をもがれていたなんて。

 姫という見えない足枷(あしかせ)がジャラと耳につく音を響かせる。ナミ姫は悔しかった。





                     ◇◆◇





 暗い夜空に満月を中心に光が淡く雲間を照らす夜更け。いつの間にか時間は刻々と過ぎて、陽はとうに沈んでしまいました。

 風はそよそよと頬を撫でては髪を巻上げていきます。

 ナミ姫は出窓に乗り出して月を見上げていました。

 頭に過ぎるのは昼間の騒動の事ばかりで、自分はそう遠くない日に結婚相手を決めなければならない。

「…………ふう」



 流れる風に身を置いていたので手にしていた本のページが勝手にめくれていく。






気弱な人魚の姫は人間の王子に恋をするも思い届かず自ら死を選んだそうです〉





 風がやんでふと手元に視線を落とすと海の泡となって消える人魚姫の絵と、1文が載っている最後のページでした。

「ふん、いつ見ても面白くない話しね、まったく」

 知らぬうちに眉間(みけん)に皺(しわ)が寄っていました。

 その理由というのも、ナミ姫はこの人魚姫の話しが大嫌いで、幼い時に寝かしつけるお話で読むとなかな寝付かずにぐずったのでした。

「死を決意させるほど愛するって……どんなに苦しいのかしらね。それとも辛かったのかしら。思いが届かないからって死ぬことなんて私には出来ないわ、足掻いて、足掻いて、足掻いてるうちに――やめらなくなってしまうだろうから」

 絵本をパラパラと流すように読むナミは自嘲気味(じちょうぎみ)に呟きました。

 悲劇で幕を閉じた人魚姫。そんな風にはなりたくないし、なりたいとも思わない。

 けれど、それは自分を基準にした考えで。私には姫という立場がある、大好きな海の民も――


 自分が助かって、大好きな人達を犠牲になんてできない。


 これだけはナミ姫の中で決めていた事でした。

「はあ…………」

 恋もわからない姫は悩むばかりです。

 好きだと――、結婚しよう――と言われても。心が理解できない。



 どんな気持ちで答えたらいいのか。



 どんな気持ちで応えたらいいのか。

 ふっと吐息をもらします。

「……私らしくないかしら、そこにいるんでしょゾロ?」

「あァ。疲れてんだろう、もう寝ろ」

「ええ、そうね。考えたって仕方ないもの。おやすみなさい」

「……おやすみ。じゃあな」

「…………」


 テトテトとゾロが部屋から出ていく足音を聞いてから、ナミ姫は緊張の糸が切れたのでしょうか、目から滴(したた)り落ちる涙をぬぐうことなく眠り始めました。


 翌日ゾロが王宮からいなくななどとこの時のナミ姫には露ほども知るよしはありませんでした。












つづく
(一部修正)

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