『あいつ覚えてんのか……俺のこと。恋焦がれた髪の長い女――……。あいつに会ったのは、おれがまだ海賊狩りとしてさまよっていたときだっけ……』




 三連ピアス
(2004年ゾロ誕企画)

 




 空は快晴で眩しいくらいだ。先ほどまでグランドラインの気まぐれな天候の変化に付き合わされた麦わらのクルー達は、皆一様に疲労の色が顔にでていた。

 やっと天候も落ち着いたかといったとき――

 ゴーイングメリー号では唯一場所を選ばず、どこでもいつでも――たとえ嵐がこようともお構いなしで――寝る男が大きな伸びをしてムクりと起きた。

 ロロノア・ゾロ。以前は『海賊狩りのゾロ』として名が知れ渡っていた彼も、今では海賊・麦わらの一味としての知名度があり立派な賞金首だった。狩る側から狩られる側へと立場を代えたのだ。

 船の各所でグタっとしているクルー達を見回し、頭をかきつつ

「おいおい、そんなへばってたら嵐がきたとき大変だぜ。気抜きすぎだぞ、おまえら」

「おまえが言うなー……だめだ。ツッコむ気力もねェ」

 ウソップの手首を返しスナップのきいたツッコミもはきがなく、体力の使っていないゾロに対して力なく終わった。


    
                          ◇◆



 時刻は夜中。
 
 満天の星空。星々が互いを主張するかのように光を放っている。

 ゾロは真上を見上げながら、「綺麗だな」

 ついと言葉にしていた。

 吐き出す言葉が白くなり、鼻が赤い。

 少し肌寒く悪寒がしたかと思うと、ズズっと鼻をすする。

 秋島に近づいたため航路が安定したらしく、夜の冷え込みも毛布を被ればまだ防げる。

 ただし毛布を被っていればだが。

 ゾロの服装は反袖、腹巻、ズボンといったいでたちで、見ている側まで寒そうだ。ゾロとて防寒服を季節に合わせて着ることは着る。しかし、冬島以来使っていなかったし、寝ている間に春島から秋島に変わっていたことは知らなかったため防寒服は船内につっこんだままだ。

 さっと走って取ってくればよいものだが。

 ゾロは船番を一時でも離れる訳にはいかない。

 もし、船番を離れたときに敵に襲われたりしたら取り返しのつかないことになるかもしれない――敵の数は多くても負ける気はないが、ナミを人質に取られると、と考えると怖い――アクシデントは待ってはくれないからだ。

 後悔はしたくない。

 ……――あの時のような思いは。

 賞金稼ぎをしていた時、力が足りず目の前でさらわれた、あいつ。

 それに、船番をするとナミと約束したから。

『約束したから』

 ナミとの会話を思いだすゾロは「へへっ」とどこか照れくさそうにはにかむ。

 体を軽く動かし、

「心頭滅却すれば、火もまた水のごとしだ! ……でも、おれが寝てる間になにがあったんだ?」

 首を45度傾げて、昼間ナミとの会話を疑問に思いつつダンベル片手に寒さを堪え、船番に勤しんだ。



 その日夜間の船番はナミだったが

「大変なときに役に立たないんだから! もちろん……今日の船番代わってくれるわよね?」

「なんのことだ? ……どうしておれが?」

 ゾロは理解できないといった顔で聞く。

 ナミはすかさず、にっこりと満面の笑みで一言

「やれ」

「お……おぅ」

 ナミのこめかみに青筋が見えた気がしてゾロは船番を代わる理由が思いつかなかったが、しぶしぶといった風に納得するしかなかった。


 グランドラインの天候は変則的で、予測不可能とされている。その時々海に対する船の操作対処が、今後航海を続けることが出来るか否かに関わっているといっても過言ではない。

 臨機応変な対処が求められる中、男手がとくに頼りになってくる。

 いくら力が強いとはいえ、女の力には限度がありやはり男には敵わない。それに加え、麦わら一味は少人数で最低限の人数で航海を行っている。だからこそ、大変なときには一致団結が必要なのだ。

 そんな今後の航海が続けられるか否かの瀬戸際――

 それなのに――ゾロは寝ていた。

 なにせ急なことなので、他のクルーも自分のこなす作業で手いっぱい。ゾロを叩き起こす間もなかった。

 ゾロが普段から起きないことは周知の事実だったが、今日の珍しく激しい気候の変化にナミも苛立ちがつのっていた。

 つい、角が立ってしまったのだった。


 
                            ◇◆



 女部屋で眠りにつこうとしていたナミがベットに身を起こした。

 少し肌寒い。

 両手で腕をさすりつつも、ブルっと身震い。

(寒いわね……甲板のゾロ寒くないかしら)

 あの場は怒りに任せてゾロに船番を押し付けたが、時間が経って考えてみるとゾロが毎夜に稽古を積んでいるのを知っているため心苦しくそのことを思うと眠れない。

「強くなろうとしてるんだもんね……。いつもゾロに守ってもらってるのに……押し付けて悪いことしちゃったかな」

 ガウンをはおり、すくっと立って

「……チョッパー、起きてる?」

 ナミはゾロに毛布を持っていこうとしたが船番を押し付けた手前自分で持っていくのは気まずくて、チョッパーに毛布を持っていってもらおうと男部屋を静かにノックした。




 チョッパーはナミから受け取った毛布をズルズルと引きずりながら、船番をしているゾロの元を訪ねた。

(『持って行ってあげて』っていうナミの顔真っ赤で可愛かったな〜くくっ)


