『いつになく殺気だち――

 誰かれなしに流し目を送る――

 朗らかな顔だが目は笑わずに――

 おれの事だけヨーガ≠ニ呼ぶ。


 他の仲間の名前は覚えてから一度として間違えなかったのに、だ。

 何度訂正しても口をついて出てくる名前は「ヨーガ」で、もう訂正するのも億劫(おっくう)になった。

 ただおれの名前を呼ぶ時のみ、おまえはおれのしらない男の名を呼ぶ。

 その事がどんなに酷なことなのか、おまえに――いや、身に教えてやろうかといつも思ってしまう。

 今まで刻んできた証をもう一度刻みこんだなら、記憶が戻るんじゃねェかと思うのは浅はかすぎるか?
 
 でも、いつもと違う態度に……表情に……仕草に……どう接すればいいかわかんねェ。


 まだ記憶が無くなる前ならば――どう接すればいいのか曲がりなりにもかわっていた気がする』





 代償 5
 (2004年ゾロ・チョパ誕生日企画。事前アンケート)





「いやァー、ゾロも大変だなァ」

 実にあっけらかんとした声でルフィは海を見つめながら、いつもの特等席――メリーの頭上――で言った。そして真っすぐ前を見つめたままくっくっくと笑う。

 その言葉に反応してか、名を呼ばれた剣豪はしかめっ面を崩さず目を閉じたまま答えた。

「何の事だか、さっぱり」

 一見寝ているようにも見えたゾロが返事をしたのは、ルフィの独り言ともとれる言い方に何かひっかかるものを感じたからだった。

 返事を求めているような言葉でもなかったが、だからこそ気になる。

 いや、最近神経質からだろうか。誰に対しても知らず知らず気を張っている気がする。

 これではやつあたりだと思ったゾロはルフィに続けて声をかけた。

「わりィ、言いすぎた。調子悪くてな――」

「ナミが、だろ」

 被せるように発せられた言葉に、ゾロは驚きに目を見開いてガバッと体を起こしていた。

 ルフィの方へ体を向けても、相変わらず問いかけられた人物は真っすぐ前を向いているのでどんな表情をしているのかわからない。

 だから、だろうか。慎重に言葉を選ぶ。

「あいつはもうピンピンしてるじゃねェか――記憶がない事を除けば」

「………………」

「それに、おまえも見ただろう? 昨日も他のやつらと和んで話して、笑ってたし」

「………………」

「……――おい、何か言えよ」

「本当に……話して、笑って、それだけで元気だっていえるのか?」

 思ってもみなかったルフィの一言に、今度はゾロが視線をそらし黙り込んだ。
 
 ゾロは居た堪れない気持ちがした。

 答えが返ってこないのを気にせず、ルフィは喋りだす。

「注意深く見てはいるみたいだけどよー。それだけじゃァ、駄目だろう。目は虚(うつ)ろだし、目のしたにクマできてるし。最近だいぶ射殺すほどの殺気を抑えてはきているけど。それにナミ本人は気づいてないけど、いつも気を張ってる。――その点はゾロ、おまえと一緒だな」

「…………どうしろってんだ。あいつの記憶戻すには待つしかないってチョッパーも言ってただろゥが」 

 それまで前しか見ていなかったルフィは激しく振り返り、凄味をきかせてゾロを見下ろした。

 今までの笑顔と打って変わり目が冷え冷えとしている。

「だからって傷つけていい訳ねーだろ?」

「傷つけてねェって、しつこいぞルフィ」

 ゾロの答えに、船長は頭をかいて、

「わかってねーならいいや。でも、これだけは言っとく。ナミを泣かせるな、風車のおっさんとの約束だしな、船長命令だ」

「……………………」

 結局、ゾロはその命令に対して答える事ができなかった。





                     ◇◆◇





「あ…………」

「逃げるな!」

 出会っただけで逃げるように踵(きびす)を返して去ろうとしたナミを、ゾロは鋭い言葉で歩みをとめさせた。

 だがナミの目に玉のように溜まる涙と脅(おび)えた表情を見て慌てて言い繕(つくろ)う。

「や、ま、なんだ、その。泣くなよ……頼む。泣かれたどうしていいか正直わかんねェんだ」

 あさっての方向を向いてポリポリと頬をかくゾロにナミはフルフルと頭を振る。「誰が泣いてるっていうのよ!」と言いかえしたいところだがどうにも言葉が出てこない。

 遇(あ)えば「ヨーガ」と無意識に呼んでしまい、その後必ず目の前に立つ剣豪に睨まれる。そんな繰り返しの毎日で、この男は怖い存在だと印象を刷り込んでしまったのだろうか。

