ある国では、気弱な人魚の姫は人間の王子に恋をするも思い届かず自ら死を選んだそうです。

 けれど、この国に住んでいるという人魚姫は……思いの届かなかった場合果たしてどうするのでしょうか?

 それはまだ誰にもわかりません。

 ――なぜなら。

 少し変わり者の姫だったからです。

 この物語は、そんな変わり者の人魚姫の物語。








=人魚姫その7=
















 サンジ王子のどこか確信めいた口調に一瞬戸惑いをみせたナミ姫でしたが、ボロをだすことなく、儚げな態度のまま

「あら、王様はおいでになっていませんわ……王様がどうかなされました?」

 ナミ姫の表情は、真に王の身を案じているように見えます。これでは誰もしつこく問いただせないでしょう。

 けれど、サンジ王子は困ったような顔をして

「…………ナミ姫、おれを困らせないで下さい。オヤジは中にいるでしょう? ついでにおれの話も聞いてもらえると有り難いです」

 いえ、と答えようとしたナミ姫にゾロが堪りかねて口を挟みました。

「姫さん……もうごまかせないだろう?」

 何かいいたげなナミ姫を一瞥し、サンジ王子の方へと向きなおって

「王子、王は中においでです。さあ、どうぞ。お話があるのでしょうから」

「助かるよ」

「いいえ」

 自ら招きいれたこととはいえ、ゾロの言葉には抑揚がありません。その言葉は棒読みで――あらかじめ決められた言葉のようです。

 室内へと王子を招き入れたゾロを無言で睨みつつ、ナミ姫は人知れず重い溜息をつきました。

(目で黙っていろ、と合図したのは、こういう事にならないようにするためだったのに……。ゾロのバカ)

 折りしもその時

 後ろ手にドアを閉めようとしたナミ姫の手をがしっと掴む者が現れました。

 叫ばんとしましたが、相手にもう片方の手で口を押さえられ、
 
「しっ、静かに。おれだ、ナミ」

 咄嗟のことでナミ姫も悲鳴をあげれませんでしたが、声を聞いて見知った人物だとわかりました。

 顔だけ振り返り、相手を睨みます。

「ちょ、ル――」

 ルフィ、どういうつもり! と続きを言わんとしましたが、ルフィ王子が口に手を当てて、『しー、静かに。黙っててくれ』と小声で言ってきたので、ナミ姫はモゴモゴと仕方なく黙りました。

 先に部屋に入ったサンジ王子とゾロはナミ姫とルフィのやりとりが見えません。なので、ルフィ王子がいることは先を歩く2人には知られていませんでした。

 そのことをいいことに、ルフィ王子は小声のままナミ姫に頼みました。

「なにも言わずこの部屋にいれてくれ。ただし、2人には内緒でよ」

 ニカっと屈託のない笑顔でルフィ王子はお願いしました。





                     ◇◆◇





 ナミ姫がコクンと無言で頷くとルフィは目で有り難うと合図して、サッと物影に隠れました。その動きに無駄はなく姫の先を歩くサンジ王子とゾロにも気づかれていません。

 ルフィ王子が隠れた事を見てとると、ナミ姫は客人にお茶を出すようゾロに指示します。




 乾いていた唇を紅茶で潤した後、ナミ姫は伏せていた目線をあげ、向かいに座し珍しく真面目な顔をしているサンジ王子を見つめました。

 普段の彼ならば女性とのお茶を飲んでいる時に相手が顔を真っ赤にするまで褒めちぎらない、などといったことはなかったのです。その王子が口を真一文字に結んだまま喋らないという行動にナミ姫はどことなく落ち着かない気持ちになりました。

(調子が狂うわ……でも相手のペースに自分のモチベーション崩されてたまるもんですかっての! ただでさえルフィ王子までいるっていうのに。よく考えて喋らないと痛い目みるわね)