 ほどなくして、鍛錬をしつつ船番をしてるゾロを見つけた。


 闇夜にゾロにつけられてるピアスがシャラっと光る。


 それはチョッパーにとって初めて見る流れ星のようだった。

 ピアスの三つの光が月に照らされ流れるように見える。あのピアスは……とそこまで考えたところで声がかけられ思考が中断された。

「どうした? チョッパー」

 ゾロは視線は真っすぐ鍛錬していたときとかわらないまま手も止めずに、声だけチョッパーに向けた。

 気配を感じていたのだろう。話かけてこないチョッパーに優しく問うたのだった。

「あ! そうだ、これ。寒いだろうからってナミが」

「ナミが?」

「うおっっ。お、おれそんなこと言ったっけ? あは、あはは、なんでもないよ! ……ゾロは何にも聞いてないよな? な? ナミなんて聞いてないよな?」

 最後の語尾は半ば泣きそうに目をうるませてチョッパーはゾロに聞く。

(そうか……ナミがチョッパーに持ってこさせたのか。自分で持ってくればいいのによ……そしたら一緒に温まれんのに。――あ、いやいや。チョッパーをこれ以上からかうのもかわいそうだし、知らない振りするか)

「おぅ、おりがとなチョッパー」

 そういってゾロはわしゃわしゃとチョッパーの頭をなでた。

 チョッパーはうえっへへ、と嬉しそうだ。ゾロの揺れるピアスを見て先ほど思ったことを口にした。
 
「ゾロのピアスキレイだな! おれ星みたいって思ったぞ! ――どうしてゾロはピアスつけてるんだ?」
 
「これか? ……おれも若かったからな。誓いをカタチに残して信念を曲げないようにするためだよ」

「若かったって、今ゾロはお年よりなのか? でも十代だよな?」

「あぁ、若いって意味は、まぁ年もだが『心』のことだよ。ちなみにおれはまだ十代だぜ」

「へーそうなのか! じゃあ、どうしてゾロは3つもピアスあけることにしたんだ? 誓いが三つあったのか?」

「今日は星が綺麗だし気分もいいな。……――誰にも言うなよ? 約束できっか?」

「おう! おれだって海賊だぁ、誓うよ」

「おし、いい返事だ」

 ゾロは子供のように聞きわけのよい返事をしたチョッパーを毛布でくるみ、ゆっくりと話し始めた。

「……――ピアスをあけたこと自体が『誓いをカタチに残して信念を曲げないようにするため』って言ったよな。ピアスをあけたわけの一つ目が『自分自身へのいましめ』だな」

「いましめ?」

「自分に約束破らないように覚えてろよって言ったって言うほうがいいかもな」

「二つ目は?」

「剣友のくいなとの約束を破らないためだ」

「そっか……ゾロ約束破らないもんな。三つ目は?」

「…………」

「…………?」

「…………」

「目あけたまま寝てんのか?」

「…………」

 じーっとチョッパーは真っすぐな視線をゾロに向ける。

 その目を見て、ゾロはこれ以上耐えられないといった感じで

「だぁ、純真無垢な瞳で訴えないでくれ! ……いじめてる気がするだろが」

「そ、そんなことないぞ!」

「わるかったって。教えてやるって言ったのおれだしな、わりぃ」

 頭をボリボリとしょざいなげにかいて、どこか諦めともとれる態度で話す。

 照れたようにボソボソと

「おれが――恋焦がれた髪の長い女を守るようにっていう誓いだよ」

「えぇっ! ほんとうか、そのこと……」

「あぁ、他の連中にいうなよ? 約束だからな」

「う、うん。――髪の長いって……ナミじゃないのか?」

「……――違う。違うんだ」

 ゾロの最後の言葉はまるで自分にいい聞かせるようだった。



 チョッパーはその後二言、三言会話をした後自室に引き上げていった。理解できない部分もあったようだが、「夜は冷えるから、寝ろ」というゾロに逆らえない。

 ゾロはチョッパーを見送った後、満天の夜空を睨むような目つきでしばし見上げていた。



 睨むほど険しい顔になる訳――久しく思い出さなかった、恋焦がれた女。思いをはせるとあの時の後悔が胸をよぎり、今よりも思うように剣が振るえなかった歯がゆさに苛立つ。

 だから口に出さないようにしていた。

 

 けれど、あまりの綺麗さに見とれるほどの夜空を見ると口が軽くなってしまったようで、チョッパーに話したことを後悔はしていなかった。

 口に出さないようにしていたけれど、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。

 ゾロはそう思うようにした。

 

 もう一度じっくり空を見上げて、ゾロは船番へと戻っていった。








 おわり





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<あとがき>
 ゾロ誕生日記念書きあがりました(汗) 副題として『チョッパーお父さん(ゾロ)と語らう』でした。ゾロとチョッパー親子会話をいれたくて機会をうかがってたら、ゾロ誕にめでたくはいりました!(ホ) 最後のゾロのセリフは気になりますね(笑) 完結してることにはしてるんですが、大きい話の流れではプロローグといったところでしょうか。しりすぼみな感じですが、もう少しお付き合いください。