「……だから泣くなって」

 優しい口調とゴツゴツした指先で拭(ぬぐ)われた涙を見て、初めてナミは自分が泣いていると解かった。

 違う……、とまた口を開くも出てくるのはヒュー、ヒュー……と頼りのない息だけで、言葉にならない。

 戸惑いの為か苦悩の色が濃くなり、益々表情が硬くなった。

 どうして言葉にならないの? どうしてこの男の前だと強気でいられないのだろう。

 いや、そんな事はないと言わんばかりに、再び口を開いて言葉を発しようと試みる。

「……ヒュー……あ…………ヒュー…………」

 怖いと思っていた男の前で喋れない姿を見られるなんて――羞恥以外のなにものでもないわ! この男の怖さに負ける、ひいてはこの男に屈したも同然よ。

 そこまで追い込まれるほど、ナミは頭が混乱していた。

 もう一度声を絞り出そうと咽に両手を添えた時、

「もういい、もういいから。悪かった……おれが悪かった、ナミ。追い込んですまねェ」

 咽元から無理やり離された両手を筋ばった手で引かれて、そして頭から抱きしめられた。

 強引な大きな手で包まれる。

 (とても……温かい…………)

 居心地のよい温かさを感じながら、ナミは薄れゆく視界の中で意識を――張りつめていた緊張が切れるのが自分でもわかった――手放した。





                     ◇◆◇





 咽の通りがよい為にと粥(かゆ)と水を運んできたサンジは女部屋で当然のように居座る剣豪を見て機嫌を損ねた。

「どうしておめーが居るんだよ、マリモ頭」

「倒れたから運んできた」

 ならばとっとと部屋から去れ、と言いたいところだが、3本の剣を腰から外し抱えて座っていることから見ても本人に動く意志がないことが窺(うかが)える。

 言っても無駄なことを言い争う時間が惜しいので、サンジはあえて喧嘩をふっかけなかった。なにより病人の前で言い争いは気が引ける。

「あとは俺がナミさん看てるから……」

 遠まわしに出ていけと薦めたら、予測通りの答えが返ってきた。

「遠慮する」

「……遠慮しなくていいぜ。なんならチョッパー呼んで来てくれよ」

「てめェで行きゃいいだろうが。どうして俺を使いに出すんだ」

「暇そうだから?」

「……てめェには暇そうに見えてもおれはおれのすることがある、邪魔するな」

「はいはい」

 軽く答えながら、サンジはいつもと違って――いや、普段のゾロらしい反応が返ってきたと言うべきか。言葉に屈しないゾロの姿を見て内心舌打をした。

(チッ、ふてぶてしい態度が戻ってやがる。昨日までは嫌味を言っても無言で去るか、睨んでくるだけだったのに。……――何かあいつを変えるきっかけでもあった、か? となると、ナミさんの記憶が1日でも早く戻る前に――少しでも脳内におれのこと刷り込んでおかないと。


 『記憶喪失のナミさんを見て、必死に看病したおれと何もできず眼光鋭く睨んでいただけのゾロ。さァ、選ぶとしたらどっち?』


 聞いてみたいんだ、ナミさんに。傍(そば)にいて本当に心休まる相手は、本当に睨むしか脳のないこの男なのかって。ナミさんが心配で看病している心に嘘偽(うそいつわ)りはないけれど。こんな時にしか頼られる事がないのなら――おれの肩にしがみ付いて震えるのなら――全力で守る機会を与えられたと思って、チャンスは逃さないつもりだから)

 散らばった洋紙を片づけながら手に持っていた療養食を机の上にそっと置いて、サンジは壁に背をあずけて腕を組んだ。

 視線の先には苦しそうな表情のナミと相変わらず眉根を寄せている剣豪。面白くない構図だからだろうか、つい声が低くなってしまう。けれど面白くないと思っていることを悟られたくないが為にあえて陽気に問いかける。

「おまえわかってんのかよ? おまえはナミさんにとって恐ろしい存在なんだと。そんなおまえがナミさんの目の前に居たら、彼女が起きた時びっくりするだろうが。ひと塊の良心があるなら今すぐここから出ていけ」