 ナミ姫は膝(ひざ)の上に置かれた手を静かに握りしめ心の中で叫びました。


『負けてたまるかー!』



 そんな叫びを心中であげている事など知るよしもないサンジ王子は微笑を浮かべ、さも爽やかな王子を演じて

「姫、王はどこに行かれたのでしょうか? 見た所この部屋にはいないようなのですが……」

 左右に首を巡らすサンジ王子の言葉にビクっと露骨に顔が引きつるのをゾロは隠せませんでした。

「…………」

 恐る恐るベットの下から出ている片足に哀れみの視線を送ります。その後すぐにナミ姫にも視線を向けてみますが、姫はゾロの意味ありげな視線にもにもどこふく風といった調子です。

 それを見たゾロは

「女って女優だな……」

 などといった言葉は恐くて口にはできませんでした。




 サンジ王子に問われてナミ姫はキョトンとした顔をしましたが

「あら? 先ほどまでいらっしゃったのに本当どこ行かれたのかしら。王は隠れるのがお上手ですわね、ホホホ」

「……そうですか。では王――父の居場所は今は関係ありませんので置いておいて。そろそろ核心の話でもしましょうか」

「核心、ですか」

「ええ、そうです。ナミさん――いや、ナミ姫、是非俺の后として城内に留まって頂けませんか?」

「っ……!」

 言葉に詰ったのはナミ姫ではなく背後で控えていたゾロでした。

 王との緊迫した会話の後にその息子である王子が神妙な顔でナミ姫の部屋を訪ねる。その意味することは――ナミ姫への求婚。結婚についての話だと安易に予想がついていたのに、いざ王子の口から直接ナミ姫へと言葉が紡がれるとゾロは心に鈍い痛いを感じてしまいました。

 たとえそれが自分が招き入れた結果だとしても痛みを感じずにいられなかったのでしょう。

 けれど、いくら衝撃を受けたとしても主であるナミ姫の結婚にしょせん護衛の身分ではゾロに口出しできるはずもありません。ギリっと奥歯を噛みしめて、なるべく心情が顔にでないよう必死に努めました。


(……なにも言ってはくれない、か。もしかしてゾロもおとんとグルだったりして。それはそれで……つっ。やめやめ! 今集中しなきゃいけないのは目の前のサンジ君よ)

 一瞬背後に意識を傾けていたナミ姫でしたが相手に気づかれない程度に吐息をもらすと、キッとサンジを睨むように上目遣いに見上げ鼻でフフンと笑いました。


「いや」


「え? あの、すみません。よく聞こえなかった……というか、言葉を聞きたくないというか」

「あら、声が小さかったかしら? サンジ王子、あなたとの結婚はいやだって言ったのよ。いやっていうか無理っていった方がいいかしら」

「んな、なぜだ?」

 机に身を乗り出してサンジ王子は呆気にとられつつ問います。

「だってサンジ王子には手をつけた女の人いっぱいいらっしゃるじゃありませんか、その中からどうぞ選んであげてください」

 ガクっとうな垂れた王子は下を向いたまま

「ナミさんがその気なら、こっちにだって考えがありますから」

「あら、なにかしら?」

「ナミさんの故郷って海の中ですよね」

 疑問口調ではなく、断定を確認する言い方にナミ姫渋々といった風に、ええと肯定を返しました。

するとニヤっと笑ったかと思うと突然

「長兄の特権ーその16」

「16もあるの、無駄ね」

 ボソリとつっこむナミ姫をふて腐れた態度で王子は負けずに脅しをかけました。

「ミサイル」

「ミサイル?」

「ミサイル、軍事施設」

「軍事施設? それがどうしたの?」

「ミサイル、軍事施設、全権は王子の長兄にあるんですよね」

「だからなんだっていうの?」

 王子を見下ろすかたちとなったナミ姫は段々とイライラしてきました。質問しても単語しか返ってこないのですからあたり前と言ったらあたり前なのですが。

 わけがわからず腕を組んでプンすか文句を並べる姫を見て王子はまたボソリと呟きました。

「海に飛ばそうかなー」

「ギャー! 何言い出すのこのバカ王子」









つづく
(一部修正)

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