「…………あいつが、おれを見て恐ろしいっておまえに言ったのか?」

「そうだ。おまえに似てるっていう……――ヨーガだったか、そいつに睨まれているようで怖いんだとさ」

 ナミが自分を怖がっている、という情報になるほどとゾロは内心頷いていた。それならば、先ほども出会った瞬間逃げようとした訳もわかる。
 
 だがしかし、あえて挑戦的な口調で反論した。

「怖いっていうたまかよ、あいつが」

 言い終わってから、あっ、と何かを思い出したように言葉を続ける。

「あァ、でもそうだな、今のあいつは――あいつであって、あいつではないな」

「どういうことだ?」

 ニヤリと皮肉気に笑う剣豪とは違い、サンジは冷めた目でゾロを見下ろしていた。先ほどまでニヤリと笑っていたのはサンジで、苛々していたのはゾロだったのに。今では立場が逆転している。そのことに互いに気づいてはいなかったが。

「記憶がないって事は、ナミであって普段のナミじゃないってことだろ」

「――あほが。くだらねェ事に頭使う暇あったらもっとマシな使い方しやがれっ! おまえがそこまでバカだとは知らなかったぜ、ったく」

「うるせェ、くそコック」

 怒りをたぎらせて、サンジはゾロをひと睨みすると顎(あご)で扉を示すと外に出るよう促した。

「ちょっとつら貸せよ」





                     ◇◆◇





(あの強引だけど温もり溢れる手を私は知っている。

 筋張って、まめだらけだけど意外と柔らかいということも知っている。

 でも、どうして知っているのかしら?)

 うつらうつらする意識の中で、ナミはあの剣豪の事を考えていた。思うように体が動かない、腕を動かすのも億劫(おっくう)で瞼(まぶた)を持ち上げるのさえも面倒に感じる。

 すると、身動きの取れないナミの耳に男の声で言い争うのが聞こえてきた。

 どうやら自分の事について言い争っているのだと確信できる頃には意識もだいぶしっかりしてきて、先ほど剣豪の腕の中に倒れこんだことまで思い出された。

 あの腕の中に倒れこんだなんて。

 そこまで考えた時、ふとナミは夢の中でも同じことを考えていたことがあったような気がした。
 その実、夢うつつで覚えていなかったが。考えてもせんないことを思うとすぐにその考えは捨てた。

 身を起こそうとするうち、言い争いが聞こえなくなるとその場にいた男達が出て行ったことがわかった。

「…………夢、じゃないわよね」

 火照る額に手をあてながら人の気配を探る。

 どうやら誰もいないらしいと確信が持てたことで、ナミは机に向かうためベッドをでた。

 力のはいらない足どりだったが、ゆっくりと壁づたいに手をついてよおやく机に辿り着く。

 引き出しの一番奥へと手を延ばし、取り出したのは日記。航海日誌とは別の個人的な日記だった。

 気になることは日記に書いておく習慣が幼い頃より自然と身についていたから、ナミはペンにインクをつけて書き始めた。

『今日でもう記憶をなくして何日目かしら。いいえ、正しくは記憶の欠如と書くべきね。記憶を無くす前の私も日記をつけていたから、とても助かってるわ。記憶が欠如して初めて気がついた時には、「ああ、なんていいカモを見つけたのかしら!」ってここのクルー達の生ぬるい人柄を見て思ったものだけど。本当は違ったのね、ここでは笑顔が溢れている。

 でも、

 ねえ私、どうしてあのヨーガそっくりの男――海賊狩りのゾロがいる船になんて乗ってるの?

 そっくり……いいえ、似てるってもんじゃないほど。瓜二つよ!!

 ねえ、辛くなかったの? これからも辛くないなんて言えるかしら?

 ヨーガはもういなくて、今、私はヨーガに似た人の傍にいる。それが意味することは、ヨーガの面影をロロノアと重ねてるの?

 私にとってあの男は恐ろしい……そして怖い。船に乗っている他のクルーは気さくに声をかけてくれるけれど。記憶が欠如している私に、「おまえは誰だ」っていう無言の視線で威圧してくる。

 まるで見知らぬ人を見るみたいに。そりゃあ記憶が欠如してる私なんかかかわりたくないだおろうけど。

 大きくて筋張った手は、意外に温かかったけれど。

 きっと心が冷たいからよ。……きっとそうだわ』

 声にだせない叫びを日記につづる。

 誰にも言えないからこそ。

 分厚い日記を再び引き出しの奥へと押し込んで、ナミはベッドで休もうと椅子をひいた。

 その時――

 ズドオォォォォォォォン!! と地響きが船内を縦に揺らした。

「なにごと!?」

 地震かと思ったが、すぐにここは海の上だということに気づき必死に気を静める。

 ドクドクと耳にまで聞こえる鼓動を、胸に手をあててなだめつつ、ナミは頭上を睨みつけ

「ちっ」

 一言毒づくと、重い体にかつを入れてなんとか部屋を飛び出した。





                     ◇◆◇





 空は分厚い灰色の雲に覆われ今にも雨が降りそうだった。遠くでは雷鳴が轟き、グランドライン特有の天気の移り変わりを示唆していた。

「なにやってんのよ!」

 甲板で繰り広げられる光景を目の当たりにして、ナミは思わず叫んでいた。

 いつもかいがいしく世話をやいてくれるコックのサンジとロロノアが殺気を隠さず睨みあっていたからだ。

 先ほどの爆音もこの2人が技を繰り出した産物だろう。船を揺らすほどの衝撃が続けば、いつ船が大破してもおかしくない。

 喧嘩かいざこざか、どちらにせよやめさせなければ。

 そう思ったナミはもう一度声を張り上げて叫ぶ。

「船を沈める気!? ねえ、2人ともやめて」

 ナミの声を耳にとめたゾロは「黙ってろ!」とサンジと対じしたまま鋭く一喝した。

「てめェ、ナミさんにあたるなんて最低なヤローだな」

 一方のサンジはゾロにはき捨てるようにうなると、一転してナミには優しく、

「あ、ごめんねーナミさん。このバカ言ってもわからないから体でわからせてる最中なんだー。教育的指導? だからちょっとまっててねー、すぐ温かい飲み物用意するから」

「なっ――ちょ、ちょっと」

 ナミが言葉を挟まないうちに両者は再び爆音をはためかせ地を駆けた。

 次々と繰り出される技といなされる技、どちらかが甲板を蹴るたび熱を持つナミの足を容赦なく揺さぶる。あっと思うが速いか、足を取られて地に両手をつく。思うように立てず手すりを掴んですがる状態がやっとだった。
 
「どうなってんのよ、どうして他のやつらは止めないのよ!」

 力の限り叫んでも誰もこの状況に気づいていないのか甲板へは現れない。こんなにも船全体が嵐にあったかのように揺れているのだから気づかない訳はないというのに。

 そこへまるでナミを嘲うかのように、大粒の雨が無情にも降り注ぎだした。豪雨といってもいい。近くにいる男達でさえ視界に映らないぐらい激しい雨だった。

 それでも闘いは止まらない。

 いや、中断する気も――ひいてはやめる気がないのだろう。男達に豪雨は関係ないようだ。

 この闘いはナミが割って入るには到底無理なものだ。無理なら放っておけばいい、それだけのこと。

 いつもならば――そう、いつものナミならば。

(普段の私ってなに? 騙し騙される毎日ならばこんな面倒は放っておくわよ。誰が好き好んで係わるかっての。 でも、放っておいたらいけない気がする……やるせない思いに駆られる
。誰の手も借りられないし、貸してもらえない。ましてや助けてもらえる仲間もいない)

「利害だけで生きてきたから仕方ないけどね……」

 自嘲じみた言葉がつい口をつく。か細く決して自分以外誰にも聞こえはしないであろう独り事。


「だから言ったでしょう? あなたには――いや、あなた達には無理なのだと」

「誰!?」

 突然耳元で囁かれたナミは悲鳴に近い声で叫んだ。

 豪雨のせいで気配を消して近付いたのに違いない。それにしてもたとえ豪雨の中であっても接近を許すなど、苦い気持ちに悔やむ。だがすぐ身構えて相手の出方を伺った。

 険しい表情のナミに対して、姿なき声の主は弾むように声を発した。

「おっと、そんな身構えなくてもいいですよ。あなたに危害は加えません。以前にも言ったでしょう……とあなたは記憶が欠如してるんでしたっけ。これは失礼を」

「どうして記憶の事を知っているのかしら? それと、危害を加えない補償なんてどこにあるのかしらね」

「ナミ、あなたは変わらないですね。その質問も以前と同じ、威嚇するような目つきも同じ。変わった点をあげるとするなら……その容姿ぐらいですか」

「あんたとのんびりお喋りする気はないわ」

「……それもそうですね。では完結に。『あなたは選ばれた逸材であり、新世界に必要な人物。さァ、我々と共に』」

「……――新世界ですって? 話が突飛すぎじゃないかしら。そんな話鵜呑みにしてホイホイついて行くと思ってんの、私も安く見られたもんね! それより、姿見せなさいよ」

 豪雨の影響か、おおしけでうねる海水が時折口に飛び込むのも厭わず、ナミは姿が見えない相手にがなった。

「まァまァ、そんなにがならずとも私の耳にはちゃんと届いてますよ。姿が見えないのはこの豪雨のせいかもしれません。といっても姿の有無に係わらずあなたは仲間になるでしょうけれど」

「脅しかしら?」

「予言ですよ。……とはいえ、時間がないのも事実。面倒ですがここで無理やりあなたを連れて行くと――――うっ、しまった!」

 姿なき来訪者はそれまで崩れることのなかった弾む声を濁し、初めて調子を変えた。中性的な声は影を潜め、擦れた男の声がかすかに聞こえた気がした。

 男の声だと思った次の瞬間――

 ドォォォォォォォォォォォォォォォォン!!

 雷が柱となり、船を直撃した。





                     ◇◆◇





 海水でべっとりとしている。手を横へ真っすぐに伸ばすと水がポタポタと滴るし、髪の毛も服も、もちろん下着までもずぶ濡れと言ったほうがしっくりくる。いつもは雨の中なら必ずレインコートを着て甲板で船員に指示を出していたのに。

 何か変ね。

 おかしいのはそれだけではない。雨の中へ跳び出した記憶も、クルーを叩き起こして指示を出した覚えもナミにはなかった。

 頭を傾ぎつつ、マストの点検を行う為足元にうつ伏せで寝ていたゾロを足蹴りにして起こした。

「あんた何のんきに寝てんのよ。ちょっと、ほら、マストの点検してきて」

「んん…………」

「寝ぼけてないでサッサと動く! ほら、ゾロ速く。あ、サンジ君も嵐の中外で寝てたの? もう、しっかりしてよ」

 ゾロを起こす最中、ドアの戸にもたれるようにして熟睡しているサンジを見つけてナミはサンジにも声をかけた。

 嵐の勢いがすさまじかったのか、いつもならば声をかけるだけで跳び起きるサンジが今日は目を覚まさなかった。

 一方ナミの声に反応したのか、ゾロががばっと目を見開いて勢いよく起き上がった。

 かと思うと、がしりとナミの肩を両手で掴み詰め寄るようにして、

「……――っ! ナミか、おまえナミなのか?」

「な、なによやぶからぼうに。私以外誰がいるっていうのよ」

「おれが誰かわかるか?」

「はあ? あんたはあんたでしょうが」

「そうじゃなくて、名前」

「ゾロでしょう? ロロノア・ゾロ」

「………………戻ってよかった」

「はあ? なに……」

 ――――わけがわからない。そう言葉を続けようとしたナミの言葉を遮り、ゾロは痛いぐらいきつくナミを抱きしめた。





                     ◇◆◇





「結論からするに、航海士さんは直接的ではないけれど雷の影響で記憶が戻ったって訳ね」

「最近の記憶がないと思ったらそういうことだったのね……私何か変だったロビン?」

「ふふふ……さあ、どうかしらね」

「ふふふって、余計気になるって」

 嵐の夜から数日後、ナミはサンジお手製パンプキンパイを頬張りつつ、ロビンと談話に興じていた。

 紅茶を飲みながらあの時の事を思い出すと頬が染まる。

(ゾロに痛いほど抱きしめられた後、抱き上げられたかと思うとその格好のままチョッパーの元へ連れていかれた時は何事! と思ったけど。冷静に考えると嬉しかったような恥かしかったような……まあ、あいつなりに心配してくれたってことよね)

 診察を受けて異常がないとわかった。ただ、記憶をなくしていた時の記憶は定かではないらしく、落雷の少し前に何か気になる事があったような気がすると船医に告げた。
 
 事態をよく飲み込めていないナミだったが、自分が記憶をなくしている間サンジとゾロとの間にひと悶着あったことは悟ったらしく、傍を離れようとしないゾロをやんわりたしなめたりもした。

 ナミにとって嵐の夜からここ数日ずっと気を配っている。

 なんだか空気がピリピリしているようで気が気ではないのだ。

 いまに始まったことではないが、サンジとゾロは目をあわせないし、なんだかよそよそしい。

 そして気を配りつつも、先ほどロビンとの会話で気づいた事にナミは憤りを露わにして叫んだ。

「どうして嵐でギャンブルの町『ウォーグタウン』が半壊なのよ!! 楽しみにしてたのに」

「仕方ないわね、ふふ」



 悔しがるナミにあの嵐の夜に告げられた預言が近付いていることは知るはずもなかった。








おわり




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